7月25日 00000001 嫉妬と謝罪
「どこだ。ここは」
俺の知っている場所でもなく、あの永遠と続く世界でもなく、ただの真っ白な部屋。そして、目の前には真っ白な扉。繰り返される1日ではなかったが、安堵はなく俺は混乱していた。
なぜこんな場所にいるのか。ここはどこなのか。どう考えてみてもわからない。そして、俺ができることと言ったら、目の前にある扉の奥に進むことしかなかった。
扉は鍵もかかっておらず、音もなくあっさりと開いた。
開いた扉の奥は現実世界でもあの繰り返す1日でもなく、只々奇妙な場所だった。例えるならば、おもちゃ箱をひっくり返した砂漠のような場所だ。色々なモノが散らばっていた。それも、俺よりも大きいクマのぬいぐるみや人形が散乱していたのだ。
そして、この場所はどこまでも続いているようだった。
俺はただ奥に進むだけ。どこまで続くかわからないこの場所を進んでいくことしかできない。
進むと竹刀が落ちていたり、剣道大会で優勝した旗やトロフィーが落ちていた。そして、そこらじゅうに中学の時の剣道部の写真が落ちていた。そこには、俺と藤波の姿も写っていた。
さらに、付け加えるとするならば、俺の顔にはバツ印が書かれていたり、カッターで切り刻まれていた。
悪趣味な写真に狂気を感じ恐怖した俺は何故か分からないが笑っていた。俺はこの空間に居たくはなかった。逃げ出したかった。しかし、こんなどこかもわからない場所に逃げ場などはなく、只々どす黒い感情と敵意が俺の精神を攻撃してくるだけだった。
俺に、できることそれは奥へ奥へと進むだけだろう。
俺は、逃げるように走りながら進んでいく。逃げ場など無いとわかっているからこそ、より一層俺の足はいつもより早く動いていた。今なら、百メートル走で十秒を切れるような気さえする。
どれくらい走ったのか分からないが辺りの風景が変わり始めた。そして、そのせいで俺はこの世界が誰の世界なのかを知った。いや、この場所に来たときから分かっていたのかもしれない。あの竹刀から、あの写真からこの世界が誰のものなのか薄々わかってはいたのだ。ただ俺は考えたくなかっただけ。
俺が見たのは車椅子や松葉杖だった。これで確信してしまった。この世界は藤波の世界だ。もっと言うならば、この世界は藤波の深層心理の場所。
あいつは、俺を妬み、恨んでいた。
知らない奴にそう思われようが、仲良くもないクラスメイトに陰口を叩かれようが俺の精神にはなにも響かないが、仲がいい後輩にそんなことを思われていたことは俺には耐えられないくらいの絶望感を与えた。
笑うしかない。そうだろう、だってこっちが勝手に仲がいいと、尊敬されている先輩だと思っていたのだ。それがどうだ、こいつは俺を恨んでいた。こんな滑稽なことはないさ。
でもな、そうと分かればもうこっちも勝手にさせてもらう。俺は、お前を助けたいと思うし、それでより恨まれようがそんなもの知るものか。俺は俺の勝手にするんだ。
絶望のおかげで新たな希望が湧いてきた。いやただの空元気なのかもしれないが、俺はやる気に満ちていた。
先に進む足取りに重さはなく、軽ささえ感じている。
この世界が藤波の精神世界であり、歴史なのだ。だとするならば、もうすぐ終点があるはず、そこになにかがあるはずだ。
それが俺の希望だった。
終点にあっさりとたどり着いた。そこには馬鹿でかい壁とその壁には似合わない小さな扉があった。小さいと言っても俺にはちょうどいい扉なのだが、この世界に慣れてしまったのか俺には小さく感じられてしまったのだ。
俺はその扉を迷うことなく開けた。
真っ白だった。いや、あまりにも眩い光のせいで何も見えなかった。
目が慣れたときその光の正体がわかった。目の前にある競技場何かにあるでかいモニターが眩く光っていたのだ。
そして、モニターにはあの例の城にいるアキラとテトが写っていた。さらに、映像を映している人物の華奢な左手に胸の肉を抉られながら掴まれ、四肢を四匹の白蛇に締め付けられた俺の姿があった。
この映像は、きっと本当の世界なのだろう。
この音の無い映像では情報は少なかった。しかし、この映像は誰かの見ている景色だということは分かっている。その誰かは……。
藤波燈花。
あの華奢な手は藤波の手だ。俺がはっきりと断言できる理由は、あいつの左手の甲に大きな黒子があるからだ。
今までの情報を纏めるとこうなる。
1.この世界は藤波の精神世界である
2.モニターには現実世界が映し出されている(仮)
3.藤波は俺を恨んでいる
4.穢れ神は白蛇
5.穢れ神は信仰心により力が増す
6.藤波は白蛇の神様に力により足が治った
これらの情報から導き出される考察は藤波は俺を殺したいとまではいかないかもしれないが、壊したいほどくらいは恨んでいるのだろう。そして、足を治した白蛇はその藤波の闇に付け込み、体を乗っ取ったのかもしれない。もしくは、自制心を抑えられなくさせたのかも。そこらへんはよくわからないが。人間の欲望や嫉妬は凄まじいから、自制心が効かなくなった場合平気で殺人もしてしまうと俺は思うのだ。
じゃあ、俺は死んでいるのか?
ここにいる俺はなんだ?
精神。魂。物質ではないなにかなのかもしれない。じゃあ、どうして俺は藤波の精神世界に来てしまったのか。いや、もしかすると最初から俺はこの世界に閉じ込められていたのかもしれない。
おっと、考察が脱線していた。というよりそもそも、この考察はなんのための考察なのだろうか。
少しばかり、狂い始めた俺の頭はどこに向かって考えているのかわけがわからなくなっていた。
そんな時だ。俺はこの部屋の隅に誰かがいることに気がついた。その誰かとは藤波なのだが。
藤波は膝を抱えて、部屋の隅で膝を抱えていた。そして、なにかをボソボソとつぶやいている。
一歩ずつ近づいていくと何を言っているのか聞き取ることができた。
「ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい」
なぜ、今まで彼女に気がつかなかったのか。そして、彼女は誰に謝っているのか。
後で考えてみるとわかったのだが。その時はあの世界の影響によって俺の感情は麻痺していて、思いつきもしなかったのだ。
俺がわかったのは彼女こそが藤波の自制心というやつなのだろうということだけだった。
俺はまた一歩近づいてみる。そこで、彼女がこちらに気がついた。
彼女の目は真っ赤に腫れていて、目から血の涙を流していた。
普通なら驚くところだろうがもう一回言う、俺は感情が麻痺していて驚きもしなかった。
「ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい」
「藤波、この世界はお前が作ったのか」
「ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい」
「誰に謝っているんだ」
「ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい」
話にならなかった。自制心さえも壊れていた。
感情がマックスでなくなりかけていた俺は目の前に血の涙を流す女の子がいるというのに当初の目的を果たすことにしたのだ。
考える。そうこの世界から脱することを考える。そもそも、いつから俺はこの世界いるのだろうか。なぜ、今モニターに写っている時のことを思い出せないのだろうか。
考えている時にさっき俺が入ってきた扉が開くことに気がついた。