相似する対称 1
「双子?偶然?」
フィアンマが困惑の声を上げる。此処は彼の家。つまりは命の恩人の家。家と言っても、ブイオの家の様な地下深くの家だ。
彼は部屋の隅に座ってナイフを楽しそうに磨いていた。僕と一致している。色こそ違うとはいえ、羽や角、尻尾以外の容姿も髪型も、背格好も完全一致。ただ、性格だけは正反対。
「双子」
「…そうなの?」
「いや、嘘。俺、本当は來のクローン」
「…そうなの?」
「いや、嘘。実は他人」
「…嘘?」
「事実」
分かりにくい奴。
万生に傷を治してもらいながら、ブイオが溜息を吐いた。
「名前は」
「奇跡か必然か…それが、來っつうんだ」
「本当かよ」
「嘘だよ。俺はサシルってんだ」
「それも嘘か」
「おや、ご名答…ってのは嘘な。これは本名だよ。そうだ、キルの奴らには名前が無いって言われるけどよ、本当は皆あるんだぜ」
「そうなのか」
「嘘。俺だけだよ。ちょっとした事情があってな」
紛らわしい奴。
「なあ、サシル。何故君は僕達を助けてくれたんだ?」
「うるせぇ、黙れ魑魅魍魎」
「複雑怪奇に言われたくない」
出逢ってはいけない物に出逢ってしまった。故に感じる違和感。サシルも僕も、それを感じている。だからなのだろうか、互いに対してだけこんなに敵対心剥き出しなのは。
「んで?殺角石っつうのをおめーらが探してんのは何でだ?あのババァに立ち向かうなんてよぉ、信じらんねぇよ」
「詳しくはブイオに訊いてくれよ。僕は知らない」
「來、嘘吐くな。面倒だからって逃げるんじゃない」
それでもブイオはサシルの所に行き、小声で色々打ち明けた。それを聞いたサシルは目を丸くする。
「嘘だろ?仕返ししてんだろ?…違うのか。おいおい、ちょっとちょっと。協力してくれって、んな無茶な。おめーらを助けたのは気まぐれだ、気まぐれ。それと、相似改め魑魅魍魎に興味が湧いたから。そんだけだ」
ブイオは何か言いかけて口を閉じ、僕達の方を見た。戸惑う様に視線を動かして、大きく息を吸う。そんなブイオに、サシルはえぐる様な視線を向けていた。ブイオがそれに気付く。一度僕の方を見て、そして挑戦的な視線でサシルの眼を見据えた。
今まで隠していた事を全て打ち明けるつもりなのか。
僕には何故か、それが分かった。
「…俺の正体を知っても協力しないって言い張るか?」
「おめーの正体?ふーん…。そうだな、その正体によるな」
「あんたの頭なら分かるんじゃないか?來と同じなんだろ、作りは。婆さんの言ってた事と、俺と。組み合わせてみろよ」
「そうだな…裏切りに…その眼?…あー、なるほどな。分かった。角…って!」
腰を抜かすサシル。ブイオは薄く笑って詰め寄る。
「半分だけだけどな。だから性根まで腐ってはいない。どうだ、協力するか?」
「ははー、喜んで!」
平服。ブイオの口角が持ち上がる。
しかし、僕にはこの後の展開が分かっていた。まるで自分の事の様に、サシルの感情が分かる。この後は…。
サシルが笑う。ブイオがそれを察し、無表情になった。サシルが勢いよく身を起こす。
「…なんていうと思ったか?嘘だよ、おめーの正体なんざ最初から分かってた。その上で、俺は協力しねぇっつったんだよ。まあ、尊敬とか、感謝とか。そーゆーのはあるけどさ。だからと言って、自分から危険に首を突っ込むのはごめんだね。…それとも、アレか?俺に死ねと?死を司る者として?」
その瞬間、居る者全員に戦慄が走る。
遂に、ブイオが正体を明かした。いや、明かされたのか。此処まで言えば、全員分かった筈だろう。いや、分かっていなければならない。理解しないまま事を進めて、此処から先上手くいく筈がないんだ。互いを分かり合って、その上で一緒に居なければ、互いを信じる事など出来やしないんだから。
皆の表情が穏やかになっていく。万生が胸を押さえて安心した様に息を吐いた。
やっと言ってくれたか。
そんな声が聞こえて来る。皆、もしかして気付いてたのか?
