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穢れ神と鬼  作者: 山神賢太郎
7月30日
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7月30日 鬼と犬神

 軽い段差を降りるとジャリっと玉砂利を踏んだ感触が足から伝わってきた。どうやら、ここは床板がひかれていないようだ。外から漏れる明かりを頼りに進んでいくが、奥の方は全くと言っていい程、見ることができない。広さもわからないまま歩を進めていく。

 


それにしても、ここは寒いな。半袖では少し身震いする寒さだ。暑さも寒さも感じない二人が羨ましい。


 腕を摩りながら歩いていくと、ぼんやりとした紫色の光が見えた。その光に向かって歩いてみる。近づくとそれがどこから、発せられる光なのかを理解することができた。

 中の異様な風景にある、灯篭の消えてしまいそうな紫色の火に照らされて、ぼんやりと鳥居が見えた。


「ここだな」


 俺は二人を見て、頷く。

 ここから、何が待ち受けているかわからないが、やるべきことをやるそれだけだ。


 鳥居をくぐると、一本道の参道があった。その両脇には、鳥居を照らしている灯篭がいくつもあった。


 参道の奥はおよそ百段ほどの階段があって見えないが、おそらく階段の上に本殿があるのだろう。

 階段を登りきると、俺は圧倒された。本殿がでかいとか、そんなことじゃない。俺の目に入ってきたのは、本殿の前にいる何十匹もの犬の姿だった。


 普通の野良犬が一匹いるだけでも怖いのに、それが何匹もいるんだぜ。想像してみろよ。恐怖以外の何者でもないだろ。


「す、すごい、犬の数だな」


 さっきまで、犬神を斬殺していたアキラが、震えた声で発した。


「しかし、この犬どこか変じゃないか。うろうろとただ歩いているだけのようにも見えるのう」


 その犬の大群をよく見ると、テトの言うように、ただ歩いているだけに見える。それはまるで、何の目的もなく、そこらへんをうろうろしているだけのゾンビのようだ。


 一匹の犬と俺は目が合ったが、その犬は襲ってくるわけでもなく、ぐるぐるとそこら辺を徘徊し始めた。


 本殿に行くためにはここを通らないといけないのだが、いきなり襲ってこないか不安になり少し躊躇った。


 その時だった。


「グォォー」


 何かの遠吠えのような大きな声だった。その方向を見ると大きな白い犬が本殿の賽銭箱の上で、大きな口を開けてあくびをしていた。

 なんてデカイ犬だろうか、大型犬なんて比じゃない。例えるなら、シベリアトラとかホッキョクグマと同じくらいあるかもしれない。もしかすると、それ以上か。


 俺がジッーとその犬を見つめていると、どうやら犬の方もこちらに気がついたようだった。


「早い到着だな、鬼助よ」

「えっ?」


 まるで、俺を待ち受けていたかのようなそのセリフに俺は驚いた。


「どうした。早くこっちに来なよ。ああ、その犬達が邪魔で通れないのか。ほれお前たち、あっちで遊んで来な」


 賽銭箱の上の白い犬がそう言うと、目の前にいた犬の大群がモーゼが海を割ったように横に分かれていき、本殿へと進む道ができた。俺達は、その犬を横目にできた道を通り白い犬の元へと歩を進めた。


「いやぁ、どうだったかな、ここの連中は。しぶとかっただろ。あいつらは、やれ犬神だ、やれ呪殺だと、やかましいったらありゃしない。それに数の暴力だ。ここに来るにはさぞ、苦労しただろうね」


「ああ、苦労したな。だから、封印するときくらいは簡単にさせてくれよな犬神」

「ふっ。そう焦るなって、俺とお話でもしようじゃないか。あの亀や蛇は聞く耳なんて持たなかっただろう?」


「信用できないな」

「お前が信用なんてしなくてもこっちはただ喋るだけ。それを信じても信じなくても俺には関係ない。ただ俺の思うところを喋るだけ」



 何やら、この穢れ神は他の奴とは態度が違う。どこか、退屈な素振りでもあり、他の奴らと違いすぎて、奇妙な恐怖を感じる。

 犬神は、俺が返事もしていないのにも関わらず、いきなり話を始めた。


「俺はよう、犬神じゃないんだよ。俺はただの犬の形をした神だ。だけどよう、世間じゃ普通は犬の神と聞いたら、呪いの方の犬の神と思っちまうらしいな。それは、この地域限定か? それとも、全国的にか? 普通、犬って言えばよう、忠誠心があって、勇気のある存在じゃないか。なのに、こんな仕打ちあるか。俺は、呪い殺すなんてしない。殺すならきっちりこの大きい口で食い殺すね」


「えっ。待ってくれ、じゃあお前は、所謂犬神という存在ではないのか。いや、それよりも穢れ神ではないのか」


「俺は犬神ではない。犬の形をした神だ。後な、普通自分の事を穢れた神だと言う神は、いねぇだろうよ。人が穢れ神と呼ぶだけ。他称だ、他称」

 衝撃の事実を突きつけられた、穢れ神は自分のことを穢れ神と思ってはいないのか。自分を悪とも思っていない悪ということなのか。


「だが、お前は瘴気や穢れを喰って生きているだろう。だったら、穢れ神なんじゃないのか」


「誰が、そんなこと言ったよ。俺は穢れを喰わない。いや、昔は喰っていたのかもしれんが。今は信仰によってその力を蓄えているだけだ。それに、俺が唯一喰うのは仙石家のものだけよ」


