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DEATHEARTH  作者: 奇逆 白刃
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終焉の時 4

とてつもない閃光に、一瞬視界が奪われた。直後、耳を劈く様な咆哮。それが連れて来た獣の物ではなく沙流が出した声だという事に、数秒掛かってようやく気付いた。

歌恋の手を引き、僕は高台に移動する。此処からならもしもの時に風の力を使う事が出来るし、なによりも歌恋を戦いに巻き込まなくて済む。本来なら万生とタメを張れる位には元気の良い歌恋だが、今の状態ではそれこそ一溜まりも無い。

上空を飛び交う悪魔達に指先を向け、市長側の悪魔を上手く飛べなくさせていると、不意に身体が反応した。危険だ、と告げている。歌恋を庇う様に引き寄せ、周りを見回すが、特に危ない物は見えない。しかし、何かがあるのは確実だ。竜族だからなのか、きっとこの気配は間違いなく本物であると確信できる。

しばらくしたが、やはりそれらしい物は見付からなかった。

そのまま諦めて再び上空の邪魔を開始しようかと思った。

…と。

背後に、上空から何かが降り立った。

しかし、月明かりによって出来た影で気付いたのであって、実際振り向いてその男の顔を見ても、その姿を認識しても、やはり気配が感じられない。

怒りの燃えた眼で僕を見下ろすこの男は、こんなに、完膚なきまでに気配を消す事が出来るのか?

否。

違う。目の前に居るこれ(、、)には、そもそも気配が存在していなかった。

呪いではない。もちろん病でもない。…おそらく何かに操られているのだろう。

まるで、この男が忠実なロボットであるかの様に。

「…貴様」男が、口を開く。「わしの娘に何をした」

僕は身に纏いかけていた風のバリアを解いた。この相手とは、正々堂々と戦うのが一番良い。

一瞬の後、金髪に蒼眼の軍大佐、そして歌恋の父親その者である男、フォレイグンは飛び掛かって来た。

「…全く」

言いながらフォレイグンが突き出した剣を、僕は自分の剣で跳ね上げた。

「本来なら上空からそのままお前を倒すつもりだった。だが、横に我が娘が居たせいで避けてしまった。これは全くの不覚だ。不快極まりない」

愚痴を呟く間にも、フォレイグンの剣は僕の首や心臓を狙って正確に突き出されてくる。今まである程度の戦いを潜り抜けてきたおかげで、本当ならこの程度の物は何とかなる物なのだが、片手が使えない上に、歌恋が傷付かないよう上空や四方までもを気にしているのだから、上手く集中できない。もう既に、かわし損ねた刃が肩を浅く切り裂き、そこから血が溢れていた。

「何故…」剣と剣が作り出す僅かな間を縫って、途切れ途切れに言葉を紡ぐ。「何故…自分の娘を…そんな…邪魔な逸物…みたいに」

「邪魔な逸物だからだ」それに対するフォレイグンは剣を交えている間でも言葉を途切れさせる事は無い。「そうだろう?こいつのせいでわしは敵であるおまえを殺し損ねたし、しかもわしの娘はおまえに恋をして我が家から出て行った。つまりは背徳だ。裏切り行為だ。そんな者を生かしておく義理はない」

「なっ…ぐ」剣の柄で鳩尾を打たれて息が詰まる。「かはっ…でも…か、歌恋、は」

「黙れ!」

フォレイグンは剣を反転させ、再び剣の柄を僕に向けた。刃の部分に木を取られていた僕は真横から唸りを上げて近づいて来た硬い柄にこめかみを強打され、足元が一瞬ふら付く。白い火花が目前に散った。

「わしは敵であるおまえを殺す。そして、裏切り者の娘も殺す。それだけだ」

恐ろしく冷ややかな声だった。その裏に込められた感情は、憎しみただ一つ。ここまで偏ってしまったら、もう並大抵の説得じゃ通用しない。少なくとも、こんな、戦いながらじゃ…!

