オーガとオーガバスターズ4
さて、話を現在に戻すとしよう。
今、俺の目の前には、ジジイがいる。
鬼一宗徹だ。
やはり、このジジイと相対すると、その凄みに圧倒されてしまいそうである。これこそが、畏怖というべき物だと思うのだ。
しかし、そんな恐怖で慄いている場合ではない。怒鳴ってやるくらいのことを今からせねば、ならないのだから。
「で、今日はなんの用じゃ。その心中から察するに、榊家と鬼一家とのことかの」
シワに隠れた、鋭い瞳が俺の目を貫かんばかりの、眼光を放っていた。
というか、この人はどんだけ人を見透かしているのだろうか。どこまでを知っているのであろうか。
まるで、闇とか光とか、物質ではない構成物質の様で、空気の様で、そんなものと話している気分にさせられる。
「やはり、知っていたのですね。いや、知っているのは当然だと、思いますが。しかしなぜ、その様な重要であることを教えていただけなかったのでしょうか」
「……」
「黙っていては、わかりません。教えていただきたい。榊家と鬼一家の癒着関係に是非とも宗徹様からの、口から話していただきたい」
「あのババアはおしゃべりんだな。本当、おバカちゃんとしか言い様がないよ。なんで、自分の首を絞めるようなことを言ってしまうのか。次期当主だと言っても、まだ高校生だ。知っておくべきことではないことも、あるというのがわからんのかのう」
「はぐらかさないでいただきたい」
「ああ、すまんのう。つい、柴衣の悪口というか愚痴が出てしまった。まあ、お前が怒るのもわからんことじゃない。わしも、その事実を知った時、その当時の領主をぶん殴ったからな。そんで、返り討ちにあったが。お前の怒りをわしも知っておるよ。むしろ、お前がそのことを知っていたとしたら、殴られるだろうという覚悟もしていた」
「だとしたら、なぜ現在もその関係が続いているのですか」
「お前が、向こうの家からなんて聞いたかは、よくわからないが。きっと、互いの利益のためだと、言われたのだろう。しかし、鬼一家の考えは、全くもって違っていた」
「……」
「よく聞いておけ。わしらはな、大悪に場所を渡すことで、それよりも小さい悪の反映をなしにしたかったのじゃよ。そして、監視をしやすくしたのじゃ。じゃから、榊家の考えているような、甘い関係ではなく、完全なる上下関係なのだ。奴らが下で、わしらが上」
それを聞いて一番に思いついたのが、暴力団と警察の関係のようだと思った。ただ、それが俺には正しいことなのか、悪いことなのか、わからない。
「そこのところは、理解はできました。でも、宗徹様はあの場所に犬神がいることを知っていたではないでしょうか?」
「ん?」
眉を上げて、首をかしげて、俺がなにを言っているのかわからないといったような感じだ。
シラを切っているのか、本当に知らないのか。いやでも、あの婆さんが知っていることを、このジジイが知らないはずはないだろう。
「で、どうなんですか?」
「……。まあ、犬神を祀っていることは知っておるが、それがどうかしたのか? わしには、お主の言っていることの主旨が掴めんのじゃが」
何を言っているんだ。このじじいは。
「ですから、私が倒すべき相手、穢れ神の一体がその榊家に祀られていたということを言っているのです」
ジジイは、目を丸くさせて驚いていた。それが演技なのか、そうじゃないのかはわからない。
「それは、知らないことじゃ。わしは、犬神を祀っていることは知っていた。しかし、それがお前の倒すべき穢れ神の一体だということをわしは知らんかった。よく考えてみろ、この世界に、どれだけ犬の形をした神がいると思う。それに、奴らは蠱毒としての、呪いとしての、犬神を使うのじゃ。じゃから、わしはそういうのに向いた、穢れた神様を祀っていると思っていたのじゃ」
確かに、ジジイが言っていることは、なんとなく理解はできる。そういうことだという風に、考えられなくはない。いや、間違いなんてない。それは、確かにそうであるとしか言い様がない。
怒りのやり場がなくなった今、俺はどうすれば、いいのかわからない。