「二つ質問をさせてもらう、なんのために力を蓄えるんだ。あと、なんで仙石家を狙う?」


 犬の穢れ神は、前足で頭を掻きむしり、一度アクビをしてから答えた。


「俺が力を蓄える理由か。さあ、それはなんだったか思い出せない。ただ、力を蓄えてその時が来るのを待つだけだ。そして、その時が来るまで、鬼助という存在に何度も封印される。それが目的なのか、誰かの筋書きなのか。俺にはもう理解できなくなった。しかし、仙石家の娘を殺すことだけは理解できる。その力を蓄える行為は、仙石家の呪われた娘を喰うことで達せされる、ということだけを俺は覚えているんだ」


「その目的は、蛇や亀もなのか?」

「そうだ。俺達は兄弟だ。同じ場所で生まれた。どうやって生まれたのかはわからない。ただ、自分が力を蓄える事、呪われた娘を喰らうことそれしか、わからない。ただ、今回その目的はどうやら、達成することができないのだ」


「俺が、封印するからか?」

「いや違う。今回、仙石家には呪われた娘がいない。呪いはそこの娘に移った」


 犬の穢れ神は、前足でアキラを指した。

 アキラは、赤いマフラーをギュッと掴み、穢れ神をじっと見ていた。


「そして、その娘が死んで神の使いになったために、達成することができない。だから、退屈なんだよ俺は」


 穢れ神は、また大きな口を開けてアクビをした。

 あいつが言ったことは俺も知っていた。アキラが楓さんの代わりに呪いを受け死んだこと。しかし、その目的までは知らなかった。つまり、この穢れ神から仙石家を守ることと、力を蓄えなにかをしようとする行為を止めることが目的だったということか。


 何かおかしい気がする。何か変だ。あいつは、今回と言った。ということは、


「それは、今回が初めてのことなのか」


 俺の疑問が当たっていないで欲しかったが、現実は非常だった。


「ああ、こんなことは初めてだ。だから、俺もお前と話す気になったんだよ。こんなことが最初から出来るのなら、なぜしなかったのかとな」


 じゃあ、アキラの他にこんなことになったやつはいなかったのか、一度もなかったということか。なんだよ、じゃあアキラじゃなくても別に良かったってことじゃないかよ。


「義貫。私は納得して今ここにいる。だから、お前が気に病むことはない」


 アキラが、俺の肩に手を置いた。その手は、温かいような気がした。


「他に質問はないか?」

「いや、ある。あと、二体の穢れ神の場所を教えてくれ」

「それは、無理だ。もう覚えていないし、もし覚えていたとしても外の景色も変わっちまって、きっと伝えたところでわかるわけがないだろう。だが、一つだけお前に忠告をしておこう。狸には気をつけろ。それだけだ」


「ああ、わかった」

「あと、俺を封印する前に、一つお前たちにやって欲しいことがあるんだ」

「なんだ」


「さっき、犬が大量にいただろう。あれは、犬神にされた犬の姿なんだ。あいつら、首がなくなっちまってたんだが、お前らが犬神という呪いの檻から救ってくれたおかげで、首が戻ったんだ」


 俺は首のない犬が歩いていたところを想像して、身震いした。


「だから、もう犬神なんて呪いにならないように、成仏させて欲しいんだ。俺が簡単に封印させてやる変わりによ。それを俺が見届けたら封印してくれ」

「ああ、わかった」


 俺達は、各々のできる方法で犬を成仏させていった。


「よし、最後の一匹だ」


 俺が、その犬の頭に手を置き、念仏を唱えようとした、その時だった。


「待って。その子は私にやらせて」


 俺たちの目の前にいたのは榊さんだった。


「榊さん。なんで、ここに来た」


 榊さんは、俺が成仏させようとした犬を、抱きしめて泣いていた。


「この子は、私が殺して、犬神にした子だ。だから、最後まで私が見送らなきゃいけない。それが、私なりの……ケジメだ」

「鬼助よ。頼む、嬢ちゃんにやらせてくれ」

「ああ」


 俺は、少し離れてその様子を見ていた。榊さんが、なにか犬の耳もと呟くと、その犬は白い輝きを帯びて鳥居の方へと煙となって消えていった。

 その時俺は気がついた。その犬が、あの時俺たちが追いかけてた犬だったんだと。


「私は、犬が嫌いだ。大っ嫌いだ!なんで、殺さなきゃいけないんだ。それに何の意味があるんだよ。いつか殺さないといけないとわかっていても、愛さずにはいられないじゃないか。だから、犬は嫌いだ。猫の方が自由でよっぽどいい。外に離してもまた、こんな呪われた家に帰ってくるなんてバカだよ、あいつ」


 榊さんは、もう何もいない空を抱きしめながら、涙を流しそう叫んだ。彼女もまた、家の運命に縛られた一人だったのだ。


「穢れ神の俺が言うのもなんだが、悲しいな」

「自分で穢れ神って言ってんじゃん」

「客観的に自分を見れるってだけだ。さあ、彼女は泣かしてやりな。その間に、こいつに俺を封印しな」


 穢れ神は、口に何かを咥え、投げてきた。空中で掴むとそれは10センチくらいの勾玉だった。


 俺は、それを穢れ神の頭に置き、その上に自分の右手を置いた。そして、勾玉に穢れ神を封印した。

 あいつは、消える瞬間まで笑っていた。


 そして、泣き止んだ榊さんを連れ、俺達は、鳥居へと戻ってきた。俺は、その鳥居に自分の式札を貼り付け、結界に蓋をした。これでこの穢れ神の封印は完璧に終えることができた。






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