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DEATHEARTH  作者: 奇逆 白刃
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もう一つの創世記

外で待っていたのは父さんと母さんだけだった。僕もブイオも、その前に降り立つ。

「他の皆は?」

「新しい世界を、見に行ったわよ」

新しい世界。まさに、その通りだった。町の影はもう無く、僕や沙流の家、他にも壊れていない数件の家だけが一面に広がる草原の上に点々としている。命の香りがする、美しく済んだ空気が、その上を満たしていた。

「仲間の後を追う前に、少し待ってもらえないか。お前に会わせたい者がいるんだ」

ブイオと母さんを残し、僕と父さんは神山を少し回り込んだ。僕と父さんの上に大きな影が落ちる。

目の前のその生き物は、長く伸びた首を曲げて僕の前に顔を寄せた。美しい青い鱗に覆われた鼻面が僕の頬を撫でる。

[アスル。再び会えて嬉しい]

その竜には角が片方しかなかった。その身体を覆う鱗の青は、僕と全く同じ色をしている。

[…ブラウ。会いに来てくれたんだね]

[ああ。誓ったではないか。蘇る時があるのなら、その時は真っ先にお前の元へと向かうと。わたしは誓いを守った。お前が出て来るまで此処でずっと待っていた]

僕を見詰めるその眼は、やはり僕と同じ青だった。命の輝きに満ち溢れ、生き生きと輝いている。僕の眼も、こんな風に輝いているのだろうか。

[わたしも、お前の助けに全力を尽くそう。お前や仲間を乗せて空を飛び、届け物があればそれが何であれどこへでも届けよう。わたしが蘇ったのは命の蝶とお前達のおかげだ。わたしはそれに対する感謝と喜びを全てお前達に捧げる。アスル、我が大いなる友よ。このわたしを、好きなように使うが良い]

[有難う、ブラウ。喜んで、そうさせてもらうよ]

ブラウは、嬉しそうに目を細めた。父さんが、僕の脇に立つ。

「さっきブラウが報告してくれたが、この星は、元に比べて酷く大きくなっているらしい。地獄を除く全ての世が地上に現れたそうだ」

そうか、じゃあ命の蝶の中から見たあの出来事はちょうどそれが起こっている最中だったのか。魔界やオームルなどが地上に出て来た瞬間だったのか。

「さあ、さっきの所に戻ろう。ブラウは、お前が呼びさえすればいつでも来る。それよりも、残して来た二人が寂しがっているのではないかな」

「ブイオに限って、それは無いと思うけど」

そう言いながら穴の所に戻ると、そこには母さん一人だけが待っていた。父さんから奪う様にして僕をしっかりと抱きしめ、僕の背を撫でる。

「あの、母さん…ブイオは?」

「さっき、向こうの方へ歩いて行ったわ」

僕を離した母さんは、草原の方を指差す。僕は礼を言って、その方向に飛んだ。

ブイオは、崖の上にある大きい岩の上に座って、遥か下に広がる一面の草原を眺めていた。僕の気配に気付いたらしく、振り向く。

「…ああ。座れよ」

僕は、ブイオの隣に腰掛けた。そこから見る景色は緑と青に覆われ、所々固まった家の様な物が見える。遥か彼方で眩く光っているのはサンダードナーだろうか。左側に広がる海の中にはオームルがあるのだろう。人魚とメローは、少しは仲良くなったのだろうか。そんな事を考える。

