闇の中の迷夢 1
「紗蘭さん、何かメールが来てるっスよ」
まだ続けられると言う男に勧められて会話を続けていたわたしは、その言葉にパソコンの前へと戻った。
「誰から?」
「この書き方からして、あの中の一人っスね」
あの中の…ああ、流貴達の中の一人か。男の背後からメールを覗き込む。そこには、個性的なままの文面が記されていた。
[ワクチンのメイクがエンドしましたヨ~!培養ナウです!このメールはホスピタルの実験ルームからタイプしてまス!…ちなみに、このウイルスには、アニマルは感染しないそうでス!]
どうやら、事は十全に進んでいるようだった。ひとまずは安心して胸を撫で下ろす。と、そこにもう一通メールが届いた。
[來達の発見に成功した。現在、協力者の自宅よりメール。來と歌恋、それと角翼族の男が氏族の石を探しに行っている。その為、現在待機。そちらに向かえるようになったらまた連絡する]
揚魅からの連絡だった。良かった、こちらの方も無事なようだ。
しかし、急がなければいけない事に変わりは無い。
男には調べ事を続ける様に指示をして、私は二階へと向かう。來の部屋の引き出しを開け、中から銀色の小箱を取り出した。六年前に來に渡し、しかし結局一度として使われる事の無かった機械。渡した時は催眠音波が出ると言ったが、音波と言うよりは音楽だ。意識に直接訴えかける音楽。
來を連れて来た四年後、わたしは虎族が竜族の様に虐殺の只中にある事を知った。慌ててそこに向かったが、時すでに遅し。住民の大多数が既に命を奪われていた。
絶望したわたしは、迂闊にもその殺人犯に見付かりかけた。一人の虎族の女性がわたしの腕を引っ張って茂みの中に連れ込んでくれなかったら、わたしは見付かって虎族共々殺されていた事だろう。
致命傷としか言えない酷い傷を負い、銀色の髪をしたその女性は縞の入った白い耳を揺らしながら震える手でわたしにこの小箱を差し出した。
「私達はもうおわりです。あなたが敵でないのなら、どうかこの箱を持って行って下さい。私達に昔から伝わっている子守唄です」
そう言って女性はわたしに押し付ける様に小箱を手渡すと、その場に崩れ落ちる。その時はもう既に、女性に息は無かった。
そしてわたしは小箱を持って帰って、成長した來に与えた。女性と同じ様に神獣に仕えていた氏族である來なら、わたしよりもこの小箱を持つのに相応しいと思ったからだ。
來がこの小箱の事を[異世界との通信機]と表現したのは、ある意味で正しかったのかもしれない。なにしろ、異世界の遺志がこもっていたのだ。通信は出来ないにしても、繋がっていると言えばそうなのだろう。
來が学校に行っている間、一度だけこの小箱の音を聞いた事がある。この小箱をくれた彼女の声で、穏やかな歌が脳の奥底に染み渡った。
結局目を覚ましたのはそれから数時間後の事だった。疲れは全く無く、寝ている間に全回復したらしかった。その時、この歌にはこれ程の力があるのだという事を確信した。
揚魅が來達と合流したのなら、必然的にそこには生き残った虎族も居るのだろう。ならば、この小箱を渡した方が良いのかもしれない。やはり、虎族の物は虎族に返さなければ。
服の中に小箱をしまい、下へ降りる。丁度パソコンに、再びメールが来た所だった。
[抗体開発並びに培養の全過程が終了した事を報告致す。これより投与に移る事を宣言致すと共に、紗蘭殿の近況報告にも切願の意を示現致す]
さっきとは対称的な文体で綴られた報告。古風な言葉もあって分かり辛い所もあったが、言いたい事は理解できた。数あるアイコンの中から返信を選び、今まで調べた事を男と話しながら有力な物だけに絞ってまとめ、打ち込む。メール送信完了の画面を確認し、わたしはリビングに戻った。
「紗蘭!めーる、どうらったぁ?」
幼馴染の理恵が声を掛けて来た。昼間だと言うのに明らかに酒に酔っている。助かっていたのは幸いだが、まさかこんなに酒好きになっていたとは。へらへらと笑いながら、理恵は手に持った酒瓶を一気に空ける。
「理恵、飲みすぎよ!寿命が縮まるわ」
「良いの良いのぉ~!ほら、あんたも飲んれ飲んれぇ!不安も全部吹っ飛ぶわよぉ!」