一瞬だけ躊躇って、僕は剣を思いっ切り振り上げた。歌恋の事も敵の事もその瞬間だけ全て完全に忘却しての行動。

これ以上無い程の集中と力のこもった薄黒の刃が、フォレイグンの持つ剣を跳ね上げ、吹き飛ばした。持ち主の手を離れた剣は空中で回転し、遠く離れた地面に突き刺さる。

フォレイグンは、剣の離れた自分の手をまだ呆然と見詰めていた。片手一本で己の剣を奪われた事が、まだ信じられないらしい。

この状態でとどめを指すのは酷く容易な事だった。完全に動きの止まっているこの男の頸動脈でも心臓でも肺臓でも、あるいは脳天でもいい、貫いてしまえばそれで終わる。

しかし、僕は剣を竜の角の鞘にしまった。

「話を、聞いてください」

フォレイグンを真っ直ぐ見詰め、務めて冷静な声を出す。フォレイグンは、驚きをまだ残している、しかし恨みのこもった強靭な瞳で僕を睨み返した。

「前の時の様に、話をしましょう。…あなたの心は、捕らわれ、塞がれている」

「…嘘を吐け。わしの心はいつも、市長様の前でだけ開く。それだけだ」

「僕は竜族ですよ。信じて下さい。僕を殺すのなら、その後でも遅くはない」

表面では静かに答えていても、僕は内心酷く驚愕していた。

この受け答えではっきりした。大方の予想はついていたが、フォレイグンを操っていたのはやはり市長で間違いない。しかし、龝さんでもないのに、呪いも使わず支配するなんて、一体どうやったのだろう。

…いや、そんな事より今は、だ。

不機嫌な顔つきのフォレイグンを伴って、僕は近くの、まだ無事な木の陰に座った。此処なら、葉が目隠しになって上空の悪魔達に攻撃される事も無く、ゆっくりと話が出来る。今の状況では、これが最高の環境だった。

とはいっても、まず何と言って切り出そうか。

歌恋の横顔を見ると、その視線に気付いたのか、相変わらずの無表情のままで歌恋が僕を見返した。おそらく何も映っていないだろうその蒼い、父親とそっくりな瞳が僕の方を向く。

その瞬間、まるで波が打ち寄せる様にある言葉が僕の心に流れ込んで来た。

―ねぇ來、私のパパの事、知ってる?―

あれは確か…そう、ほんの数か月前の事だ。まだブイオとも再会していない頃。務めていた支庁で、歌恋がいきなり始めた話だった。

―パパはね、凄く有名な軍人なのよ。私の誇りなの―

―へぇ。でも、何故そんな悲しそうに話すんだ?誇りなんだろう?―

―たった一つだけ間違いを犯したからよ―

その後歌恋が話してくれたのは、当時の僕にはよく分からない話だった。けど、今ならばそれは手に取る様によく分かる。

ただその当時は、この僕自身から全ての家族を奪い去った犯人がその父親だなんて、欠片ほども思わなかった。何故なら、その当時の僕はまだ[Sunの住民]であって、そんな古の民とは縁もゆかりも無い[人間]である筈だったのだから。

―でもね、それでも私はパパの事が好き―

―何故?そんなに悪い事をしたのに―

―來、あなたって意見がころころと変わるのね―

歌恋は心底可笑しそうに笑った。

―でも、理由を教えてあげる。あのね…その頃から、パパはちょっと恐くなってたの―

―恐く?それは、どういう事?―

―怒りっぽくなって、私やママ、あとウィゼなんかにも時々辛く当たるの。だから私、逃げて来たのよ―

―逃げて来たって…どこから?―

―あらもちろん…家からよ。この場所に―

そう言って歌恋は僕から目を逸らした。キーボードを叩いていた手を止め、俯く。

―でも、初めはまだましだった。…と言っても物心着いた頃、だけどね。本当は2歳の時から。その頃はまだ、私にもまだ優しくしてくれてたし、仕事も、あれ以外は誠実な、良い仕事ばかりだったわ―

