7月19日 鬼と亀
遅い。もう9時前だというのにまだ凛は帰ってきていない。何の連絡もないというのはどういうことだ。それに、誰にも行き先を言っていないから何処に行ったのかもわからない。
俺は時計の秒針と同じリズムで部屋をうろうろして落ち着くことができなかった。
そして、10分程経ったころ俺の携帯に凛からメールが届いた。
『かどやまこうえんでへんなのにおそわれているたすけて』
変換のされていないメール文だった。
角山公園で変なのに襲われている助けて。
それは今日、榊さんが話していた場所だった。俺は荷物を持って家を飛び出した。
角山公園は小さな山の頂上にある公園だ。そこまで遠くはないのだが、山を登るとなると少し疲れる。
しかし、凛からの助けだそんなものは関係ない俺のオアシスが助けを呼んでいるのだから飛んででも助けに行く。と勇んでみたものの精神と肉体は別物であり、今まで本気で運動なんかしてこなかったため、本気を出してみると疲れてしまった。
日頃の運動不足がここにきて邪魔をした。
あと百メートルほどで着くのだが足は重く、最初のスピードとは程遠い。ゆっくりと歩きながら頂上を目指していると、後ろから泣きながら走ってきている音が聞こえた。
「なんで一人で勝手にいくんだよぉぉぉ。おいてくなよぉぉ」
鼻水を垂らしながら俺に近づいてくる女、そうアキラのことだ。すいません、完全に忘れていました。
「よく俺が向かっている場所がわかったな」
「君の心の声を追ってきたんだよ」
「なるほど。じゃあ一緒に上まで登るぞ」
「ああ」
それから、5分程で角山公園に着いた。そこで見たのは、無数の穢れの姿だった。
穢れが好むのは、負の感情や瘴気が溜まりやすいところだ。
角山公園は自殺者が出た場所でもなく、花見や遊び場として使われているし、山の上ということもあり風通しもよく瘴気が溜まり難い。
ならば、なぜこんなところに穢れが集まっているんだ。凛は大丈夫なのか。
この光景を前にして最悪の状況が頭をよぎった。
「凛どこだ! 」
叫んでみたが凛からの返事はなく、静寂の中に風の音だけが聞こえるだけだった。あまりにも静かで、より一層最悪の状況を考えてしまう。
さらに、叫んだことにより穢れに俺たちがいることがバレてしまった。
無数の穢れが一斉に振り向き、さっきまでゆっくりと彷徨していたのが嘘のように襲いかかってきた。
「嘘だろ」
俺が絶望した瞬間に一筋の閃きが穢れを切り裂いた。
「私の仕事は穢れを浄化することだ。この状況は私にとってボーナスステージだ」
そこには刀を持ちドヤ顔をしながら笑っているアキラがいた。
「アキラなんだよその刀は」
「これは神器だ。穢れを浄化する刀”天清鬼神”だ」
「じゃあそれで奴らを一掃してくれ」
「もちろんだ」
その時のアキラは凄かった。笑いながら天清鬼神を振り回し、バッタバッタと穢れを浄化していった。その姿はまさに鬼神のようだった。
一分も立たないうちに無数にいた穢れは全て消え去った。
そして、俺たちは公園の中を進んでいった。
公園の中にも穢れは数え切れないほどいたがアキラのおかげで苦労せずに奥へと進むことができた。
奥に進みながら凛の名を叫んだが返事は帰ってこなかった。
そして、公園の一番奥にたどり着いた時にその場所がおかしいと気づく。
この公園の奥は休憩所があるはずなんだ。なのに、なんでこんなところに鳥居があるんだ。こんなの一度も見たことがない。
それにこの鳥居の奥には社があるじゃないか。こんなところに神社なんてなかった。
さらにおかしなことに鳥居から奥を見ると社があるのに鳥居を外して奥を見るといつもどおりの公園の光景だ。どういうことだ。
「これは、結界が張られているな。それも外側から結界の印がされているな。ということはこの場所に良くないものが封じられているということだろう」
「鳥居は神域への入口だ。封じられているとしたらそれは神だろ」
「そうだろうね。良くない神と言えば答えは決まっている」
「ああ、穢れ神だ」
穢れ神は人々に恐怖や絶望を与えた病気や災いなどを崇め奉ったものだ。簡単に言うと疫病神がそれである。人々はそれを崇めることで災厄を収めようとしたのだ。
「凛はここに入ってしまったのか」
「そうだろうね。こんなものがあれば好奇心によって入ってしまうのは間違いない」
「中に入るぞ」
「ああ」
鳥居の奥へと進むと気持ち悪いほどの生暖かい空気をしていた。そこはまさに穢れそのものだ。神道では穢れは悪だ。神社をまとっている空気が穢れていることはまさに異様な光景だ。それに、公園の時以上に穢れの数も半端じゃない。
「どうやら穢れはここから湧いて来たようだね」
「ああ、そうらしいな」
アキラは、穢れの浄化をし、俺は凛を探し始めた。
一番怪しいのはあの社だろう。アキラが穢れを消した道を進みながら社を目指す。
社の階段まで辿り着き、階段に一歩足をかけようとした瞬間
―――バチッ
紫色の電流が俺を襲い後方5メートルほどぶっ飛んだ。
「ウワッ! 」
「大丈夫か、義貫? 」
「ああ大丈夫だ。どうやら結界がしてある」
「そこは、御神体がある場所だ。穢れ神が結界を張っているんだ。そこに人間を誘うようなことはしないだろう。別の場所を探すんだ」