「でも、飲みすぎは駄目!」
理恵の手から酒瓶を奪い取る。恐ろしい事に、それはウォッカの瓶だった。
「凄いれしょお、それぇ。瓶イッキしたのよ瓶イッキ!」
そして理恵は倒れる。理由は調べるまでもない。急性アルコール中毒だ。
溜息を吐き、その場に居た医者に理恵の介抱を任せる。このままだと身体よりも精神の方が先にダウンしてしまいそうだ。少しでも気を紛らわそうと窓の外に目を移す。
と、こちらに向かって物凄いスピードで走って来る動物が見えた。わたしがその姿を捕えきれない内に、その動物は窓に向かって突進し、思い切りぶつかる。
「キャウンッ!」
犬の様な悲鳴。ぶつかった鼻先を前で抑える様にしてそこにうずくまっていたのは、一匹の狼だった。
何が何だか分からないまま、取り敢えず狼を家の中に入れる。狼はすごすごと部屋の隅に行き、腹這いになった。
と。今度は地響きが起こるほどの轟音を響かせ、何かの一群が突進してくる。ガラスを割る事無く、その一群は皆綺麗に窓に衝突した。
「何なの、もう…」
十匹程の猪だった。まさに猪突猛進その物。この調子で象の大群でも来られたら一溜まりも無い。猪達を家の中に入れ、狼が身体を起こして猪達と遊んでいるのを眺める。
「…いじょうぶですかぁ~…」
さっき狼達が走って来た方から、人間の声がした。声が近づくに連れ、その人の姿も判別できるようになる。
「…紗蘭さ~ん…大丈夫ですかぁ~…」
Earthに向かって行ったあの男だった。虎の背に跨ってこっちに走って来る。その周りには、更に幾つかの狼や猪の群れ、虎、ダチョウなど、ありとあらゆる猛獣が付き従っていた。
「…すいませ~ん…その子達…感情が先走っちゃって…」
「危ないじゃないの!ちゃんと捕まえとかなくちゃ駄目よ!」
猛獣を連れて家に乗り込んできた男は、申し訳無さそうに頭を下げる。その後頭部に一羽の鷹が止まったが、それにも気付かない様だった。
「…歯止めが利かなくて…事情を話したら大変だ!って突然走り出して…」
「はあ…分かったわ、もういいわよ」
突然の来客に、リビングに居た人は皆隅に縮こまって完全に怖がっている。安全だと説明して回るだけで、軽く一時間は掛かった。
そして、その結果。
恐怖を失い、緊張が解けた子供達は、虎や狼に乗ったり触ったりして遊んでいる。まだ警戒気味の大人は、首の僅か数センチ横で牙を剥きだして大きな欠伸をする豹や顔の真横にまで鋭いくちばし近づけて来る好奇心旺盛なダチョウ達を、冷や汗を流して横目でちらちらと見ながら、その横でぎこちなく談笑していた。
動物達が来てくれた事によって、こちらの戦力はかなり上がる。鷹や鷲を使って空からも攻められるようになった事もあり、そうすれば少しでも來達のサポートが出来るかもしれない。
後は、ワクチンを投与している流貴達と、もうすぐこちらに来る來達を待ち、合流するだけだ。何人かと協力してリビングとパソコンを往復しつつ、様々な情報を全て皆で共有出来る様に、一人一人伝えていく。パソコンの前で調べものを続けてくれている男のおかげで、初めの頃と比べて格段に多くの情報や裏事情を掴む事が出来た。それが終わると、さっき返信していなかった揚魅からのメールに現在の進行状況を載せたメールを送り、更に多くの情報を提供してもらい、その情報も一人一人にしっかりと伝えておく。今出来る事はこれだけだから、これを抜かり無くしておかなければならない。
しかし直ぐに、それも進まなくなった。揚魅もパソコンの所にいる男も新しい情報を掴めずにいて、流貴達からもあれからまだ連絡が無い。
他にする事と言えば、大量の動物達の餌を用意する事位だ。共食いはしない様だが、餌をやらないまま放っておくのも可哀想だろう。そう考えて、取り敢えずキッチンに向かった。
「…それで…どうすれば良いのよ?」
向かったは良いが、当然あれだけの数の肉食動物を満腹に出来る程の肉が家に置いてある筈は無い。若干自嘲気味に自分に問いかけながらもしばらく迷った末、わたしは連れてきた本人である男に訊いてみる事にした。
