企画三題噺「全自動洗濯機、線香、栄養ドリンク」
「全自動洗濯機、線香、栄養ドリンク」
K・T
口の中に、喉の奥に、きーんと響くようなクスリ臭さが広がる。
うだる暑さに揉まれた身体は、三日連続の猛暑日と、最高の仕事場を与えられたにも拘らず壊れてニート生活を満喫しているエアコンのせいで、敢え無くギブアップを告げた。つまるところ、夏バテである。
朝から何やら身体がだるく、力が入らない。食欲がないため、栄養ドリンクを呷ったのだが、これがまた失敗だった。舌に残るクスリ臭さと工業ゴムのような匂いは、ダメージを受けた身体を更に消耗せしめた。
ソファに横になって濡れタオルを額に当て、「あー」とか「うー」とか意味を持たない言の葉を吐き連ねていると、インターホンが鳴った。
両親は東京暮らしだ。大学進学のため下宿している身としては、こうしてわざわざ訪ねてくるような相手に心当たりは無い。
応答すると女性の声がした。
「ここの大家ですが」
なんだろう。頭痛を和らげるためにこめかみを揉みながらドアを開けると、今時珍しいきっちりした和装の女性がいた。
「どうかされましたか?」
「いえね、貴方が昨日あんまりにも具合が悪そうだったんで、面倒を見に来たんですよ」
昨日というと、アパートの住民会があった日だ。確かゴミ捨てのルールと共同浴場の掃除当番の確認を行ったはずだ。そのときに大家がちらちらとこちらを覗っていたが、そういう訳だったか。
「お気遣い感謝します。しかし、ご迷惑になるといけないので…」
「そんなことは良いんですよ。ほら、早く上げなさい」
ここまで押しが強いと、断るのも億劫だ。一先ず御厚意に甘えよう。
「そうですか、何だかすみません。では、こちらにどうぞ」
男一人暮らしのこんな汚部屋に招き入れるのはどうも恥ずかしい。普段から片づけをしておくんだった。
「貴方、この部屋エアコンを入れていないんですか?夏バテでしょうに」
「ああ、壊れてるんですよ。間の悪いことに」
「こんな健康に悪そうな部屋に先ほどまで?」
「まぁ、自室なんで」
「来なさい」
「え?」
結局、大家の部屋で休ませてもらうこととなった。
作って貰った白粥を食みながらエアコンの冷気に癒されていると、大家がスリッパをパタパタと鳴らしながらやってきた。
「貴方の部屋のその、洗濯機?というの、使い方が分からないのですが、どう使えばいいのかしら?」
「普段、洗濯はどうしてるんです?」
「洗濯板と桶で」
「…」
すごいな。
「うちの洗濯機は全自動なんで、スイッチ押せばやってくれます。後で自分でやりますから、気にしないでください」
「そう、じゃあそうして頂戴」
大家はそう言うと、隣の席に腰掛けた。ふわりと漂ってくる香りは線香か。
「隣の部屋に仏壇があるんですよ」
視線に気付いたのか、大家ははにかむようにそういった。
「もう三年にもなるのね。あの人がいなくなってから」
懐かしむような顔をした大家は立ち上がると、粥皿を片付けながら、
「貴方も、あの人のために線香をあげてくれないかしら?」
「私が、ですか?」
「ええ」
隣の部屋の仏壇は、学生の下宿先になるような狭いアパートには不相応なほどに立派なものだった。
鈴を鳴らす。
涼やかな音が響いた。