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穢れ神と鬼  作者: 山神賢太郎
7月30日
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7月30日 榊と鬼一

 俺はすでにある場所を目指していた。

 それはもちろん、榊さんの家だ。

 テトが先頭を歩き、榊さんの家を目指した。


 たどり着いた場所は、古風な日本の家と言った感じだ。

 着いたのはいいのだが、少しばかり迷いはある。ここからは修羅場となるのだから、迷わないはずはないのだろう。


 だが、ここでグズグズしても仕様がない。迷いを断ち切り、門の横にあるインターホンへと指を伸ばした。



―――ピンポーン



 ……誰も出ない。もう一度、押してみる。



―――ピンポーン



 ……返事がない、ただの留守のようだ。

 踵を返し帰ろうとしたその時、


―――ゴゴゴ


 門が音を立てて開いた。

 振り返るとそこには、黒い巫女装束を着た、榊さんの姿があった。


「やはり来てしまったんだね」


 榊さんの目には、迷いが無かった。それは、何かを覚悟した感じの目だ。


「榊さん。君に言いたいことはいろいろあるけど、とりあえず。一言だけだ」


「なんだい」


 重々しい空気が流れる。俺は一歩だけ前に出て、榊さんを指さした。


「いるなら、返事しろよ」


 その時だけ、静かだった。まるで、時が止まったかのように静かだった。その静寂を破ったのは、榊さんだ。


「っぷ。なんだい君は、そんなことかい。こちらとしては、もっと重苦しいことを言われると覚悟していたのだが。今の君は、全く学校にいる時と違うね」

「っけ。学校じゃ、猫かぶってるだけなんだよ。あんたと同じようにな」


 皮肉たっぷりに言ったものの、彼女は全然堪えていないようだった。

 こっちは、少しばかりの敵対感情と、少しばかりの友情を持っているのだ。少しくらいは、それを感じ取ってもらいたかった。


 だが彼女は、そんなことはどうでもいいといった感じで、まるで訪ねてきた友人を普通に招き入れかの様に口を開くのだ。


「まあ、そうだね。こんなところじゃなんだ、中に入ってくれ」 


 罠の様な気もしていた。いや、多分そうだろう。でも俺にできるのは敵陣に入るだけなのだ。それが、罠としていようとも。

 きっと、まともにこの門をくぐり抜けて帰ることもないのだろう。


 どこに連れられるのかわからないまま。不安という感情を噛み殺しながら、榊さんの後に続いていった。

 連れてこられたのは、中庭が見えるただの客間だった。



「鬼一君。そこに座って待っていてくれ」

「ああ」



 俺は、榊さんの指定する場所に腰を下ろした。


「私は、お婆様を呼んでくる」


 果たして今から、なにが起こるのかわからないが、そのお婆様とやらを待つしかないのだろう。


「なあ、アキラ。ここに穢れ神はいるのか」

「わからない。でも、ここには変な結界が張られているのは確かだな」

「そうじゃのう。まるで、ここにいる『モノ』を表に出さないための結界が張られておったのは確かじゃ」


 なるほどな、じゃあやはりここには、外に出してはいけないモノがあるってことだ。それがなんなのか。


 いや、結果はすでにわかっているだろ。それは『犬神』だ。この屋敷のどこかに、社があるはず、そこに犬神が祀られている。そうとしか、考えられんだろう。


 落ち着けないまま、二分が経った。正座で待っていたのだが、緊張からか既に足が痺れそうだった。

 足を何度も組み替えていると、廊下をギシギシとゆっくり歩く音が聞こえた。そして、ピタリと止まった。目を向けると榊さんに手を握られたヨボヨボで腰の曲がった婆さんがいた。

 


「お主が鬼一の跡取りか。よう来てくれたな」


 

