7月30日 鬼と犬神使い
目的地にたどり着くと、武器を持っていない女たちと柴衣のババアと榊さんが大きな扉の前に立っていた。
「こんなにも早くこの場所へ辿り着くことができるとは、運がいいのか悪いのか。まあどちらにしても、この先へは通しはせぬがな」
「意地でも通してもらう」
「お前たち、この小僧を呪殺しなさい」
柴衣の婆さんが手を振り下ろすと、その後ろに立っていた女たちが葛籠を取り出しその蓋を開けた。大小様々で見た目もそれぞれ違う犬神が出てきた。
この数を相手にするのは、俺一人ではかなりきついだろう。俺の体がもつかどうか。
「ちょっとアキラさん。あなた穢れハンターでしょ。ちょっとくらい手伝ってもらってもよろしいのではないでしょうか」
「確かにそうだな。それに、なんか最近出番少なかったからやるよ」
アキラは、天清鬼神を取り出すと犬神に向かって走り出した。その姿まさに、鬼神の如くなり。
「ああ、サンキュー。あとテトさんも手伝って頂けませんでしょうか」
「いいぞ。わし最近全くと言っていいほど、出番無かったから、出番欲しかったところなんじゃ」
テトは懐から、式札を一枚取り出すと、気を込めて一体の式神を召喚した。その式神はまるで、あの世からの使者である、火車のような姿をしていた。サイズはまあ、普通の猫より大きいくらいだが、テトがそいつを出したということはすごい能力があるのだろう。
「テトさん、火車を召喚できるとは本当にすごい神様ですね」
「いや、こいつは火車なんかじゃないぞ。ただの猫又にちょっと火が使える能力を足しただけじゃ」
本当に大丈夫だろうか、そんな物で戦えるのだろうか。俺は、少し不安になり、
「そいつは、強いのか」
と、テトに聞いてみる。
「大丈夫、大丈夫。わし、神様だし。わしも戦うし。大丈夫じゃって」
ちょっと不安になってきたが、テトの言葉を信じよう。まあ、姿はただの少女にしか見えないが、ほら神様だしな。それに穢れハンターのアキラさんもいるのだから、大丈夫だろ。
さて、俺も頑張りますかね。俺の戦術はこうだ。小鬼を召喚して、相手の犬神を弱らす。そして、そいつの瘴気を吸い取る。そんで、さらに小鬼を召喚する。というのを最後まで続けるのだよ。これなら、俺の体に瘴気が貯まることは無く、鬼人化もしない。ついでに、戦力大幅アップよ。さあ、お祭り騒ぎの始まりだぜ。
俺は、すでに戦っているアキラ達の元へと駆け寄り、小鬼を召喚すると犬神達に向けて攻撃を仕掛けた。
この戦いは数では不利だが、火力ではあきらかにこちらが優っていた。
アキラの天清鬼神での攻撃は小さい犬神であれば、一撃で殺す程の威力だった。これは憶測だが、俺が使うよりも、アキラが使う方がより天清鬼神という刀の性能を引き出すことが出来るのかもしれない。それに、アキラの顔が笑顔で生き生きとしていた。なんか、ストレスでも溜まっているのだろうか。それか、ただの戦闘民族なのかもしれない。
テトの火車のような猫又は、力こそ弱いものの、広範囲を攻撃することができていた。その攻撃が壁となることで、俺やアキラは一体ずつ処理することができた。さらに、テトが遠距離から焔の式札を投げて攻撃してくれる。それがいい牽制になっているので、自分の目の前にいる敵だけに集中することができた。
初めてこの三人で、一緒に戦ったように思う。バランスのいいパーティだ。RPGで例えるなら、アキラは戦士、テトは魔法使い、俺は召喚士というところか。
「いや、義貫は遊び人だろ。それか、ただの無職か」
「こんな戦ってる時に、辛辣な言葉を向けるのやめてくれませんかね」
「ごめん。事実を述べただけなんだ」
戦中に見方からの精神攻撃がこれほどまで痛いとは。犬神の攻撃は避けれても、見方からの口撃を避けることはできませんよ。