「ああ、わかった」
俺は社の後ろへ回り、奥を目指す。
そこには、大きな池が広がていた。そして、そここそが瘴気の発生している場所だった。
濁った水だ。臭いもひどく、底が見えない。凛を探さなきゃ。
あたりを見渡してみる。そこに、女の子が倒れていた。
「大丈夫か」
その子は凛ではなかったが凛と俺と同じ高校の制服を着ていた。彼女の体を揺らし目を覚ます。
彼女は目を覚まし俺のことに気がついだ。
「あっ凛のお兄さんですか」
「ああ。凛はどこだ」
「凛は私たちを助けようとして」
彼女は体を震わせながら池を指をさした。
「なにがあったんだ? 」
「この公園の変な噂話を聞いたんです、それで来てみたら見たことない鳥居があって入ってみたら目の前に大きな怪物が現れたんです。そしたら、突然その怪物が暴れてみんなを襲ったんです。それで、私たちを助けようとして、凛が怪物に捕まってその池の中に」
助けなきゃいけない。でもどうするこの中は瘴気の塊だ。入った瞬間普通ではいられないだろう。
しかし、入ることに迷っていたら凛が……。
「君このカバンを頼む。俺が出てきたらこの中に瓶が入ってるからそれを俺にかけてくれ」
「えっ。あっはい。わかりました」
俺は、破魔矢と式神を持ち池の中に飛び込んだ。
瘴気で前が見えない。クソ、凛どこにいる。
その時、赤い光が二つ光った。
なんだあれは。
「鬼助の子孫か。やはり、現れたな。この娘からお前の臭いがしたから、来るだろうと思っていた」
「お前が怪物か」
「私は、神だ。鬼助に封じられた穢れの神だ」
「お前の目的はなんだ」
「呪われた子を差し出せ。俺たちにあの子を差し出すんだ」
「それは誰だ」
「仙石の子だ。あの子を差し出せ」
「仙石だと」
仙石とはこの町で一番力を持っている家のことだ。鬼一家とは繋がりの深い家なのだ。
「もし断ったら」
「この娘もお前も殺す。殺す殺す殺す殺す殺す」
「ああそうか」
やばい、やばすぎる。方法がない。それに、瘴気が俺を蝕んでいく。悪意に飲み込まれそうだ。
「なんだ、その姿は。なぜ我らと同じ匂いがするんだ。」
ああ、そうかすでに姿は変わりつつあるということか。鬼一の中に住む鬼が俺を支配しようとしている。
「やはり、お前は殺す」
体が怪物に噛み付かれた。クソ。
体を怪物に池の外に持ち上げられたことでようやくそいつの姿を見ることができた。そいつは亀の化物だった。全長3メートルほどだ。背中に凛の姿を確認した。
「痛いな離せよ、亀公」
「お前は私たちの驚異になる。ここで殺す」
「そうかよ」
俺は、破魔矢を取り出すと亀の目にそれを突き刺した。
「グォォォォ! このクソッタレが。神であるこの私に傷をつけるとは絶対に許さん。殺す」
亀が痛みによって怯んだ隙に亀の口から逃れることができた。しかし、落ちた先は瘴気の池。どちらにしてもやばい。
クソ。体が瘴気で蝕まれる。精神が暴走する。
『俺を開放しろ』
「誰だ」
『お前の血の中にある鬼だ。俺ならこの状況をなんとかできるぞ』
「ダメだ。お前を出すのはダメだ。ダメ……だ」
『そんなことも言ってられんだろ。お前はもう瘴気で穢れて、死ぬ寸前じゃあないか』
「クソ……が」
『勝手に使わせてもらうぞ。この体』
黒い光が俺を包む。ああ、俺はもう人ではなくなるのだな。
「やはり、生身の体は気分がいいな。そんなことより、あいつを殺すんだったな」
「なんだ。お前は」
「俺か。俺が正真正銘の鬼一鬼助だ。てめえを殺しにきたんだよ」
「殺す」
亀が俺に噛み付こうとしている。俺は何もできない。体はもう鬼に乗っ取られてしまった。
「殺す? いや殺されるのはてめえだ」
鬼は、亀の口を両手で防ぐとそのまま亀の口を裂いた。
「グォォォォ。なんだその力は」
「亀が鬼に勝てると思っているのか」
「ならばこれでどうだ」
亀は自身の足で鬼を踏みつぶそうとした。
しかし、鬼の力は凄まじいものだ。亀の足を避けると足の肉を抉り取った。
「ヌァァァァ」
「弱い弱い」
それからは、鬼が亀をリンチする一方的な勝負だった。
目を潰し。肉を抉り、甲羅を割り亀は為すすべもなく崩れ去った。
「これが今回の鬼助の力だというのか。すぐに殺しておくべきだった」
亀は消え去った。
鬼は、凛を抱え上げると陸に寝かした。
「義貫。お前鬼に……」
「アキラか。この姿で会うのは初めてだな。俺が正真正銘の鬼一鬼助だ」
「その体を義貫に返してくれ」
「嫌だと言ったら」
「この刀でお前を倒すだけだ」
「お前にそんなことができるのかな」
「やってみるさ」
「……おー怖い怖い。返すからそんな顔するな。可愛い顔が台無しだぞ」
鬼はおびえている凛の友達から御神酒の瓶を奪い取ると体にふりかけた。
そこからのことは覚えていない。
目を開けると吉崎家の自室のベッドで寝ていた。
あとからアキラから聞いた話だと、あのあとアキラが社の中の御神体を浄化し、あの場所は結界で封じられたらしい。俺はその後、目を覚ました凛がマナ姉を呼んだおかげで家に帰ることができたらしい。
言わずもがな凛はだいぶ両親とマナ姉から折檻をくらったらしい。
そうして、俺の長い一日が終わった。