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DEATHEARTH  作者: 奇逆 白刃
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満月の軌跡 2

「光が要るか?」

[要らなくても要るって言ってくれ]と言う意味がひしひしとこもる万生の声がした。それに苦笑交じりの來の声が答える。

「うん、あった方が良いな。けど、あんまり強くなくて良い。足元さえ見えれば、それで良いから」

「了解」

嬉しそうな、安堵した様な万生の言葉が聞こえて、俺達の足元が、ボウっと淡く光った。岩や木の根などの障害物が辛うじて見える程度の弱々しい、しかししっかりとした白い灯りが、俺達と共に進んでいく。

「來、後どれ位だ?」

「そうだな…もうすぐ着くと思うけど」

それきり、來は口を閉ざした。列の進むスピードが遅くなり、微かだが、喘ぐ様な声が前の方から伝わって来る。何かを言っているのは分かるのだが、所々途切れる様で、具体的には聞き取れない。

「おい、この声は誰だ?」

声を潜めて、前を歩く万生に訊く。万生は一瞬探る様に黙って、俺と同じく小声で答えた。

「來だな。何か言ってる」

「やっぱりな。で…何を言ってるか分かるか?」

「地獄耳のお前でも分からないのに、おれが分かる訳無いだろ。沙流にでも聞いてみるよ」

そう言って万生はフィアンマに伝言を回した。フィアンマがそれを沙流に伝え、沙流は少し黙って來の声を聴く。そして伝言は、逆方向に俺の所へと戻って来た。

「沙流によると…ひたすら同じ事を繰り返し呟いているそうだ。[待っている…誰かが僕達を、得体の知れない何かが…]って。それも、怯えた様に」

「大丈夫なのか?恐怖のあまり狂ったとかじゃないだろうな」

「うんまぁ、それは大丈夫みたいだ。けど、やっぱり心配だよな。もし來が帰る、とか言い出したら…」

「來に言ったんだ、俺達が付いてるって。あいつがそれを忘れない限り、大丈夫だろうよ」

さっきの來の言葉通り、俺は道の直ぐ先に鈍く光る灯りを見付けた。どうやら、そこは行き止まりの様だ。鈍い光の主は床に置かれた水晶玉の灯りだった。

「止まって。…万生…灯りを」

少し掠れた様な來の声が聞こえた。ほんの少しばかり、涙に濡れている様な声でもあった。

どうしたんだ。

声を掛けようとして思い止まる。そういや、來は灯りが無くても感覚で物を見る事が出来るんだったか。

ならば、來はこの闇の中に何を見たのだろう。龝と言う名の年老いた占い師、その、[何(、)か(、)]を見たのだろうか。

[何か]を。

見たのだろうか。

足元の電気が消え、そして目が眩む程の灯りが点いた。俺は息を呑む。

予想していた通りの者が、そこには鎮座していた。

椅子に座った老婆。その膝の上には被っていたらしき布が置かれている。

老婆は目を閉じ、穏やかな表情を浮かべていた。が、そこに息は既に無い。

それは本当に穏やかな、多分最高に美しい、死に顔だった。

「…龝、さん…」

來の声だった。俺は来の隣にまで進み、その肩に手を置く。來は途端に声を上げて泣き出した。

嗚咽を堪えようともせずに。

熱のこもったその身体を、俺に預ける様にして。

「…僕って…本当に馬鹿だ」

嗚咽の合間から、自嘲している様な声が聞こえる。俺は何も言えない。

「灯りの下で見たら、龝さんはきっと嬉しそうに笑って、僕達を迎えてくれるんじゃないかって、思った。分かってたのに。感覚で龝さんの姿を捕えたその瞬間に、どういう事かは、分かっていた筈なのに」

「…当たり前だ。あんたが、人の死をそう簡単に受け入れられる人だとは、俺は微塵も思っていない」

來が崩れ落ちる事の無いよう、來の胴に回している腕に、暖かさが伝わって来る。その身体に徐々に力が戻って来るのを感じながら、俺は初めて見る龝の姿を見詰めた。

まるで生きているかのような、何の変哲もない姿。死体が腐らなかったのは、おそらくこの洞窟内の冷気のおかげだろう。

しかし、このまま見過ごしてはいけない、と本能が告げている。見過ごしてしまえば、命の蝶には永遠に辿り着けないのだと。

その内、俺は龝の膝に置かれていた布に目を止め、片手で拾い上げた。広げてみて、驚く。そこには誰かに宛てたのだろう、おそらく龝が書いたのだろうと思われる、独特の癖を持った文字が書き連ねてあった。

[指導者を見付け、再び戻って来た、我が頼まれ人よ。お前は目的を果たす為に此処に戻って来たのであろう。我が読みは正しかった。お前が戻って来る頃、我が命の燈火(ともしび)は既に失われているであろうが、お前の求めている物は確かに此処にある。私が長年守ってきた物を、自らの手で再び蘇らせるが良い。お前のその優しき心で、その道を開いておくれ]