 しゃがれた声だが、優しさのある落ち着いたトーンで話していたが、俺は少しビビっていた。


 なぜなら、まるで猛獣が獲物を狙うかの如く、鋭い目つきをしていたからだ。

 ゆっくりと大きく呼吸をした。そうしないと、この空気に取り込まれそうだったからだ。

 ここは敵陣だということを、忘れてはいけない。



 そして、どうやらこの婆さんは、俺のことを知っているようだ。まあ、鬼一なんて苗字は鬼一神社の人間だろうということは、容易に分かることだ。


 だが、なぜ俺が跡取りだということを知っているのだろうか。普通ならば、親父が跡取りだと思うのではないだろうか。もしくは、榊さんがこの婆さんに話しているということか。

 どちらにしても、“よう来てくれた”というのが釈然としない。


「どうかしたのか? 何やら考え事をしとるようだが」

「いえ、すいません。少し落ち着かなくて」


 誤魔化すように頭を掻いてみせた。


 婆さんはそんな俺を見ながら、笑っていたが目だけは笑っていない。

 そして、婆さんは机を挟んで俺の対面に座った。その横に榊さんが座る。


「鬼一君。こちらが、榊家現当主の榊柴衣(サカキ シバイ)様だ。簡単に言うと私の祖母だ」


 まるで三国志の武将みたいな名だな。まあともあれ、この榊家のトップってことだな。

 まあ、なんだ。向こうがそうやって挨拶をしてきてんだ。こっちも挨拶しなきゃな。

 そう思い、口を開けた瞬間。


「お主のことは知っとるよ。鬼一家の次期当主で、名は義貫じゃろ。おまえさんで何代目じゃ」


 と、すぐさま婆さんが話してきた。


 俺は、どっちのことを聞いているのかわからなかったが、とりあえずどちらも答えることにした。


「当主としては28代目です。鬼助としては10代目です」


 俺がそう答えると、婆さんの肩が震えていた。


「カーカッカッカ。鬼の血を濃く持ったモノかえ。まだ、そんなものが続いておるとは、鬼一家は考えが古いの」

 

 馬鹿にしたように笑いやがって。あんたらだって、犬神なんて古い呪いを使ってんだろうが。


「笑ったりして悪いのう。それより、ここに来たのは何か理由があるんじゃろ」


 婆さんの目がキリッと俺を睨む。

 そう。いよいよ本題だ。

 拳を握り締め、気合を入れた。


「ここに来たのは、こちらに祀ってある犬神を封印させていただきたくて」


 超ド直球に攻める。確認さえしていない。ただの憶測だ。それが、四面楚歌の状態の俺にここから無事帰ろうだなんて考えは更々無い。だから遠まわしなんてせずに、ただ一直線に攻める。