―今は?傍に居られない程酷くなったのかい?―

―違うわ。ある程度の心配はしてくれてる。けどね、仕事は荒くなっていたし、私達の事なんか、前に比べたら全然気にかけてくれなくなったの。…私、少し寂しくなって―

―此処に来た、か―

―ええ、そう。けど、私は優しい時のパパを知ってる。いつもは怖いけど、そういう時はやっぱりこの人が父親で良かった、って心の底から思えるのよ―

―だから、好きだ、って?―

―その通りよ。それに、パパが怖くなったのはパパのせいじゃないわ―

―え?じゃあ、誰のせいなんだ?―

―市長よ、絶対に。だって、パパが怖くなったのって、ちょうど市長と知り合った頃だったって、ママが言ってたから―

―なっ、君は市長になんて事を言うんだ?失礼じゃないか―

今となっては失礼だなんて微塵も思わない。あの頃は、そうだとばかり信じ込んでいた。

―…そっか。…そうよね、ごめんなさい…―

そう言って再び作業を開始した歌恋の横顔は酷く儚げでもの悲しく、苦痛さえもが見え隠れしていた。

申し訳ないなぁ、と思う。今なら、市長に失礼だとか、そんな理由で歌恋を悲しませたりしないのに。

そんな事を思ったからだろうか、僕の口からは自然と言葉が流れ出て来た。

「…歌恋は、あなたの事を大切に思ってるんですよ」

「何!?そんな訳無いだろうが、それなら裏切る筈など…」

「いいえ。僕には言ってくれましたよ、あなたの事が好きだって」

「違う!だから、それと裏切りとはどう見ても矛盾している!」

「裏切りじゃない!」僕もつられる様に声を荒げる。「分からないんですか?歌恋は、寂しかったんですよ。あなたが構ってくれなくて。あなたが優しくしてくれなくて」

「そんなの…知らん」フォレイグンがゼイゼイと荒い息をし始めた。「…あいつは…それでもわしを裏切って…」

「まだそれを言うんですか!?ならあなたは、何故歌恋が裏切ったのかって考えた事は無いんですか?」

「それ…は、あいつが…言わないのが…悪…い…んだ」

「言おうとしていたと思いますよ。けど、あなたは聞こうともしなかった」

「でも…それは…そ…れは…」

「歌恋が誰を好きになるかなんて、それは歌恋の自由でしょう?それに、元を辿ればあなたが、歌恋の気持ちを汲み取ってあげられなかったのが原因じゃないんですか?」

「…う……ぐ…」

「あなたは優しい心を無くしている。でも失った訳じゃ無い。あなたの善意は奥深くに閉じ込められているんだ。何かがそれを封じ込めている。その原因を作ったのが市長なんですよ」

「…し……ちょう…が…いや…そ、んな…筈は」

「覚えていますか?さっき僕と会った時。あなたの第一声を」

「わし…の」

「[貴様、わしの娘に何をした]そう言ったんですよ。第一声は自分の娘を心配する声だったんですよ」

「……」

「歌恋は、優しい時のあなたを見て、[やっぱりこの人が父親で良かった、って心の底から思える]と言っていましたよ」

「……う」

「あなたは、その思いに応えられるんですか?」

不意に、フォレイグンが苦しみだした。喉を押さえて何とか呼吸をしようと踏ん張っているようにも見える。しかし、そうではなかった。何かを吐き出そうとしている。その証拠に、喉を何か玉の様な物がせり上がって行くのが見えた。

「う…ぐ…ぐはっ!……はぁ…」

フォレイグンが唾液と共に地面に吐き出した物は、來にとって見慣れた形をしていた。

ビー玉位の丸い石。

漆黒の輝きを放っている。

近付くのが恐ろしい。

今まではそんな事は無かったのに、踏み出した足が止まる。

それ程に、危険な雰囲気を醸し出していた。

…デスストーン。

探し求めていた欠片の、最後の一つだった。

一旦止まった足を強引に動かし、それを拾い上げる。

無造作にポケットに突っ込み、僕はフォレイグンに歩み寄った。

「大丈夫ですか?」

しゃがみ込んで震えていたフォレイグンが顔を上げる。その青い眼にはもう、さっきの様な操られている雰囲気は無かった。その瞳が動き、僕の隣に立つ歌恋を見付ける。

「歌…恋?…歌恋!」

次の瞬間、フォレイグンがまるで何かに弾かれた様に歌恋に駆け寄り、その身体を強く抱き締めた。

歌恋が身動き一つしないのに気付き、僕を縋る様な眼で見る。

「歌恋に、一体何があったんだ。おまえが、何かしたのか」

「まさか。違いますよ」

それに対して僕は、両手を広げる事で応じる。

「シュピラーニョ、というウイルスに侵されたんです。悪魔の血が万能薬だという事を思い出して、ブイオとサシルに協力してもらって血を飲ませてみましたが、全く駄目でした。母さん達が作り出したワクチンも効きません。命の蝶がどうにかしてくれる、というのが今僕達に残された唯一の望みです」

「命の蝶…そうか」

フォレイグンはしばらく歩きまわって何かを考えているようだったが、僕に向き直って手を差し出した。

「操られていたとはいえ、こんなに酷い事をしてしまって申し訳ない。記憶はしっかりと残っている。君達五人、その全員の仲間を奪ってしまったのはわしだ。この罪はいつか…償えるものではないとは思うが、とにかく償わせてもらう。さしあたって今は、歌恋の為にも君達の望みの為にも、市長とその仲間達を倒そう。手を…取ってくれないか」

迷いは無かった。僕は差し出された手を握る。フォレイグンは心底嬉しそうに微笑んだ。

「有難う。わしは、自分の部下と、それと魔界の悪魔を連れておまえの側に付く。期待を頼むぞ」

そう言うが早いか、フォレイグンは踵を返して戦地へと駆け戻って行った。


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