「まあまあ、そう悲哀感を出すな。結果的にお前はあの榊家を滅ぼしたということだ。つまり、悪を取り締まれる悪組織を壊滅したのだ。ということは、鬼一家と榊家には今なんの癒着関係も上下関係もない。問題はこれからじゃ」
問題はこれから。そうだ、さっきの話じゃあ、榊家がいるおかげで、小さな悪、つまり、呪術者がこの町を闊歩することはできなかったということだ。
「これから、この町にも榊家のような、呪いを扱う業者が、現れやすくなるだろうのう。それをどうしていくかが、わしらの役目にもなっていくじゃろう。だから、奴らに帰ってきてもらったのだ。桃侍と対儺にのう」
だから、奴らはこの家に帰ってきたのか。
オーガバスターズ。陰陽師だ。
穢れを扱う物たちにとって、天敵だろう奴らは。
「お前はすでに、奴らと会ったのであったな。お前から見てどう思う」
「あいつらは正直強すぎますよ。きっと、その小さい悪とかいう、呪術者だとしたら、一瞬で死ぬでしょうね。それに、あいつらは人を殺すこと、悪を殺すことに躊躇なんて、する奴らじゃありませんから。そういう、意味ではうってつけでしょう」
なんか、自分のケツを嫌いな奴に拭いてもらうというのはかなりむかついてくるのだが、キャストとしてはうってつけすぎる奴らだ。
最強で最凶で最悪で最良のオーガバスターズ。あいつらに任せておけば、穢れなど一瞬で、消えてしまいそうだ。
「でも、あいつらの倫理観は狂っています。そこら辺を正すべきだとは思います。人を踏むことも、実の兄を殺すことに迷いがないところも、人としておかしいですよ」
「まあ、そうじゃのう。甘やかし過ぎたというか。望み過ぎたというか」
人としておかしいのだけれども、陰陽師としての裁量を見れば、その方が迷いがなく動きやすく、正しいのだ。
人として狂っていても、陰陽師として強ければ、それは、この鬼一家としては、良い事なのだろうと、拒否感はあるが認めるしかない。
「もし奴らが、何も関係ない一般人に平然と力を使い、傷つけたときは、実の兄であるこの私が、きちんと仕置きをさせていただきますよ。今日みたいに」
「ああ、頼む」
その後、俺はこの家を後にした。の前にだ。
未だ、門の前に吊るされている二人に、一言二言言わねば、俺は帰ることができない。
吊るされた状態で、俺に罵声を浴びせることの、兄妹になにかを言わねばならない。
「お前らには、済まないと思っているよ。俺の尻拭いをさせるなんて、兄が弟たちに尻拭いをさせるなんて、みっともないことだと思っているよ。でもこうして久しぶりに会えた。それは、喜ばしいことだと思う」
「ふっ。さっき考えたようなことを、そんな棒読みで言われても信じれるわけないでしょうが」
そりゃ桃侍の言うとおりである。まあ、実際全くそんなことは思っていないのだから、棒読みになるのは仕方のないことだろう。
「まあ、なんだ俺が言いたいのはそういうことじゃないんだよ。俺達は憎しみ合っている。実の兄妹なのにだ。でも、別に俺はこれから、それを解消しようとも思わないが、できるなら昔の様に、仲良くしたいとも思っているんだ」
そんな、素晴らしい兄の言葉を聞かせたのにも関わらず、桃侍は中指を立て、対儺は手につけた五芒星を逆さに見せた。完全なる敵対表明である。
「まあ、そんな仲良くなるなんてことはきっとこれからもないんだろう。だからさ、お前たちは自分達の為すことをしろよ。俺も自分の為すことする。それでいいだろう」
「何が、言いたいのかよくわからないが、僕たちの為すこと。最終的にすることは兄さんを殺すことだ。ただそれだけだ」
「それでもいいさ。その時は、今日みたいに返り討ちにしてやる。でも、俺を憎む理由が無くなったら、それはやめろよな」
「ふっ。馬鹿げたことを言う。そんなこと、起こるわけないだろう。僕も対儺も、兄さんを一生恨み、憎み、殺す。ただそれだけだ」
「ああ、それでいい。俺もお前たちのことが、キ、ラ、イ、だ。一生な。まあ、そんなことが起きればいいなんていうだけの話だよ。じゃあ、行ってくるよ」
「一生帰ってくるな。お兄様に近づくなこの穢れが」
「死んで、から帰ってきて下さいね」
そんな、二人の見送りが胸に刺さりながら、俺は実家をあとにするのであった。