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穢れ神と鬼  作者: 山神賢太郎
7月31日
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7月31日 人と鬼

 目が覚めて、自分の体に違和感を覚えた。昨日の疲れや痛み等ではない。その逆だ。体が軽いということ。

 まるで、羽になったかのような浮遊感さえあるのだ。

 

 なにかがおかしい。そう思い、体を触ると、自分の体とは思えないほど、筋肉がついていた。

 鏡の前に立って上着を脱いでみると、腹筋が綺麗に割れており、胸筋が張っていた。


 何が原因でこうなったのか。どういう理屈でこうなったのか。そればかりが気になった。

 きっと瘴気を吸い過ぎたことにより、通常時でも若干鬼人化しているのかもしれない。


 髪を上げて、オデコを確認してみる。角らしきものは、生えていない。それを見て少しばかり、安堵した。


 鬼人化になることは恐怖だ。自分が自分ではなくなるのだ。そうなってしまえば、俺の意識は無く、思考も無く、人格もない。ただの鬼となってしまう。自分でコントロールすることができない自分。

 それは、誰にとっても怖いことだろう。そうなれば、死んだのと同じだ。


「鬼にはなりたくないな」

「鬼の子よ。わしから見れば、お主は最初から鬼のように見えるぞ」


 窓際で猫の姿で丸まったテトがそう言う。その言葉が胸に突き刺さり、酷くショックを受けた。


「いや、そこまで気を落とすことじゃない。鬼といえどもいろいろあるじゃろ。いい鬼もいれば、悪い鬼もいる。ただの分類としての鬼じゃよ」

「俺がショックを受けたのは、俺が鬼だという事実を突きつけられたからなんだよ。そもそも、俺は人間として生まれてきて、人間として育てられたんだ。それが、実はあなたは鬼ですよ。ということを実感しつつあることに俺は気を落としているわけなんだが」


 まるで、童話の醜いアヒルの子だ。この話は、ハッピーエンドで終わるが、俺の物語は、そうなるとは思えない。ただ、事実を受け入れることしかできないのだ。鬼だという事実をただ飲み込むだけなのだ。


「わしからしてみれば、人間も鬼も大して変わらないのう。どちらも二足歩行で歩いて、肉も野菜も食べ、そして、誰かと争い、殺す。鬼が人を殺す方が悪なのか、人が人を殺す方が悪なのか、鬼が人を食べるのは悪なのか、人が動物を食べるのは悪なのか、どちらも同じことじゃろ。それに、普通の人でも、鬼と呼ばれる奴もいるし、鬼そのものと言われる奴もいる。もう、鬼と人は混在しているのじゃから、偽物の鬼でも、本当の鬼でも変わらないと思うがのう」


 テトはそういうと、あくびをしながら尻尾をふりふり動かした。

 テトの言っていることは、わからない話ではない。しかし、それでも俺は人としていたいのだ。鬼という言葉を、辞書で引いてみれば、悪い意味しか書いていない。いい鬼も悪い鬼もいない。鬼という言葉はすでにそれだけで悪なのだ。


「じゃあ、君は正義の味方にでもなりたいのか?」


 俺のベッドに寝転んで漫画を読んでいたアキラが俺に問う。


「別に、正義の味方なんかになりたいわけじゃない。『人の為に』だとか、『悪い奴をやっつけるぞ』だとか、そんなことは一切思っていない。ただ、悪だという認識が嫌なだけだ」


「義貫の言っていることは、自分が悪だということを自分で認めているように私には思えるぞ。鬼とか人とかは関係ないだろ。ようは自分がどう生きるかの問題なんじゃないか。それに、そういう考え方は私の生きた証しさえも侮辱されているようで嫌だぞ」


 アキラの言葉が、俺の心に強く突き刺さる。それは、アキラがすでに人ではないからじゃない。アキラが生きた証しというものを受け継いでいるのが、俺だからだ。アキラの物語の続きがこの俺だ。そこに、鬼だとか人だとかの違いはなく。やるべきことをする。それだけのことだ。


「すまん」

「謝ることじゃないが。それよりも、問題は鬼人化が進んでいることなんだろう?」

「ああ、そうだった」


 そうだ。今の問題は、鬼だとか人だとかそういうことじゃない。鬼人化が進行していること。それを止めることだ。


「義貫。その問題は、かなり深刻だと思うぞ。確か、蛇の穢れ神を倒したあたりからだ。君の体は瘴気を吸収しやすくなっている。そう、その右手の鬼の印がついてから」


 自分の右手を見た。いつもなら、何も書かれていない手だ。でも今は少し違っていた。何も吸収していない。意識もしていない。なのに、少しばかり鬼の字が青く光っているように見える。


「どういうことだよ、これ。なんで、瘴気も穢れも吸収していないのに、なんで?」

「君は、瘴気を吸いすぎたんだ。それも、君はその瘴気の塊である穢れを喰らう神、穢れ神を二度も体に吸収している。そんなことをすれば、体に瘴気が溜まるのは必然。全部を吐き出す方が難しい」


 瘴気が、穢れが俺の中に溜まっている。全てを吐き出せずに、体に溜まっている。それは、問題だ。しかし、アキラは続けてこう言った。


「しかし、今はまだ問題になるようなことでもないだろう。元々、君は瘴気を体に持っていたのだから」


 またまた、衝撃な事実を突きつけられる。しかし、それは、その事実は、納得できることでもあった。それは、なぜ俺がこの吉崎家にいるのか、ということだ。


 俺がこの吉崎家にいる理由は、穢れから俺を守るため。じゃあ、なぜ俺を穢れが襲うのか。それは、俺が瘴気を持っているからだ。瘴気を喰う化物、精気を喰う化物、穢れを喰う化物、それが穢れ。そして、その中でも一番の餌は瘴気だ。


 瘴気が集まり穢れとなる。瘴気がなければ、穢れじゃない。穢れの周りには瘴気が集まる。


 つまり、俺はすでに穢れになりかけている途中だ。もしかすると、すでに鬼という穢れになっているのではないか、そう思ってしまう。

 しかし、アキラはそれを問題ではないという、それはなぜだろうか。


「誰の体にも瘴気と精気はあるからな。ただ君は瘴気の量が人より多いそれだけだ。今のところは、二割、三割といったところだろう。でも気をつけろよ。それが6割に達したたら、本当に穢れになるからな」


 アキラの話しを聞いて、少しは安心することが出来た。しかし、疑問が残る。


「アキラ、誰の体にも瘴気があるというのはどれくらいだ」

「そうだな、この2リットルの水に1グラムの塩を入れるくらいかな」


 少しばかり、頭で計算するからしばし待たれよ。



 ―――ガチャガチャ……ピンポーン。



「えっちょっと待て、約0.05%じゃないか。俺の状態と全然違うわ!」

「そう騒ぐな。普通の人のたったの600倍じゃないか」

「たったちゃうわーい」

「義貫は普通の人じゃないから、大丈夫問題ない」

「問題大アリだよ。それに、この吉崎家には対穢れ用の結界も張ってあるのに俺が通れるのはおかしくないか」

「いや、まだ君は穢れにはなっていない。この結界は、完全に穢れになっているものを弾くようになっているから。まったくもって問題ない」


 いやそれがわかったとしても俺が穢れと化しているのは、問題なのではないだろうか。


 そんな、朝っぱらから自室で大騒ぎをしたせいもあって少しばかりお腹が減った。

 今日は、実家に行くのだ。あのジジイ折檻しにな。そのために、腹ごしらえをしようとそう思いリビングへと向かうことにした。




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