7月25日 城と神通力
俺は夢を見た。藤波が俺に助けを求める夢だった。その場所は見覚えのない大広間だった。起きた時にはただその場面しか覚えていなかった。
変な夢を見たと思ったが、妙に胸騒ぎがしてしょうがなかった。
「どうかしたのか」
アキラとテトは不思議そうに俺を見ていた。
「いや、変な夢を見ただけだ」
「そうかならいいけど」
「起きたんならさっさと支度しろ。今日もあそこに行くんじゃろ」
「ああ」
身支度を整え、俺は田首城跡地へと向かった。
田首城跡地へたどり着いてやっと気づいた、あの夢は俺にこのことを伝えたかったのだと。
入口にある鳥居が、最近見たことのある忌々しい鳥居に変わっていた。
鳥居の中に見えるその空気の色と鳥居の外の色の違いさに怖さを覚えた。
あの時、あの亀の穢れ神と出会った日は夜だったためそこまで色の違いを感じたわけではなかったが日の照っている中、それを見るとそれが異常だということに誰でも思う筈だ。
そして、鳥居の中に見える場所はゆらりと空間が揺れ恐怖をより一層増幅させた。手招きする様に、逆に帰れと追い払うかの様に見えた。
「テト、この鳥居は昨日までは普通の鳥居だったんだ。それがどうしてこんなことになってるんだ。それに、穢れの姿はこの周辺ではなかったんだろ」
「そうじゃのう。確かに、この周辺には穢れはなかった。じゃがしかし、穢れ神は神じゃからなあ、信仰さえあれば力は増大するはずじゃ。そして、その鳥居の中からは膨大な力を感じるのう。これはかなり信仰されておったようじゃ。その信仰の力により本来の力を取り戻した穢れ神は結界に穴を作ることができたんじゃないかのう。その穴がこの鳥居というわけじゃろ」
「信仰……」
俺は知っている。その信仰をしていた奴を知っている。そう藤波だ。
しかし、たった一人の信仰で膨大な力という奴を手に入れることができるのか?
「できるよ」
「えっ」
アキラは天清鬼神を取り出していた。
「信仰は数じゃない質だ」
「質? 」
「ああ。例えば、千人が一円ずつ募金するのと一人が千円払うのは同じだろ。信じる者が一人いればいい。それにそう言う奴は何度も足を運ぶ。そして、その都度千円募金してくれる最高の信仰者だ。だから、時間さえかければ、募金も増えるだろ」
「なるほど」
昨日聞いた話が当てはまり過ぎる。藤波の好意の行為が穢れ神を最悪なものにしてしまった。
しかし、鳥居の中に入らないなどという敵前逃亡は俺にはできない。いつかやらなきゃならない、俺の本当の夏休みの課題というやつなのだから。
「じゃあ、入りますかね」
俺は一歩その鳥居の中に足を踏み込んだ。
鳥居の中は昼だというのに夜のように暗く、少し肌寒かった。さらに、道の横にある灯篭に紫色の火が着いていた。それが、より一層この空間の不気味さを醸し出していた。
そして、道を上がった先に、あるはずのなものがあった。
そこには、落城し、無くなったはずの田首城がそびえ立っていた。
「おい、ウソだろ」
「これはまあ立派な城じゃのう、黄金に輝いとる城など、この目で見るのは初めてじゃ」
黄金の城は綺麗ではあったが、暗闇の中で輝くそれは逆に異様さも持ち合わせていた。
さらに追い打ちを掛けるかの様に、城門が
―――ゴゴゴ
と音を立てながらゆっくりと開いた。
「これは入れってことか? 」
「その様じゃのう」
「罠かもしれないぞ。それでも入るのか? 」
「ここまで来て何言ってるんだよ。虎穴に入らずんば虎子を得ずだろ」
「そりゃそうだな」
「さて、鬼が出るかじゃが出るか」
「いや、蛇がでるだろ」
「そういうことじゃなくて」
「それに、鬼はお主のことじゃろ。だからどっちも出るぞ」
「だから、そういう意味じゃなくて概念的なものであって……。まあいいや。とりあえず中に入るぞ」
