終焉の時 6
視界の中で、來が剣を抜き放ったのが見えた。
その刃が紫色に光っている。來が怒りに我を忘れている証拠の光だ。
俺に向かって着々と歩を進めて来るサタンは、まだそれに気付いていない。それとも、気付いていてあえて無視しているのか。あの剣が持つ力を侮っているのか。
來が歌恋と手を繋いだまま、その身体を器用に抱え上げた。そして地を強く蹴る。
高く飛んだ來は、サタンの、ちょうど心臓がある辺りに剣を深々と突き刺した。そして剣から手を離して俺の前まで後退し、そこで歌恋を降ろす。
サタンは嘲るような笑みを浮かべて胸に刺さっている剣に手を掛けた。まるで棘が刺さったかの様に、易々とそれを引き抜こうとする。
だが、剣は抜けなかった。サタンが幾ら引っ張っても、力んでも、抜けそうにない。
しばらく苦悶していたが、サタンはその後、剣を引き抜くのを諦めたらしく、刺さったままの状態で再び俺…いや、俺達に向かって足を踏み出す。
だが、その足もほんの数歩で止まった。サタンは苦しそうに喘ぐと刺さった剣の所を押さえ、よろめく。
そして怒りの咆哮を上げてこっちに突っ走って来た。
來は逃げようともしない。雰囲気からまだ我を忘れた状態である事は分かるが、例えそうでもサタンの突進を防ぐのは無理だ。サタンの手が來の喉に向かって伸び、掻き裂こうとする。
…だが、ほんの数センチ足りなかった。もう少しで來の首に手が届くという刹那、断末魔の叫びと共にサタンの身体は内側から粉々に爆発し、細かい塵となって舞い上がり、風に吹き散らされる。
カラン、という音を立てて、來の剣だけが地面に落ちた。
來が無造作にそれを拾い上げる。そして、その身体はその場に崩れ落ちた。糸の切れた操り人形の様な崩れ方だった。
引っ張られる様にしてその横に座り込んだ歌恋は來をやはり感情の無い瞳で見詰めている。何が起こったか理解していないのだろう。おそらく、サタンに殺されかかっていた事すらも。
俺はほとんど残っていない力を振り絞って、來に這い寄った。その身体に手を掛けて、生きている事を確かめる。安心した俺は、暖かいその身体に頭を預け、横になった。
と、駆け寄ってくる足音がしてそこに沙流が満面の笑みで走って来た。とても嬉しそうだったが、俺達を見てその顔から笑みが消える。
「お…おい、ブイオ、大丈夫か!うわ…酷い切り傷だ、このままじゃ失血死しちまう。万生を連れて来ないと…いやその前に來!生きてるか?生きてるのか!?」
「…ちょ…ちょっと…待て、沙流」
俺はかすれた声を出し、片手を上げて沙流を黙らせた。この動作だけでも弱り切ったこの身体には堪らなく辛い。その事からだけでも、俺が既に致死量近くの失血を被っているのは明らかだった。
「大丈夫…來は、気を、失ってる…だけだ。サタンを…倒し、たから」
「あ、じゃあ安心だ。気をしっかり保てよ、今万生を…じゃなくて來!サタンを倒したって本当なのか?」
「気を失った奴に、訊いて…答えが返ってくる、訳が無い…だろう」
「じゃあおまえが答えろよ、見てたんだろう?」
出血量が酷くなってきた。とても片手では押さえ切れないのは分かっているが、それでも一番出血の多そうな部分を押さえ、呻く。視界が霞み意識が朦朧として、沙流の声も何とか聞きとれるものの、どこか遠くから話しかけられている様だ。
「答えろ…って…半死にの、重体人…にか?」
「ああ…もういい!後で聞く!」
沙流は踵を返すと万生の所に走って行こうとした。俺は目を閉じ、その背中に向かって呼びかける。
「…YES、だ」
「は?何が」
怪訝そうに振り返る沙流。俺は目を閉じたまま答える。
「さっきの…質問、の…答え…確か…に、來は…サタン、を…倒した」
「…そうか。有難う」
沙流の足音が遠ざかって行く。それに比例する様に、俺の意識も闇の中へと沈んでいった。




