7月25日 00000001 融合と現実
俺が目を覚ましたのはベッドだったが俺の部屋のベッドじゃなかった。
女の部屋のようだとただ感じた。そして、壁に飾られた賞状や棚に置いてあるトロフィーでこの部屋の主が誰か気づくことができた。それは、“藤波燈花”だ。ということは俺は自分の精神世界から藤波の精神へと移動したということ。なぜ、藤波の精神世界に来たのか。俺の中に住む鬼は、蛇の精神世界に行けといったはずだ。なのに、蛇ではなく藤波。
まあ、この答えは単純なのかもしれない。今の俺でもわかる。
藤波は蛇に精神を乗っ取られた。そういうことに違いない。だが、藤波の精神も一応は残っているということなのか。よくわからないが。今は先に進むしかない。この部屋には扉が一つ。つまり、一方通行だ。心の準備はすでにできている。
ドアノブに手をかけ、勢いよく開けた。
―――バタン
扉の先は馬鹿でかいモニターがあった。そこには、男の後ろ姿と、血の涙を流す藤波の姿があった。
男がゆっくりとこちらに振り返った。俺はその男を見て、やっぱりと思った。その男は俺自身だった。しかし、向こう戸惑っているように見えた。感情が欠落しているようだ。
「俺がもう一人、どういうことだ」
俺はその問に答えることはできたが、俺たちの体は鬼が言っていたように磁石のように引っ付いた。
その瞬間、頭に衝撃が走った。脳みそをグシャグシャにかき混ぜられたような感じだ。ものすごく気持ち悪い。小さい頃に水と間違えて日本酒を一気飲みした時に感じたあとの気持ち悪さだ。
その感覚が収まり、お互いの記憶と情報が混ざり合った。それでやっと、この世界のことを理解することができた。
ここは、藤波の精神と蛇の精神が混ざり合った世界だ。そして、この藤波は俺に許しを請うため謝り続けているのだろう。
心の底で俺に恨みや嫉妬を感じ、俺がいなければと少しばかり考えていた。そういう心の隙があったせいで、信仰心により力を持った穢れ神に体を乗っ取られた。そして、穢れ神はそれを実行しようとしている。そういうことなのだろう。
さっきまでとは全然違う。だいぶ頭が冴えているようだ。今なら、相対性理論を完璧に理解できるような気がする。
さて、問題はここから出る方法だ。あの鬼が言っていた事を実行しなければならない。そう俺はここにいる藤波を殺さなければならないのだ。しかし、そんなことをしていいのか。こいつは俺に許しを求めているんだぞ。
その時、俺の右手が光った。そうか。なんだ、藤波を殺すわけじゃない。藤波の穢れを取り除いてやるだけだ。俺がするのはそれだけだ。
何度も謝っている藤波の肩に手を置く。
「藤波。誰だって、人を憎むことはある。羨むことはある。人間は弱い。誰も神や仏にはなれないんだ。だから、謝ることはない。俺は気にしちゃいないさ。だってな。お前に俺は殺せない。俺は普通の人間じゃあ殺せんよ。そんな華奢な腕で俺を殺すことはできない。だから安心しろ。今からお前を助けてやる」
刺青の光が一層眩しくなると、周りの景色が渦を巻くように刺青に吸い込まれていく。
その時、藤波が笑ったような気がした。だが一瞬過ぎてわからなかった。俺はやらなければいけないことをやろう。
全てを刺青が吸い取ると光と闇が混ざったようなものが見えた。
最初に感じたのは痛みだった。強烈な痛み。
目を開けてみるとそこには蛇に体を乗っ取られた藤波の姿があった。俺は現実に戻ってこれたんだ。
俺は少し笑っていた。
「ようバッファロービル。戻ってきてやったぞ」
「お前に何ができる。お前はすでに拘束されているんだぞ。それに、お前は人質だ。あの二人にも何もできやしないぞ」
藤波の顔からは想像もできないドスの聞いた声を出していた。
「できないこともないんだよ」
今の俺はさっき吸い取った穢れのおかげで軽い鬼人状態になっているようだ。そのため、実は自制心を保つので精一杯なのだ。だが、今の拘束状態から抜け出せることはできる。鬼の力を少し使えば。こんな小さい穢れの蛇なぞ、容易に取れる。
俺は四肢に巻き付いた蛇を無理やり剥がした。
「さて、ここからが本番だな。アキラ、テト、手を出すなよ。こいつは俺がやる」
「初めから、わしらは手を出さんよ。これはお前の試練じゃ」
「私も最初から傍観者だ」
俺はニヤリと笑い、ポケットに入れておいたクシャクシャになった式札を取り出す。そして、式札に穢れを注ぐ。すると、眩い紫色の光と共にそいつは現れた。小さく可愛らしい子鬼だ。
