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二十階もある建築物となるとそれなりに威容をかもしだすものである。足元に立って見上げると天空にまで壁面がつながっている感じがする。近くから見るとそれくらい圧倒されるが、遠くから全容を眺めやってもなかなか立派な高層ビルであることがわかる。
もっとも、それはこの町にこのビルに並ぶ高さをもつ建物がほかにまったくないからでもある。せいぜいが三階、無理に探してみても四階半程度が限度である。たいがいが民家とどっこいどっこいの貧相なやつばかりで、市役所や病院といった市内の要所でさえ、このビルに見下ろされたら、横にずんぐり太って見栄えがしない。東京でいうところの東京タワー、京都の京都タワー、大阪の通天閣、などなど、市のシンボルとして名だたる建物はたいがいタワーであるが、このビルもそれらと同じく、町で一番目立つためにシンボルとして祭り上げようとしたこともあったらしい。だが、その企画案も、市議会で議員たちが盛り上がるまえに頓挫してしまったのだが、その理由について話すのは後にする。
まず、だいたい、このビルが一体なんの目的に使用される予定であったのか、そしてどこのどなた様がこんな田舎町には不釣合いな大楼閣を建ててしまったのか、である。実際、ビルはビルである。直方体の極端に胴の長いやつで、妖怪百目よろしく四方の側面にはびっしり窓枠が瞳をあけていて、晴れの日でも曇りの日でも、いや曇りの日にはなおのこと、陰った気分を呼び起こすグレーに統一された外装である。都市圏でなら三歩進めば十は見つけられる、およそ、インドの修行僧さながらに個性という個性を限界まで削り落とした現代の人口建築の標本である。これに比べたら、ただの岩石を直方体に切り取ったほうがまだ興を添えられるというものだ。猫の背丈にもおよばぬちんけな野草ばかりがふさふさ生えそろった野原に一本、ほかより抜きん出た真っ赤なバラがあったら、どんなにありふれた品種であろうと、さぞや立派な、壮麗な、颯爽とした風格を感じ取ってしまうだろう。この高層ビルにしても、田舎に生きる都市部の片鱗であるがゆえに、こういうアカヌケタ風に弱い地方の人々を畏怖せしめている、ようはそういうことだろう。
それで、このビルが建てられた目的であるが、早い話がオフィスである。外観から十分に読み取れるので、意外性などなにもない。当時、一流の上場企業であった某社が全国に続々と支部を増やしていたのだが、かくいうこのビルもそのひとつだったのである。残念なことに、ビルが完成してまもなく、企業母体が経営破綻の宣言をし、傘下にあった系列会社が大量倒産するという災難がふりかかり、二十階高層ビルは一度も使用されることもなく親をなくした孤児となったのである。
そんなかわいそうなビルであるが、市としてはひと様から放り込まれた無用な荷物以外のなにものでもない。早々に撤去してしまいたいのは山々であったが、なにせ物が物である。解体のために工事費、その結果生まれるであろう大量の残骸を処理する費用、さらに当時問題となっていた市教育委員会の改革運動、議員の収賄疑惑の対応などの関係から後回し、後回しにされた挙句、今日にいたるのである。
放置され、手入れもされていない二十階は荒れに荒れ、大きなヒビも目立つようになってきた。特に中身なんぞ見れたものではない。町のごろつき共が侵入して廃墟化を大いに助力してきた。ここにわざわざ書かなくとも、廃墟と不良を掛け合わせればだれもが容易に導き出されるイメージがあるだろう。まさにそれの如くである。ところが、荒らされているのはせいぜいが三階までで、それ以上の階層はいまだに比較的に清潔を保っている。もちろん、厚くほこりが積もっていることを除いてだが。軽挙な不良どもにはそれ以上を登る理由がなかったのだろう。だいたい五階あたりからはるか上層二十階まで本来の役目をうばわれた部屋の亡霊どもがずらりと眠る大霊安室となっているのである。
そこはまさしく墓場の静けさが漂っている。ほこり臭く、物音ひとつせず、空調もないのに冷気が流れ、いるだけで無条件に心を落ち着かなくさせる。床も壁も天井も、ドアもガラス窓も戸棚も、器具も掃除用具も調理場も、等しく生彩を欠いていて、誰もがここにあるのは無機物たちの死体なのだと直覚できることだろう。
そのような印象も影響しているのか、まえまえからこの廃ビルを不良とは別によからぬ目的のために訪れる者どもがいて、そのために町の名物にすることが不可能なほどの悪名を被ってしまったのである。それというのが・・・・・・・・・