「ああ」
「うむ」
この城の中でどんなことが起こるか俺には予想が付かないが、俺はどんなことがあっても諦めない。俺たちの戦いは始まったばかりだ。
「おい、勝手に終わらそうとするな」
「いや、なんか俺もボケたかったんだよ」
「なにしてるんじゃ。さっさとはいるぞ」
俺たちは三人同時に城に足を踏み入れた。その瞬間、
―――バタン
と音を立てて門がしまった。
アキラが、門を開けようとしたが門を開けることはできなかった。
「もう前に進むしかないようじゃのう」
「もどる必要なんてないだろ、穢れ神を倒しに来たんだから」
城の中は火が灯してあるだけで、案外暗かった。俺たちは、その火を頼りに城の奥へと進んでいった。
あまりにも、何も起こらないせいで余計に恐怖心が募っていくばかりだ。
さらに、奥へ奥へと進んでいく。そこで、やっとおかしいことに気がついた。
廊下があまりにも長すぎるし、一度も曲がらないなんておかしい。すでに1キロは歩いたような気がするぞ。
俺はふと後ろを振り返った。本来ならば、長い廊下が続いてるはずだった。
しかし、俺が見たのは俺たちが入ってきた門だ。
「おい、アキラ、テト。後ろ見てみろ」
「なんじゃ」
「うん? えっ、どういうことだ。全然進んでないじゃないか」
「本当じゃな」
かなり焦っている俺やアキラと違って、テトの表情には余裕が見えた。
「テト、どういうことか説明わかるのか」
「いや、わからんのう」
じゃあなんでそんな余裕があるんだよ。っと叫びたくなったがやめた。
「とりあえず門に向かって歩いて見るか」
俺の提案に二人は頷き、門へ歩き出す。
門へたどり着くあと少しのところで見えない壁に俺たちはぶち当たった。
「痛えな。なんだよこれ」
「壁じゃのう。それも、この感触は木目の板壁のようじゃのう」
「これじゃ戻ることも進むこともできないじゃないか。どうするんだ義貫」
前にも後ろにも進めない。考えてもどうすることもできず、俺の頭はパニック状態だ。
「こんなのどうしろって言うんだよ。前にも後ろにも進めず。この見えない壁があるなんて意味が……」
俺は思いついた。前にも後ろにも進めないのならば横に進めばいい。それにこの見えない壁は木目なんだ。
「おい、神っていうのは物を曲げたり、透明にすることができるのか? 」
「できる物とできない物があるのう」
「できる物っていうのはどういうものだ」
「神自身が創造した物と神の所有物なら可能じゃ。しかし、物を曲げることが出来るのは前者だけじゃ。すでに、作られた物は曲げることや作り直すことはできないが見えないようにすることならば可能じゃのう」
「じゃあ、その所有物の色や見た目をごまかすことはできないのか」
「それはごまかし方にもよるができないことではないのう。例えばじゃがこの私が着ている浴衣じゃが」
テトはその場で袖を振りながら一回転してみせた。すると、真っ黒な浴衣がアキラとお揃いの真っ白なワンピースになった。
「こんな風に変えることもできるのじゃよ」
「テトちゃん、私とお揃いだな」
アキラはテトに抱きついて頭を撫でている。
なるほど、これならこの屋敷の謎は解けた。つまり、この見えない壁は透明に見えるが実は門の絵? のようなモノが書かれているのだろう。これは、この城が穢れ神の所有物ではあるが作られた物ではないということを意味する。
そして、城の大きさからして一キロもないのにそれくらい歩かされたということは、たぶんではあるが、この城の床に穢れ神が作った偽物の床を被せたのだろう。
さらに、その偽物の廊下をわからないように曲げたのだろう。そうすることで、同じとこをぐるぐると歩くことになるのだから。
そして、本当の道はこの見えない壁をつたって行けばあるはずだ。