「ああ、そう言えば確かに…。本当は餌になりそうな動物を捕まえてくれば良いんでしょうけど、ぼくは感情移入してしまうので…ちょっと…。ああ、なんならそこら辺に居る手遅れの人々を少しばかり刈り取ってですね―」
「いや、それだけは止めて!」
「あ…そうですか?」
何気に恐ろしい事を考え付く男だ。跳ね上がった心臓を押さえ付けながら、男から目を逸らして動物達を眺める。この分だと、全部で4,50キロは必要になってくるだろう。
さて、どこから持ってこようか。
もっと簡単に言えば、何を犠牲にしようか。
しばらく考えた末、結局Earthから草食動物を狩って来る事に決めた。その考えを男に話す。
「あ…だったら、もっと良い方法がありますよ」
「えっ…良い方法?」
「はい、動物達をEarthに放すんです。そしたら、勝手に狩って、食べて来てくれますから。ぼくが呼べば、しっかりと帰って来てくれますしね」
「何故、それをもっと早く言わないの!」
「忘れてました」
あっけらかんと笑う男。あまりにも気が抜けたのか、反論する気が失われていく。何か言うのを諦め、わたしはドアを開けて動物達を外に出した。
「ぼくが呼んだらちゃんと帰って来てね?」
男の念押しに鳴き声で答える動物達。何を言っているかは全く分からないが、これは分かる。肯定の意味だ。
肉食動物達は一目散にEarthへと向かって行く。帰って来るまでには2~3時間かかるそうなので、その間に何か、皆と動物が気兼ね無く居られる工夫をしておいた方が良いだろう。
しかし、なかなか良い手が見付からない。部屋を見回すわたしの肩をつつく指があった。
「何か、お困りかな?」
白い髪と髭を長く伸ばした老人だった。一見、山奥に住む仙人の様な雰囲気を漂わせている。
「えっと、あなたは…」
「これは失敬。わしの名は泉山という。今は無職だが、昔は大工をしておった」
「そうですか。わたしは―」
「紗蘭、じゃろう。分かっておる。それで、もう一度問うが…何か、お困りかな?」
一人で悩んでいるよりは、多い人数で悩んだ方が良い。そう判断して、わたしは泉山に悩みを打ち明けた。
「ほう。つまりおぬしは、あの巨大な猛獣どもとわしらが互いに共存出来る様にと、そう考えておる訳じゃな?」
「ええ、まあ…」
「しかしわしは、気兼ねなどしておらぬぞ?むしろ、普段出会えない物と出会えて嬉しい程じゃ。それに猛獣どもも子供も、リラックスしておるではないか」
「確かにわたしも、その必要はないと思うのですが…。大人達の中には、やっぱり怖がる人も居て…」
「それは怖がる方が悪いのだ。昔はそんな事も無かったというに…。猛獣どもと人間どもがもっと、互いに近い存在にあったのじゃぞ…?」
昔を慈しむ様に遠い眼をして、ガラス越しに空を仰ぐ泉山。黙って見ていると、泉山は溜息を吐いてわたしの方に向き直った。
「まあ、やむを得ぬだろう。過ぎた事はどうしようもなく、あの魔塗という男を倒せば昔の様な共存関係が再び世に戻るとわしは信じておる。此処は、わしが手を貸そうではないか」
「えっ?手を貸すってどういう―」
「おぬし、木はあるか!」
優しそうだった泉山の瞳がいきなり鋭くなった。怒鳴られ、思わず直立不動になってしまう。硬直状態から解放されて直ぐに、わたしは裏口へと向かった。
裏口を出た所には幸い、切り倒されたままの大量の木材が山積みになっていた。何故あるのかは忘れたが、とにかくこれで困る事は無い。腕に持てるだけ抱え、家の中に運び込む。それを見た泉山は、満足そうに頷いた。
「うむ、堅くて良い木だ。では、これを使うとしよう」
「でも此処にはのこぎりも刀もありませんが―」
「そんな物は必要無い!」
言うが早いか、泉山は両腕の肘から先を真っ直ぐ伸ばして頭上に構える。そして刹那、息を止め、その腕を一気に振り下ろした。
―斬!―
直方体の長い角材が2,3個生まれる。泉山は素手で木を切断していた。
わたしは裏口とリビングを何往復も走って木材を運び、それを泉山が片っ端から角材にしていく。その様子を、周りの人達は興味津々で眺めていた。
