7月24日 剣道少女と城跡地
俺は単独で、田首城跡地へと来ていた。アキラとテトには別の場所を探してもらっている。
ここに来るまでは只々疲れた。ここにはバスが通っていない。だから、一番近い場所までバスで降りてそこから、何キロかは徒歩ったのだ。
そして、この田首城跡地へ行くには急な登りになっているし、道が舗装されていないのだ。
最近は毎日のように山を登っている気がするな。いつのまに俺は登山家になったのだろうか。
ほぼ毎日のように山を登っているせいで膝が痛い。それに、休むまもなく動いているような気がする。
田首城跡地に着くと俺は倒れるようにその場に寝転んだ。
ああ、暑い。なんでこんなに暑いんだ。俺は夏休みになにをしているんだ。
暑さと疲労のせいで頭がどうにかなりそうになっていた。
いつまでそうしていたのだろうか、俺が寝転んだ場所には日が当たり始めていた。立つのも面倒くさかったので、影がある場所まで転んで行くことにした。
涼しいが転がったせいで体中に小さい葉っぱが付いてしまったがそんなことはどうでもいい。俺はただ涼を求めていたのだ。
そうやってズボラに涼を求めている時だった、階段を駆け上がってくる足音が聞こえてきたのだ。
こんな何にもない城の跡地に何のようがあるのだろうか。しかし、こんな汚らしい姿を人に見られるのは嫌だな。とりあえず体に付いたゴミを払い落としておく。
足音の主の姿が見えた。そいつを見たとき俺は心底驚いた。理由は一つではないのだが、とりあえず俺はそいつを知っていたのだ。
どうやらそいつも俺のことに気がついたようだった。
「あれ、鬼一先輩じゃないですか」
「久しぶりだな藤波」
剣道着を着た女、藤波燈花は俺の中学時代の後輩だった。
中学の頃、俺と藤波は剣道部に所属していた。まあ、ただの同じ部活の先輩後輩というだけの関係だった。
「そういえば足の方は大丈夫なのか」
俺が藤波の足を気にした理由は俺が藤波の姿を見たとき驚いたことの一番の理由だった。
なぜなら、藤波は剣道の試合中に右足を大怪我してしまったのだ。そのため、一生まともに歩くことができないと言われていたはずだったのだ。それなのに、こいつは剣道着のままで走ってここまで来た。
「実はちょっと不思議なことがありまして」
藤波の話はちょっと不思議なこと、どころの話ではなかった。
藤波が右足を怪我したのは中学三年の地区予選でのことだ。藤波は女子剣道部の部長であり、大将だった。それは県大会出場の切符を手にする決勝戦の大将戦で起こった。
相手が藤波へ面を打つ時に裾に引っ掛かり竹刀が藤波の膝に当たった。かなり痛かったはずだが、藤波は試合を続行し見事勝利した。
しかし、藤波はその日から膝に激痛が襲い、病院に行った。そして、まともに歩くことはできないと診断された。
これは、俺が高校一年の時に藤波から聞いた話だった。
そして、ここからが今藤波から聞いた不思議な話だ。
藤波は今年のゴールデンウィークにこの田首城跡地の近くにある杖立神社に足が治るように願掛けしに行った。その帰り道で弱った白蛇を見つけたのだという。藤波は杖立神社へのお供え物の余った卵をその蛇に差し出すとその場を後にした。
その日の夜、夢に下半身が蛇で上半身が人間のナーガのような女性が現れ、今日のお礼に足を治してあげようと言われたらしい。
そして、目が覚めると右足の違和感が消え普通に歩くことができたのだという。右足が治ったことに喜んだ藤波はその白蛇に感謝として休日に田首城跡地に訪れては素振りを千本しているらしい。
確かに不思議な話だ。そして、穢れ神がいるかもしれないこの場所で藤波に出会いこの話を聞いたことは偶然じゃないような気がした。
さらに、藤波の右足をよく見ると白いモヤがかかっていた。これはもう神仏の力が影響していると思った。
もしかすると、それは俺の探している穢れ神の仕業なのかもしれない。まあ、杖立神社の蛇神である可能性もあるが、穢れ神ではないということも捨てきれない。
しかし、穢れ神が人の役に立つようなことをするのだろうか。
考えてもわかるものではなくどうしようもなかった。
「鬼一先輩どうしたんですか」
「いや、なんでもない。確かに不思議な話だな。じゃあ今日も千本素振りをしに来たのか」
「はいそうです。あっ先輩も一緒にどうですか」
「俺はいいよ」
「そうですか。じゃあ、打ち込み練習を手伝ってくれませんか。竹刀持ってるだけでいいので」
「まあそれくらいだったら」
俺は藤波から竹刀を受け取ると、肩の高さで横にして、打ち込み練習を手伝った。
三十本打ち込み練習を続け、その後藤波は千本素振りを始めた。
「先輩はなんで高校に入って剣道やめたんですか」
「別に興味が無かったし、やる気もないし、臭いのが嫌だからかな」
「県大会で優勝するような人が興味ないとか言わないでくださいよ。私はどんだけ努力しても二回戦敗退だったんですから」
「本当のことだからしょうがないだろ」
「天才はずるいですね」
山の中で竹刀を振る音だけが聞こえる。別に懐かしくもないが、悪くないと感じた。
俺はその竹刀振る藤波を見て一つ疑問を感じた。
「藤波、なんで千本素振りなんだ?」
「素振りって言ったら千本かなと思いまして」
「今、剣道をしてない俺が言うのもなんだが、千本なんて振ってると変な癖がつくからあんまり良くないぞ。するなら、姿見がある前でした方がいいと思うぞ。それか、一足一刀の間合いからのゆっくりな素振りを百回くらいにした方がいいぞ」
「やっぱり、そうですか」
「えっやっぱりって? 」
「なんか最近、スランプぽかったんですよね。変な癖がついちゃったんですね。じゃあこれからは一足一刀の間合いからのゆっくりな素振りにしますね」
「ああ、そうしろ」
そんな他愛のない会話をしていると、いつのまにか日が沈みかけていた。
「よし、ノルマ達成しました」
「じゃあ、俺はもう帰るよ。藤波も早く帰れよ」
「はい、ちょっと黙想したらすぐに帰ります」
藤波と別れた俺は、アキラ達と合流した。
「そっちはどうだった」
「特に収穫はなかったな。逆に穢れの姿がいないくらいだった」
「この辺りに穢れ神はいないんじゃないのかのう」
「いや、まだわからないだろ。それに今さっき面白い話を聞いたぞ」
俺は藤波から聞いた話をアキラ達に話した。
「確かに面白い話じゃが、それが穢れ神の仕業かどうかは微妙なところじゃなのう」
「まあ、また明日もここら辺で調査してみてもいいんじゃないか」
俺はアキラの意見に同意し、家へと帰った。
その時の俺はまだ、また穢れ神とあんなにすぐに出会うとは思っていなかったのだ。