日に日に、アキラの俺に対する扱いが酷くなっていく。俺がなにかしたというのか。
「何回も、パンツ見ようとしてきた」
「ごめんなさい。本能の赴くままに生きているので」
その会話の後、アキラの剣さばきが一層凄まじいモノとなっていた。まるで、俺に対する苛々を目の前の敵にぶつけているようだった。
もし、アキラに真っ二つにされている犬神の姿が自分だったら。そう考えると体が震える。一瞬にしてあの世行きですわ。あの田首城跡地で、今の力を出されていたら、確実に死んでいただろう。
そのアキラの怒りの猛攻撃もあって、難なく犬神達をすべて倒すことができた。さらに、俺の式神の数も六体にもなった。とりあえず、一体だけ残して残りは式札に戻して、後ろポケットに仕舞っておく。
「なんということじゃ、たった一人に、やられてしまうとは。これは夢じゃ」
「ところがどっこい夢じゃありません。これが実力の差よ」
「義貫、そのセリフ敵のセリフだから負けフラグになるぞ」
アキラさんの鋭いツッコミも入ったところで、本題に移りますかね。
「婆さん、あんたもやるのかい。あんたの犬神を見たわけじゃないが、ただの人間が作り出した、使い魔に鬼である、俺が負けるとは思わんがな」
「義貫。お前、ちょっと痛い子だな。というか、さっきの犬神倒したの、ほぼ私だからな。お前、たった五体しか倒してないから、私十体以上倒してるからな」
アキラさん、ここはかっこつけてもいいところでしょ。少しぐらい譲ってくださいよ。
アキラは、ムスっとした顔で、早く先に話を進めろと言わんばかりに、天清鬼神で背中をつついてくる。それも抜き身で。
その痛みに我慢しつつ、俺は柴衣の婆さんを睨む。
そして、その姿を見てテトが笑っていた。確かに、今の俺はテトから見たらすごくカッコ悪いだろう。なんせ、背中を刀で刺されていて、その痛み耐えながら、かっこつけて婆さんを睨んでいるのだから。
「さあ、どうなんだ。やるのか、やらないのか」
俺がそう言った瞬間、アキラまで爆笑した。アキラが笑ったせいで、天清鬼神が背中にズブリと深く刺さった。
激痛だ。しかし、耐えなければ。普通の人ならショック死してしまうかもしれない痛みでも、今は耐えるのだ、義貫。
少し、後ろを見ると笑いながら手を合わせて、
「ごめん、ごめんって」
っと言っているアキラの姿が見えた。
俺は、アキラに背中を刺されたことで、すごい顔をしていたのだろう。柴衣の婆さんを見ると、ものすごく怖がっている顔をしていた。さらに、俺は追い打ちを掛けることにする。
さっき仕舞った式札を一枚取り出して見せた。
「戦う気がないのであれば、その扉の奥に通してもらおうか」
そう言って、式札に貯めている、瘴気を吸い取る。
「やる気ならば、本気でやるぞ」
婆さんや榊さんから見たら、それは異様な光景だろう。右手が青暗く光る鬼を名乗る男の姿。この世のものとは思えないだろう。
しかし、この行為は実際は、アキラによる背中の傷を治癒させるためのものだ。こんなところで、一枚使うとは思っていなかった。アキラは本当に味方なのか、敵なのか、俺にはわからなくなってきているよ。
使わなくても良かったはずの、式札と瘴気によって背中の傷が完治すると同時に、婆さんの口が開いた。
「ここで、わしが犬神を出したとしても、お前さんに倒されるか、吸収するかのどちらかしかないのじゃろ。だとしたら、わしが戦う意味はない。無駄に戦力を与えてしまうだけじゃからのう。結衣、その扉を開けておやり」
「はい。御婆様」
榊さんが、奥の扉にかかっていた閂を、近くにいた女の人と一緒に外し、扉を開けた。
その瞬間奥から、突風が吹き出した。気圧の違いで起こったのだろうが、俺にはその風が入ってくるなと言っているように思えた。
俺は、意を決して扉の奥へと足を進めることにした。