「えっ。こんなちっせぇのしかでねぇのかよ」
「そんな、弱そうなので私を倒すのか。面白い冗談だ」
期待を裏切られた。もっと神秘的で強そうなのが出るのかと思ったぞ。
「うるさい。早く命令しろ」
その子鬼は渋い声でそう言いながら手をポキポキと鳴らし、俺を睨みつけている。
「あっああそうだな。取敢えず藤波の体から穢れ神を取り除け」
「御主人、そりゃ無理だ。あれはもう一部が一体化している。取り除けばあの子も殺す事になる」
「えっ。じゃあ、その一体化した部分を残しつつ蛇だけなんとか外に出せないのか」
「それなら、可能だ」
子鬼はそう言うと、藤波の首を掴んだ。すると、薄ぼんやりと白い蛇が浮かんできた。子鬼はそいつを藤波の体から引っ張り出す。蛇はうめき声を上げながら、体をジタバタさせた。蛇の体長は思ったよりデカくはなかった。それは精神世界での蛇を見たせいであったのだが。まあ、大体全長2メートルで太さが人の首ほどだ。そして、蛇の尻尾の端が藤波の片足と一体化していた。
蛇の姿が顕になった瞬間、藤波の体は力を失ったように崩れ、床に倒れた。
「藤波ッ」
声を掛けたが反応はない。どうやら気を失っているようだ。まあ、目を覚まさない方がいい。目を開けた時に悪い夢は覚めるさ。俺が今からそうするんだからな。
俺は蛇に目を向けた。蛇は苦しみもがいているようだ。だが、その目はまだやる気のようだった。
「私はお前を殺すぞ。絶対に殺す。それが私の宿命だ」
「お前に俺を殺すことはできない。なぜなら、俺がお前をこの手で消すからだ」
蛇の頭を掴む。そして、穢れを吸い取ってやった。
蛇は呻きながら体をジタバタさせていたが、そんなものは無意味だった。
「なぜだ。体に力が入らない。お前、あの世界で何をしてきたんだ。」
「藤波の精神にあったお前の穢れを取り除いてやったんだよ。だから、もう信仰心なんてもんは無いんだよ。そして、お前の穢れもな」
蛇はだんだんと力を失っていき。最後には消えてしまった。藤波の体に一体化してしまった部分をのこして。
「御主人これで俺の使命は終わりのようだな」
そう言うと子鬼の姿が消え、灰になった式札だけが残った。
さて、最後の仕上げをしなければならない。この手に宿った穢れ神を封印する。
周りを見ると、そこには綺麗な城の中に相応しくないボロボロの神棚があった。そこに手を伸ばし、扉を開ける。そして、中にあった神鏡に手を置き、穢れを注いだ。
すると、周りの景色がみるみる変わっていき、城が消えた。俺たちが立っていたのは田首城跡地だった。だが、周りの景色は普通じゃない。まだ、あの鳥居の中にいるということだ。
俺は神棚の扉を閉め、扉に御札を貼る作業を終えると、藤波へと駆け寄った。まだ、藤波は気絶したままだった。藤波の足にまだ残る蛇の一部それをどうにかして、取り除く方法はないのか。そう考えていた時だ。アキラが、天清鬼神を藤波の足に突き刺した。
俺は吃驚して、アキラを見た。アキラは笑っていた。まさか、またこれも現実ではないのか。
「天清鬼神は、穢れを斬ることができるがそれ以外は斬れない。だからこれでもう大丈夫」
藤波の足を確認してみる。切れてない、血も出てない。そして、穢れた部分もない。これで、まともな藤波に戻ったのだ。
その後、俺たちは山を下り、鳥居をくぐった。鳥居の中はまだ不気味な色をしていた。アキラが、その鳥居に触れると鳥居の中はいつもどおりの色に変わった。どうやら、封印したみたいだ。
背負っていた藤波を下ろし、その場に座ることにした。
もう、クタクタだ。胸は抉れて、血は出ているしどうすりゃいいかな。っていうかちょっとこれはヤバイわ。
俺の体は力を失くし、そのまま倒れた。
そこからのことは知らん。
目を覚ましたのはその日の夜だ。
とりあえず、こんな状況だ。お決まりのセリフでも言っておこう。
「知らない天井だ」
まあ、どこかはすぐにわかった。ここは病院の一室だ。
ふと、お腹の方に重みを感じて目を向けた。そこには、布団の上に丸まった黒猫の姿があった。
「ようテト。猫が病室にいていいのか」
「わしは普通の人間には見えやせんから大丈夫じゃ」
「私もいるぞ」
声の主へと目を向ける。白いワンピースに赤いマフラーをした少女がいた。
「お前がいるのは当然だ。まだ、あと三体も穢れ神を倒さなならんのだ。それで今、何時だ」
「今は夜の11時半だ」
「そうか、じゃあもう一眠りするかな」
「そうしろ」
俺は、目を瞑り寝ることにした。今日は疲れた。長い一日がやっと終わりを迎えた。