息が上がり、往復した数が数えられなくなった頃、ようやく木材が無くなった。床にあぐらをかいた泉山がわたしを呼ぶ。
「紗蘭、一つ頼みがあるのじゃが…」
「何ですか?」
「…無理はせんで良いぞ。嫌なら嫌と、無理なら無理と言わねばならぬ」
「いえ…頼みによりますが、基本的には大丈夫です」
「では、頼むとしよう。なに、無理は言わん。木を少しばかり支えてくれれば良い」
泉山が手に持った角材をわたしに見せる。そこにはいつ彫ったのか、複雑な窪みが開いていた。
「分かるか?」
「ええ。釘を使わずに木同士を接着する方法ですよね」
「そうだ。のこぎりや刀が無いのならば、当然釘も無い物と思ってな。これを使って作っていく」
「あの、一体何を作るつもりで…」
「見ていれば、いずれ分かる」
自信満々で木を持ち上げる泉山。わたしはもう一本木を持ってその正面に立ち、窪みの型が合う様に木を合わせて木が落ちない程度に浅く嵌め込む。
「しっかりと押さえておくのじゃぞ」
そう言って泉山は後ろに下がるとこちらに向かって跳んだ。両足跳び蹴りを食らった木の窪みが完全に嵌まり、ガツ、と鈍い音がする。相当な衝撃が腕の骨を襲ったが、何とか耐え抜いた。
「大丈夫か」
「ええ、まあ…。それより、早く終わらせましょう」
「よし、承知した」
一本の木には3,4箇所の窪みが等間隔で付いている。同じ要領で、そこに次々と木を嵌め込んでいった。
それから数時間が経過して。
升目の大きい格子状の壁が出来上がった。壁によってリビングは二つに分断されているが、壁には人が通れる大きさの穴もあるし、見た目も洒落ていて出来栄えは全く問題ない。ただ、体力はかなり消耗したが。泉山は平気な顔をしていた。
「これをどう使うかはおぬしも分かっておろう」
「ええ。それにしても凄いですね」
「大工の名は伊達でないぞ。望みとあらば、他にも作ってやれるが」
「いえ、それはちょっと手伝えないので」
「全く、近頃の若い物はなよなよしていて駄目だ。もっと体を鍛えぬか」
「あなたの頃の人は皆そんなにタフなんですか?」
「正確に言えばこの地域が確立するまでの人、じゃがな。Sunの様に全てがある地域は毒でしかない。我々が生き延びる為には一度、全てを無に帰さねばならぬのだ!」
話す内、泉山の口調に熱がこもって来る。このまま話し続けると泉山の脳の血管が千切れてしまいそうだったが、男に呼ばれて帰って来た動物達の足音で、泉山は平静を取り戻した。
「失敬、つい癖でな…。では紗蘭、おぬしが彼らに指示を与えるが良い」
泉山が微笑む。わたしも微笑んで会釈を返すと、動物達と話している男の所へ向かった。
「あ、紗蘭さん。その格子、なかなか良いですね。置物でも置くんですか?」
「違うわよ。そうじゃなくて…」
それも良いな、と思いつつ、男に使い方を説明する。男は目を輝かせて頷いた。
「なるほど、さすが泉山さんですね!」
「あら、知ってるの?」
「もちろんですよ!あらゆる体術に優れていて、手先も器用で…。史上最高の大工と称賛された男ですよ!生き残ってくれていて…本当に…良かった…ぁ…」
いきなり号泣する男。この人の感情の変化は本当に分からない。落ち込んだかと思えば笑い、感心していたかと思えば泣き出し…。はっきり言って、疲れる。そんなわたしを無視して、男は再び笑顔になった。
「とにかく、お言葉に甘えて動物達を移動させちゃいましょうか」
「…そうね」
溜息を飲み込み、わたしは男に笑顔を向けた。泉山とも協力して、三人で動物達を格子の中へと移動させる。動物達と触れ合いたい者の為に、格子の大きい穴はあったんだ。その穴から子供達が楽しそうに格子の中へ入って行く。大人の顔からも警戒感は消え、子供は前と同じように戯れ…。全てが最高の状態だ。
「他に、何か出来る事は…?」
「無いわ。後は、揚魅達や流貴達の帰りを待つだけね」
パソコンの調べはオプションの様な物だ。万全とは言えないまでも、現在の状態でも何とかなる。
わたしは、パソコンの前で死んだ様になっている男を起こして来るように泉山に頼んだ。