「來…これは?何だ?」

顔を上げた來に、布を見せる。來はそれを見、驚いて俺の手から布をひったくると、俺から離れた。

「…これは、きっと、僕に宛てた手紙だ」

「あんたに?じゃあ、この龝は、あんたが竜族だって事を見抜いてたって言うのか?あの時既に?」

「竜族だって事じゃないと思うけど、でも、僕が命の蝶を復活させる鍵になるって事は、分かってたみたいだ。きっと水晶のお告げ、なんだろうな」

「…なあ」

背後から沙流が話しかけてきた。いつの間にか背後には全員が集まって、來の持つ布を覗き込んでいる。沙流は文の最後の部分を指差し、來を見た。

「この部分が気にならないか?お前のその優しき心で…って、どうやって道を開くんだよ」

「確かに…でも、僕にも分からないな」

來は布を丁寧にたたむと、ポケットにしまった。龝の所に行くと、その身体に手を掛ける。

「ブイオ、それから沙流も、手を貸してくれないかな?龝さん、埋めてあげた方が良いと思って。此処じゃあまりにも可哀想だ」

全く、こんな時にまであんたはそれを優先するのか。普通は後でやる物だろう。

しかし沙流は文句も何も言わずに來の所へ行く。仕方が無い。俺は黙って肩を竦めると、沙流と協力して、その身体を慎重に持ち上げ、近くの地面に降ろした。

衝撃波を使って硬い地面に穴を掘り、そこに遺体を降ろす。土を掛け、その上に墓石代わりの水晶を乗せると、その水晶玉も、ようやく死を得たかの様に、徐々に光を失っていった。

來は黙って手を合わせる。心底悲しそうな、しかし、確固とした意思がその瞳にはあった。

「龝さん、あなたの遺志は僕が、いや、僕達が、受け継ぎます。安心して、眠って下さい」

そう言って立ち上がった來の隣で、沙流も同じようにした。静かな沈黙が訪れ、しんみりとした空気がこの場を覆う。

「…ああっ!」

その静寂を打ち破ったのは、フィアンマの大声だった。

「何だよ。折角人が哀悼の念に浸ってるというのに」

沙流の言葉に、申し訳なさそうに頭を下げてから、フィアンマはちょうど龝の背中が当たっていた所の壁を指差した。

「この窪み…もしかして、龝さんの言っていた[道]じゃないかな」

「何だって?」

「道よ。この窪み…ちょうどあたし達が持ってる氏族石と同じ大きさ。それに、何か模様が彫ってある」

沙流がそこに向かい、注意深く窪みを探る。俺も一緒に覗き込んだ。

五角形に並んだ五つの窪みの奥には、それぞれが別の五つの文字が彫ってあった。

炎、水、風、光、そして、闇。

窪みの上端の形も、それぞれが持つ氏族石の上の形に合った物になっていた。

「そうか…こういう事だったんだな」

「こういう事…って?」

「その優しき心で…って事だ。おそらく龝は、來が自分を埋める為に、座って自分が隠している入口の前から自分をどかしてくれる事を見越していたんだ」

凄いな。正直にそう思う。こんな未来の、來本人でさえ知らなかった事を見通すなんて、例え占い師であっても並大抵の人ではない。

本当に、來は人運に恵まれている。少し愉快な気分になって、俺は、微かに笑った。

「皆、来てくれるか」

沙流が呼ぶと、万生と來が寄って来た。窪みを指差し、事情を説明する。

「本当にこれが道なのかは、分からない。だが、やってみる価値はあるだろう」

氏族石を取出し、俺は[闇]と書かれた窪みに殺角石を嵌め込んだ。案の定、ぴったりと嵌まる。

驚いたのは、嵌まったその石が黒い光を放ち始めた事だ。

俺に倣い、他の四人も次々と氏族石を嵌め込んでいく。石がぴったりと嵌まり込む度に、その石は煌々とした光を放ち始めた。

最後に、來が龍石を嵌め込んだ。龍石は、即座に、青い光を放ち始める。

すると、五角形の中心に向かって五色の光が一筋の線を描き始めた。

紅、蒼、紫、黒、白の光が混ざり合い、黄色い光の球が浮かぶ。

光を全て吸い込み切ったその光は、形を変え、地面を底辺とする縦長の長方形を縁取った。その中に見えていた岩肌が消え、そこには先の見えない暗闇があるのみになる。その真ん中には、五人の氏族石が静かに浮かんでいた。

暗闇の中が空間である事を確かめてから、俺達は一瞬顔を見合わせた。

五人の視線がそれぞれに互いの顔を撫で、その視線は直ぐにまた暗闇へと戻る。

その間に、言葉も何も無かった。

俺達は、同時に立ちあがると、胸元にそれぞれの氏族石が掛かっている事を確かめ、暗闇の中へと足を踏み入れた。


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