「…あのな、來。一つ、言い忘れてた事があった。今教える」

唐突に、ブイオが言った。僕はブイオの顔を見上げ、先を促す。

「今目の前に広がっているこの世界。これこそ、俺が初めから追い求めていた世界なんだ」

「初めから?」

「ああ。正確にはよく分からないけど、少なくともSunに攻め込んだ時はそうだった」

「初耳だな」

「だから、言い忘れてたって言っただろう。…ほら、Earth以外を滅ぼす、って俺が言ったの、あれ、こういう事だったんだ」

ブイオはそこで言葉を切り、周りの景色を見渡す。そして、呟く様な小さい声で恥ずかしそうに言った。

「全てがEarthになってしまえば良い、ってそう思ってたんだ。今となっては酷く単純で幼稚な考えだけどな。滅ぼした所で、必ずそうなるとも限らないのに」

「でも、夢は叶った訳だろ」

「まあな」

僕は風を全身で感じ、身体の力を抜いてブイオに寄り掛かった。命の証拠である、心臓の鼓動をしっかりと感じる。

と、その時だった。突然ある感覚と疑問が結びついて、僕は身を起こす。

「ブイオ、僕分かったよ」

「分かったって、何がだ」

酷く意気込む僕を見て、ブイオは訝しげに首を傾げる。僕は手を伸ばすと、ブイオの胸の上にその掌を置いた。

「君に感じられなかった物の正体だよ。こうして手を乗せると、ほら、しっかりと感じる」

僕はそう言って、唖然としているブイオに抱き着き、胸に顔を埋めた。鼓動が聞こえる。顔が火照る。

「君の身体…暖かい」

ブイオはびくり、と全身を震わせた。僕の背に手を置き、それから驚いたように呟く。

「…本当だな。あんたから、あまり熱を感じない。俺の手が暖かい、からなのか。…なんだか不思議な気分だ」

全く、こういう事だけは良く気付くんだな、とブイオはそう言って苦笑した。僕の肩を掴んで自分から引き剥がすようにし、僕の眼を見て微笑む。

「よし、分かった。教えてやる」

「え?教えるって何を」

「あんたが訊いた事さ。穴の中でな」

ブイオは、僕の耳元に再び口を近付けた。そして今度ははっきりと、その名を囁く。

ブイオが、己の全てを投げ打ってまで守りたいと思う者の名。

それを訊いて真っ赤になった僕の顔は、幸いにして誰も見ていなかった。


その後、僕達五人は再び集まった。命の蝶から聞いた事を伝え、これからどうするかを話し合う。

その結果、満月から次の満月までの間を一期間として、全ての地域を回って行く事にした。

そして、この場所での皆の過ごす場所を決める。

沙流と僕は、それぞれ両親のいる自分の家に戻った。泉山という大工が、沙流の所に一緒に住んで沙流にあらゆる体術を教えている。結局両親を失う事になった揚魅は、沙流について行って一緒に体術を学んでいた。

歌恋は、フォレイグンから正式に認めてもらって、僕の家に住む事になった。僕としては少し気恥ずかしいのだが、歌恋はさほど気にしていないらしいから、よしとする。

サシルは、何故か僕の家に転がり込んで来た。これは、同居というよりも寄生に近い。父さんと母さんが面白がって追い出そうとしないから、そのまま棲み付いた、という感じだ。

フィアンマは、イヌスに矢を教えてもらう、という事でメヒムと一緒に森に住んでいる。万生が、やはりというかなんというか、それに付いて行った。

そしてブイオはというと。

「ブイオ、だったな。どうだ?來とも仲がかなり良いようだし、歌恋やサシルと一緒に、わたし達の家に住まないか?」

「いや、俺はいい。俺は、人の家に住むよりも自然の中で生きる方が慣れてるから」

「そうだよ、父さん。それに、父さんは分かってると思うけど、僕とブイオが一緒に住む事になったら、歌恋が…」

「あら、わたしは全然構わないわよ」

「ええっ!?今なんて」

「だから、構わないわよって言ったの」

「だって、ほら、訳の分からない噂が流れてるし…それはもちろん嘘だけど、それに、歌恋、あの」

「そりゃ、もしブイオが女の子だったらわたしだってやきもち位妬くけど。ブイオは男の子じゃない。気にしないわ」

「あああっ、歌恋までそんな事を…!」

「だってそうなんでしょ?あなたと…」

「わー!歌恋、それ以上は勘弁してくれっ!!」

「はぁ…で、結局、ブイオ、あなたはどうするの?最後に決めるのはあなたなのよ」

「あぁ…。こうなった以上、取るべき道は一つしか残されて無いよな、残念ながら」

…という訳で、僕の家に同居なのだった。


命の蝶がくれた最高の贈り物。それは[永遠の命]だった。

それから何十年がたっても、僕達五人、父さんと母さん、サシル、歌恋は歳を取らなかった。揚魅は、肉体こそ歳を取ったものの、三十代になった辺りから半永久的に壊れる事の無いアンドロイドの身体に乗り移って僕達に付いて来ている。その精神は不滅だった。

