相似する対称 3
前も後ろも右も左も分からなくなる。重力のおかげで、辛うじて上下が分かる程度だ。万生もフィアンマも居ないから、灯りも灯せない。入って直ぐだというのに、入口の灯りさえも見付からない。気が動転して狂いそうになる。足元がふらついた。地面は細い通路だったらしく、道の端らしき物を踏み外す。その先に、床は無かった。闇から闇に落ちていく。羽を広げる事さえ忘れてしまう様な恐怖が僕を襲った。歌恋を引き寄せて抱きしめる事位しか出来ない。ブイオが背後から僕達を抱えてくれなかったら僕は死んでいた事だろう。
「下手に動くな。この下は奈落の底だぞ。まあ、底も無いからただの奈落だけどな」
床の上に降ろされた。振り向くと、ブイオの紅い眼が見える。紅い眼だけが見える。それだけで、僕は酷く安心した。
「角翼族にしか見えない作りになっているらしい。俺には此処の様子が手に取る様に見える。でも、右目じゃ全く見えないんだ。あんたの目にも霞が掛かってる」
「角翼族以外の侵入を禁ずる…無理に侵入すれば永遠の死を味わう…か」
「そういう事だ。良いか、來。絶対に離すなよ」
そう言って、ブイオは僕の指に自分の指を絡ませた。その冷たい感覚に、方向感覚だけが徐々に蘇る。足元がふらつく事だけは無くなった。
歌恋を抱き寄せ、ブイオに密着しながら歩く。視界の閉ざされた世界では、ブイオの手だけが頼りだ。
途中の道には切れている所や極端に細い所もあり、そこはブイオが僕達を抱えて飛んでくれる。それを幾度となく繰り返しながら永遠じゃないかとも思える時間がすぎ、僕達はようやく開けた場所に出た。
「此処は…」
神殿だった。黒い炎を灯した松明が、そこ一帯を僕にも見える程度に照らす。安全だろうと判断し、僕は歌恋を身体から離した。
「麒麟を祀っているというよりは、[死]そのものを祀っているって感じだな」
神殿の中心に、大量の骨がうず高く積まれている。その上に、巨大な麒麟の像があった。
口を開け、牙を剥く、獰猛な神獣。肉を裂き、骨を砕いて命を奪う[死]の神獣。
恐れ、恐怖…そんな感情しか抱く事が出来ない。
僕の手を握るブイオの手にも力がこもったが、像を見詰めるその横顔は無表情に凪いでいた。