「わしは別に構わぬが…何故起こすのじゃ?それよりも寝床に連れて行って早う寝かせた方が良いように思うぞ。わしは夜中によく彼を見ておったが、もう三晩は寝ていない。彼の精神力と体力は限界を超えておる」
「そうね、だから…」
丁度その時、キッチンの戸が開いて理恵が顔を覗かせた。二日酔いから覚めた彼女は、いつになく楽しそうにしている。
「紗蘭~!準備出来たわよ!」
「ほお、珈琲か。久しぶりじゃな」
辺りを漂うコーヒーの芳香な香りに、泉山だけでなく皆が息を吐いていた。理恵が、そこに居る大人達全員分のコーヒーを持って机に並べていく。
「これを飲んで、今日は皆にゆっくり眠ってもらおうと思うのよ」
「うん?それは違うぞ。珈琲を飲むと眠気が覚める。おぬしは知らぬのか?」
「普通のコーヒーならそうなんだけど、これは違うの。理恵に作ってもらった理由の一つがそれよ。詳しくは、理恵本人から聞いて。あの人はやっぱりわたしが起こして来るから」
男を起こすのはとても簡単だった。[酒]の一言で彼は飛び起きたのだ。
「さ、酒!?い、今、酒って言ったんスよね?飲みます飲みます、酒が入ってるんなら何でも!」
極度の不眠による血走った目で半狂人の様にそうわめく男は、いささか怖かった。よろよろと走る男に肩を貸し、泉山と理恵の所に戻る。わたしに気付いた泉山は片手を上げた。
「紗蘭、驚いたぞ。まさか酒入りのコーヒーだとは思いもよらなかった」
「ジャストの量で入れといたからねっ!」
横で理恵がピースサイン。こういう時、どの酒をどの分量で入れれば美味しく程良い物が出来るのかを簡単に判別できる理恵は役に立つ。
「しかし、紗蘭。一つ問題があるぞ」
泉山が渋い顔をした。
「わしらが寝ている時にメールなどが来たらどうするのだ?あるいは、敵がいきなり来たら?誰も気付かなかったら取り返しがつかなくなるのではないかね?」
「あ、その点は理恵が。皆が起きるまで一人で見張りをしていてくれるんです」
「それは…理恵、おぬし平気なのか?」
「大丈夫です!あたしはこの程度じゃ酔いませんから!徹夜位朝飯前ですよ!それに…」
理恵が声のトーンとボリュームを落とした。その場に居る皆から視線を逸らし、顔を赤くする。
「…二日酔いのお礼もしなきゃいけないかなぁって…思ったしぃ…」
「そう恥ずかしがることは無いのではないかね?」
泉山が理恵の頭をポンポン、と叩く。わたしと同い年の筈なのに、泉山は完全に子供扱いしている。
まあ、理恵の無邪気な話し方と小柄な身体つきを見れば誰だってそう思うのだろうが。
大人達が次々とコーヒーを取っていく。あっという間に、その場にあったコーヒーは全部無くなった。
「まだ飲まないで下さいね!」
わたしは皆にそう声を掛けて回る。
「こら、まだ飲んだらいかん!皆で飲んだ方が美味しいではないか!」
泉山は、それでも飲もうとする男を抑えるので必死だ。
「皆はジュースね!コーヒーはもっと大人になってからね」
理恵が子供達にジュースを配っている。一見普通のジュースだが、少し心配なのでわたしは念の為に訊いてみた。
「そのジュースは酒入りじゃないでしょうね?」
「大丈夫、普通のよ!だってこの子達まだ未成年じゃない。お酒は控えなきゃ」
「そういう理恵は、いつから飲んでるの?」
「えっと、確か…十四?あれ、十二だったかな?ビールをぐいっと一本」
「思いっ切り未成年じゃない」
「えへへ、まあね」
理恵に悪びれた様子は無い。溜息を吐き、わたしは皆の方を向く。
「お待たせしてすいません。じゃあ皆さんご一緒に…」
「乾杯!!!」
皆の声が家の中に響き渡った。わたしも泉山も理恵も、それがコーヒーではないかのように速いスピードで飲んでいく。それだけ、これは美味しい。
飲み終えてしばらくすると、眠気が徐々に襲ってきた。中には、部屋の隅でもう眠っている人もいる。わたしは壁際に移動して座り込むと、欠伸を噛み殺して理恵に、する事を確認した。
「大丈夫だって!こう見えてもあたしはナポレオン型なんだから。それに、家事も結構得意よ」
「そう。じゃあ、頼んだわよ」
目を閉じ、押さえていた眠気に身を任せる。わたしの意識は直ぐ、眠りに引き込まれていった。