人間は再び増え、新たな街が作られ、地域は国、と呼ばれる様になっていった。この惑星にも、[地球]という名前が付けられた。

長い年月の間に、何度も戦争が起こった。自然が失われる事もあった。しかし、人は明らかに平和を好むようになったし、均衡が崩れる事も無かった。。

情報を得る為に人間に混ざって暮らしている母さんと歌恋を除き、僕達は人目に付かぬようにひっそりと暮らしている。それでもたまにブラウやブイオなどの姿が人に見つかり、伝説として人々の間で語られる事があった。竜や悪魔の存在が人間に知られるのは良い事なのだろうか。たまに僕も見つかる事があるが、その時は、悪魔と間違えて認識されるらしい。人間の間で青い悪魔の噂が流れると、僕は必ず複雑な気分になった。

流れる伝説は、全て母さんと歌恋に教えてもらったものだが、それによると、見付かっているのは僕達だけでもない様だった。万生はやはり化け猫にされているし、フィアンマは天使だとかイカロスだとか言われている。僕達五人の中で何も言われていないのは、沙流だけだった。


そしてサタンはまた復活してきた。その度に倒しているのだが、毎回同じやり方で倒しているにもかかわらず、性懲りも無く何度も襲い掛かってくる。それに倒すだけなら構わないのだが、サタンは砕ける時に何人かの人間を一気に地獄へと連れて行く。サタンは特別な術を使っているらしく、母さんや歌恋によれば、人間の間では、その死因は[心臓麻痺]だとか、[脳梗塞]だとか、突発的な死として認識されているようだった。

オームルは、しばらく時が経ったのち、不意にその姿を消した。近くに避難していたガシュルは、沈んだと言っていたが、何故そうなったのかは分からない。とにかく、玄武の像だけを底から引き揚げ、ガシュル達に引き渡す事でそれは解決した様だった。

サンダードナーは、周りを海に囲まれる形で一つの島国となっていた。地上に出たその瞬間から雷は落ちて来なくなった様だが、残された光のせいで、離れた所に居る人間が[黄金の国]と勘違いしたらしい。そのせいで水晶が持ち出されることを恐れた沙流が一時的に地球上を凍らせて水面を下げ、その間に皆で水晶を避難させた。

人間界の常識では、雲は水で出来ていて、建物がその上に立つ事はない。なのでヴェンフォンは、どこか高い山の上にその都市を移動させていた。パラムが居た穴や時計台こそ無かったものの、低い所にある雲は足の下にある。空の上に居る感覚を味わえるんだ、とシェケムが報告してくれた。

キル=クェロッタは、前の様な残酷な都市ではなくなった。その理由の一つに、キルの人々が、都市のある陸地全体に広がったという事がある。しかし、その影響があって、その陸地全体では紛争が絶えない。そこに住む人々はキルの人達の血を僅かに継いでいるらしく、平均寿命が短くて出産人数が多い。また、子供のころから戦いに参加するという事も完全には失われていない様だった。

フラムフエゴは、地上に出た事で幾分か気温が低くなっていた。だが、他の地域と比べて圧倒的に気温が高く、また日差しも強い。少なくとも、一年中半袖でいられる位の熱はあった。

命の蝶に詳しく聞いた所、実は、命の蝶以外にも昆虫の姿をした神のような物がいるらしい。およそ人間には持ちえない力を持ち、己の民と共に森で暮らしているそうだ。メヒムとは出会っていないそうだが、もしかしたらどこかで出会う事もあるのかもしれない。


新しい世界は成功を収めた。

命の蝶は今までの様に均衡を保ち、僕達はその手助けをしている。

満月の夜、移動する時。

僕達が、姿を見せないまでもその場所の人達に向けて必ず掛ける言葉がある。

「満月が、あなた達の運命を守りますように。珠玉の燃えるルビーが、あなた達に力を与えますように」



「守られたあなた達に、水と風の揺りかごと、炎と光の強固な壁、そして闇の安らぎを」


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