 婆さんは俺の言葉をどう思ったのか。

 俺にできることは相手の返答待つということだけだ。

 重苦しい雰囲気が流れた。婆さんは咳払いをして、ゆっくりと話し始めた。


「おまえさんは、宗徹殿からどこまで聞いておるんじゃ」


 ジジイからだと。やはり、こいつ鬼一家と何か繋がりがあるのか。

 俺はなにも、聞かされていないぞ。それに、ジジイはここのことを知っているということをなぜ教えてくれなかったんだ。役に立たないジジイだ。


 穢れ神の場所を知っているのならば、教えてくれればいいだろうに。なんで、隠すのか。

 俺は、自身の家が少し信じれなくなった。


 そんな、俺の動揺に気がついたのだろう。婆さんは、片眉を上げ疑いの目でこちらを見ていた。


「その様子じゃと、おまえさんは何も聞かされておらんようじゃな。さっきの発言も証拠がなく、こちらを誘導しようとしておったのかのう」


 婆さんは少し身を乗り出して、睨みつけてきた。

 ここは、ヤのつく人の家なのか。まるで、実家のような恐怖感が俺を襲った。


「まあ、宗徹殿から何も聞かされておらんのならば、今ここで話そうではないか。おまえさんの知らん真実をな。そして、結衣。お前もこの話はちゃんと聞いておくのじゃぞ」

「はい」


 たぶん、今から話すのは、なぜ榊家のことをジジイが知りながら、隠していたかということなのだろう。

 俺は、唾を飲み込み、姿勢を正した。


「わしらは元々、呪殺師の家系じゃった。そして、一番多く呪殺に使用したのが犬神じゃ。なぜ、犬神を使ったと思う?」


 そんなの知らねーよ。俺が知ってると思うのか。

 考える振りをして誤魔化していた時、榊さんが口を開いた。


「家が出来る前に犬神が祀られていたからです」

「その通りじゃ。ここは最初から犬神持ちの家じゃったのじゃよ」


 っていうことは、仙石家が呪われた後にできた家なのか。そんなところに家を建てることを仙石家や鬼一家が許したのはどういうことだ。

 普通に考えれば、封印の邪魔のはず。どう考えてもおかしいだろ。


「仙石家や鬼一家がここに家を建てるなんて、なんで許したんですか」

「おまえさんの言うこともわからんでもない。じゃが、少しばかり考えれば分かること」


 ここに家を建てるメリットはなんだ。

 考えをめぐらせる。そして、一つの結論に至った。


「犬神の封印が解けたのをいち早く察知できる」

「その通りじゃ」


「でも、呪殺師なんかにこの場所を渡すのはおかしい」

「青いのう。よく考えてみなさい。呪殺師と解呪師の関係を。呪いを掛けるものと呪いを解くもの。お互いの関係がわかれば、簡単なことじゃろ」


 呪いを掛けるものと呪いを解くもの。その言葉で、俺は鬼一家というものに疑いを持った。


 本当に簡単なことだ。倫理なんてものを無くして考えればわかることだ。

 呪いを病気に変えればわかりやすい。呪殺師は病気を掛けるもの、解呪師は病気を治すもの。

 

 誰も病まないのなら、病院はいらない。

 鬼一家は神社だ。そして、一番金を稼げれるのは、お祓いだ。


「なんだよ。まるで、詐欺じゃねーか。ハハハ」


 呆れて笑うしかなかった。自分の家が呪いを、穢れを、バラ撒くようなことを認めていたのかと思うと、情けねぇよ。


「互いの利益を考えれば、当然のことじゃろ。鬼一も榊も、人を喰いものにして生きておるのじゃ。じゃあ、どうすれば互いに効率よく利益を出せるのか。それを考えれば、呪殺師と解呪師は繋がって当然じゃろ。何を悩んでおるのか知らんが、社会にはそんなものは仰山(ぎょうさん)あるのじゃ」



 頭がいかれてやがる。まるで、人を不幸にするのが、当たり前みたいな。そして、それで生かされて来た自分に腹が立つ。

 俺は煮えたぎる怒りと共に立ち上がり、婆さんを指さした。


「そんなこと、許して置けるか。人が不幸になるのは見たくねぇんだよ。あんたらのような家は俺が滅ぼす」

「小僧に何ができるというのだ」


「俺は、次期当主だ。そして、鬼一鬼助だ。鬼の力を使えば、こんなところすぐにでもぶち壊してやる」


 もう、穢れ神だとかそんなことはどうでもよくなっていた。今はこの榊家と鬼一家が憎い。不幸な人を増やしているなんて正気の沙汰じゃない。


「今の榊家は強いぞ。犬神様が眠りから覚めとるんじゃからのう。おまえさんのような小僧じゃ何も出来ぬは。その鬼の力というやつも、どうせハッタリなんじゃろ。それにのう、わしらの目的は、おまえさんを人質にして、仙石の娘を渡してもらうことなんじゃよ。犬神様が熱望しておるのでな。カッカッカ」


 やはり、犬神の目的は、楓さんか。そして、俺は楓さんを手に入れるための餌か。


「俺を人質にできるものなら、やってみろよ。ババァ」

「鬼一家も腐ったようじゃのう。こんな、礼儀知らずの小僧が次期当主か。お前たちこの小僧を捕まえな」


 婆さんがそう言うと、後ろの襖が開いた。そこには、薙刀を持った10人程の女性がいた。


 クソったれ。なにかあるとは予想していたが、こういう展開は予想外だ。女を殴るのは気が引けるが、そんなこと言ってられんよな。


 一人の女が、薙刀を振り上げ俺に襲いかかろうとした時だった。


「みんな待って。ここは、私に任せて欲しい」


 振り返るとそこには、殺気を放ち俺を睨む、榊さんの姿があった。


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