オーガとオーガバスターズ1
人は嫌いな奴が一人や二人くらいはいるものだろう。
俺も二人いる。ああ、二人だ。一人でもなければ、三人でもない。ちょうど二人。
殺したいとは思わないが、いなくなればいいのにと思う程の奴らだ。
嫌いな奴とは付き合わなければいいだけなのだ。見なければいい。会わなければいい。そして、存在を認めなければいい。それが、本来はできるはずなのだ。他人であれば……。
しかし、俺の嫌いな奴は、他人ではなく身内だ。
身内。
俺は、今までこいつらのことについて全くと言っていいほど触れていなかった。いや、存在を認めていないのだから、語らなかっただけなのだ。
俺が、ここに来ることを奴らは知らなかったのだろう。そして、俺も知らされていなかった。ただ、運が悪かっただけなのだ。
なぜ、今になってこんな話をしたのか。それは今日、この日に奴らと、その二人と、久々の再会を果たしたからに他ならない。
そう、俺の実家である、この鬼一家で。
俺は、家の門の前にいた。その門の前にはお馴染みのスーツ姿の門番がいるわけで、バッチリと目が合う。門番は何かを察して微笑んでいた。
門番が思っていることと、俺がここに来ていることは、絶対に違っている。あいつは何か良いことがあって俺が来たと思っているのだろう。でも残念だ。俺はここに疑心があって来ているのだから。
「鬼助様。お帰りなさいませ。お二人に会いに来たのですか?」
「えっ、二人?」
それはなんだ。誰だ。この家に何者かが二人来ているということか。だとしても誰だ。こいつの口ぶりからして、その二人は俺が知るものというのはわかるが、誰かというところまではわからない。
思い当たるのは、中村か榊さんか。しかし、俺に用があるのならば、一報を入れるはずだ。ということは、全く違う人物だということだろう。
俺は、頭の中に記憶している少ない友人関係を思い浮かべてみたが、結局思い当たる節がなかった。
「あのもしかして、お二人が帰ってきたことを知らないのでしょうか」
「ああ、知らんな」
門番は俺の返事に驚いた後、徐々に顔を青ざめさせていった。
どうやら、吉報が凶報へと変わったようだ。
「今日はお帰りした方がよろしいかと思います」
出迎えムードから一変して、お帰れムードだ。
「なんでだ?」
「それは、と―――」
門番が何か言おうとした、その時だった。
「あれ、兄さんじゃないですか。お久しぶりですね」
そいつは門の屋根に座っていた。
そう、そいつこそが俺の嫌いな奴の一人目だ。
「桃侍、なんでお前がここにいる」
そいつは、ニヤリと笑いながら、本を―――パタンっと閉じた。
「あれ、誰からも聞いてなかったんですか。不親切な人たちだ、次期当主となられるお方に、実の弟と妹が帰ってきたことを知らせていないんなんて。本当に使えないね」
「桃侍様。誠に申し訳ございません」
門番は恐怖で体を震わせながら、頭を深々と下げた。
「謝って済む問題ですか。ねえ、兄さん」
桃侍は不気味に笑いながらこっちを見てきた。
その表情は、何人も殺した殺人鬼の様で、真夏だというのに背筋が凍るように冷たくなる。
「門番さん。頭を上げてくれ。あんな奴に頭を下げる必要なんてないぞ」
「やだなぁ、兄さん。あんな奴だなんて。それにこいつは、間違いを犯しているんだ。コイツだけじゃない、他の奴らもだ。だから、こいつがみんなを代表して謝っている。素晴らしい、奴じゃないか。こんな、大の大人が、こうして一回りも二回りも若い子供に謝っている。それも、みんなを思ってだ。賞賛に値するよ」
「そうだな。ほら、あんたも顔を上げろ、こんな外でこんなことしてたら、恥ずかしいだろ」
「はい」
門番は控えめに返事をして顔を上げた。
「はぁ? そんな、謝っただけで、済むと思っているんだ。甘いよ。甘過ぎる」
「もういいだろうが。何がそんなに不満なんだ」
「だって、こいつはここの次期当主である兄さんを追い払おうとしたんだよ。もっと別に謝らなければならないことがあるよね。ねえ、門番のおじさん」
「は、はい。申し訳ございませんでした」
門番はものすごいスピードで、桃侍に頭を下げた。
「謝っても、もう許してあーげない」
桃侍は門の上から飛び降りると、門番の頭に目掛けて持っていた本を叩き込んだ。―――ドスンと鈍い音が、あたりに響く。
門番は、その衝撃で地面に突っ伏していた。頭からは血が少し垂れていた。
「桃侍、やりすぎだ。おっさん、大丈夫か?」
「っう、はっはい大丈夫です。いつものことですから」
「兄さんも甘いね。全然わかっていないよ。下の者が悪いことをしたら、上の者が正す。ごく当たり前のことじゃないか。そして、どんなことをされようとも下の者は、もっと言うと弱者は、強者に文句ひとつも言わずにただ罰を、命令を、暴力を、受けなければならないのだよ。兄さん」
桃侍は俺に向かって、ニッコリと笑う。そして、俺の目の前で、俺が門番を支え上げようとしている時に、桃侍は門番の顔に自分の足を振り下ろしたのだ。まるで、アリを殺すかの様に、残虐な子供心のそれで、平然と、人を踏んだ。ニンマリとした笑顔で門番と俺を見下していた。
人間じゃない。こいつは、人間じゃない。人ならざるもの、人の皮を被った、邪鬼だ。人としての、道義が欠落している。どうして、こんな奴を好きなれるだろうか、普通に接しようと思うだろうか、会いたいと思うだろうか。俺はまったく、そうは思わないのだ。兄弟といえども、一緒に暮らしたいとも思えない。憎いとか、うざったいだとかそういう、兄弟らしい嫌いではない。
人として、嫌いなのだ。
そして、もう一人。こいつとは違った、人間としての道義が無い妹がいるのだ。