俺たちは見えない壁に手を当てながら、進んでいく。途中で壁が見えたが実際には無い壁だった。たどり着いたのは上へと登るための階段だった。
「テトとアキラが先に行ってくれないか」
「なんだ義貫、怖気づいたのか」
「いや、靴の紐を結び直してから行こうと思ってな」
「それなら、終わるまで待つのじゃがのう」
「大丈夫すぐに終わるから先に上がって来れ」
「そうか。ならアキラ先に行こうかのう」
「うん」
平常心を保て、俺ならできるいやできる。無心になれ今はまだ無心を貫くんだ。
俺は待つ、テトとアキラが階段をいい感じのところまで登るのを待つんだ。
よしここだ。ここでしゃがみ靴の紐を結んでいるふりをする。そして、見上げるんだ。そこには、俺のシャングリラが広がっていた。そう、俺はテトとアキラのパンツを見るために嘘を着いたのだよ。クックック。しかし、変だ、テトのパンツが見えないな。
そこで、俺の顔面に蹴りが飛んできた。そう、アキラの蹴りだ。
だが、これも俺は予想済みなのだよ。俺の思考を読めるアキラならこうなることは確実。
「何みとんじゃいワレ。抜け目のないやつだなお前は」
「フフフ、お前でも俺の隠している思考は読めないのだな。これはいい勉強になったぞ」
「アキラよどうして鬼の子を蹴ったのじゃ」
「テトちゃんこいつ、私たちのパンツ見ようとというか見たよ」
「パンツ? ワシはパンツなんぞはいておらんぞ」
えっ、どうりでパンツが見えないはずだ。本当にパンツはいてない状態とは思わなかった。
「えっなんでテトちゃんパンツはいてないの」
「ワシはパンツなんて物を今まではいたことがないしのう。それに、浴衣に下着なんてものは着けないからのう、この服でもそのままにしておったんじゃ」
おいおい、浴衣は最高だな。まあ、今はワンピースだけど。
「それに別に減るもんじゃないし見られてもいいじゃないかのう」
「いや、恥ずかしくないの」
「ん? ワシは猫で神じゃから別に恥ずかしくないがのう」
俺はテトの肩を叩き、諭すことにした。
「いいかテト。俺はな恥じらう女が好きなのだよ。お願いだから恥じらって」
「そんなのどうでもいいわ! 」
アキラは刀の柄で俺の脇腹を突いてきた。
「うっ。アキラさんそりゃないよ。柄はないよ。これから戦うかもしれないのに、もうヒットポイント真っ赤になってますよ」
「うっさい黙れ、さっさと行くぞ」
アキラは俺をゴミを見るような目で見てきたが俺には快感でしかなかったのさ。
「アホなこと考えてないでさっさと歩け」
アキラは俺の背中を柄で押しながら階段を登ることを急かしてきたが、いかんせん脇腹が痛く思うように歩くことができない。しかし、そんなことはお構いなしという感じで後ろからアキラが急かしてくるのだ。
ああ、あんなことしなければよかった。
我慢しながら階段を上り終えた。
そして、俺がその先で見たものは脇腹の痛みなんて忘れるようなものだった。
目の前には、全長五メートルはあると思われる白い大蛇がいた。その奥には小さな蛇に巻きつかれて気絶している藤波の姿があった。
「大丈夫か藤波! 」
藤波はぴくりとも反応しなかった。俺は、その大蛇を睨みつける。
「お前が次の穢れ神か」
ゆらゆらと体を揺らし、舌をチロチロとさせている大蛇はどこか余裕があり、笑っているように見えた。
「次の? いや最後の間違いだろう。ここでお前は朽ち果てるのだから」
「ムカつくな」
しかし、この大蛇に俺はどう立ち向かって行けばいいのだろうか。そんなことを考える暇もなく大蛇は俺たちに向かって進んでくる。
そして、大蛇の目が眩しく光った。その光は辺り一面に広がり、眩しくて何も見えなくなる。
「なんだこれは」
その光のせいなのか分からないが、眠りに落ちるかのように意識がぼんやりとし、そのまま俺は倒れた。