ブイオには疑えと言われたけれど。それは間違っている。心から信じられる者が居ると、その人は強くなれるんだ。
皆、それを分かっている。だから、こんな表情をしているんだと思う。
ブイオが、いかなる種類の生き物であろうとも。
それが、例えあらゆる冷酷な者の頂点に立つ存在だったとしても。
何があろうと、ブイオは僕の仲間だ。
サシルに睨まれたブイオは表情を崩さず、しばらくの間じっとサシルを見詰めていた。一瞬怒り出すかとも思ったが、ブイオは突然ふっと笑う。
「本当に來と正反対だな、あんたは。もしあんたが來だったら、例え俺の正体が仲間の敵だとしても直接の敵ではない限り味方するぜ?」
…勝手な事を言わないでほしい。間違ってはいないけれど。
「早死にするタイプなんだな、魑魅魍魎は。てことは、正反対の俺は長生きするんだな?」
「…そんな事言っていいのか?それはつまり、今俺があんたを殺したら、來は長生きするって事だぜ?俺としては、大切な仲間に少しでも長生きしてほしいけどな…?」
「う…悪かったよ」
鋭いブイオの視線に射すくめられ、サシルは身を引いた。今度は嘘ではないらしい。本当に怯えている様だ。
「…でも、俺も無理にとは言わない。あんたが協力したくないのならそれでも良い。けど、そのせいで俺達が負けて殺されたら、この世は人間に支配されてあんた達もいずれ死に絶える事になるんだろうな。均衡が崩れ切るせいで」
サシルがナイフを磨く手を止めた。顔は上げずに視線だけでブイオを見る。ブイオは振り返ると悪戯っぽく微笑した。
「どうした、サシル。何か言いたい事でもあるのか?…ああなるほど、出て行け、か。分かったよ、お望み通り」
勝手にそう言って出て行こうとするブイオ。僕達の近くで行こうぜ、と声を掛ける。僕達はよく分からないままブイオに付いて出て行こうとした。
「ちょっ…ちょっと待てよ、ブイオ!何だよ、勝手に自己解釈なんかしやがって。俺が言いたかったのはんな事じゃねぇ!」
「じゃあ、何だ」
振り返らないまま、訊きかえすブイオ。横に居る僕には、その口元がしてやった、と言わんばかりに歪んでいるのが良く見える。
これは、ブイオの作戦だ。…サシルの奴、見事に引っ掛かったな。
「もしも…もしも、だぜ?今回みたいに俺が気まぐれを起こすかもしれねぇ。そしたら、おめーらに協力してやらねぇ事も無い…かもしれない」
「…有難うな、複雑怪奇」
くすり、と笑ってブイオは言った。そしてそのまま入口を出て行く。僕は慌てて引き留めた。
「待てよ。出て行ったらまた奴らに襲われるだろ」
「…あー、そうだな…サシル?」
「何だよ」
「あんたの相似がそう言ってるぜ。なんとかしてやれよ」
「何で俺が」
「あんたの他に、キルの知り合いは居ない。友好的なのはな。出られなければ、戦いにも行けないし…あんたも協力の必要は無くなる。けど、そうなると―」
「あーもう、分かったよ。おめーらが此処の奴らに襲われない様にして、ついでに案内もしてやりゃあ良いんだろ?」
「案内はオプションで良いけどな。是非頼む」
「ったく、自分勝手が」
ぶつぶつと愚痴りながらも、サシルは行く支度を手早く済ませた。この世に音が無かったなら、それは行く気満々で準備した様にしか見えないだろう。
では、準備とは何なのか。
簡単だ。武器を服に忍ばせるだけ。それも、十本以上の様々なタイプのナイフを、あらゆる所に。ズボンにも、上着にも。そして、爪に何かを張り付ける。
「お、何だ?気になんのか?」
「まあね。他人の事情に首を突っ込むのは僕、結構好きだから」
「へえ。んじゃ、見せてやんよ」
サシルが右手を僕に晒す。そこにあるのは爪ではなく、鋼鉄で出来た鋭い刃だった。鉤爪を真っ直ぐ伸ばした様な物か。異様に長く見えるので、長さを訊く。
「んー、正確なのは…分かんねぇな。あーでも、この前実験したら心臓までは届いた」
「ちょ、実験って」
「実験っつっても実戦だぜ?この前ちょっとしたいざこざ起こしちまってよぉ、そん時に使ってみたのな、これ。結構便利だった」
「邪魔にならないのか?」
「いや、別に。ほら、戦う時って拳握ったりとかしねぇだろ?凶器でも持って無い限り」
「君は持ってるけど」
「…良いんだよ、そーゆーのは。んだから、ナイフを持ってなくて戦う時の話。俺だって、いっつもいつもこんなに携帯してる訳じゃねぇし。せいぜい1,2本。今回は、おめーらが無謀な事をおっぱじめるっつうからサービスしてやってんの」
「そうなのか」
サシルはいきなり吹き出すと、床を転げまわって笑った。ナイフを大量に仕込んでいる事もあって、普通は怒り、戸惑う筈の僕の感情がただ冷や汗をかいている。そしてがば、と起き上がり、笑いながら僕を嘲った。
「嘘だっつの、嘘嘘嘘!どんだけ騙されやすいんだよ、おめーは。いつも持ってるさ、この位の量。あん時は偶然、ナイフを全部投げちまったせいで手持ちが無くなっただけで。んで、近接戦だろ?武器無いから素手だろ?で、此処に未使用の開発武器がある。…最高じゃねぇか!」
「…はあ」
疲れる。思いのほか、疲れる。鏡が皮肉に笑い、僕を馬鹿にする。それを見かねたのか、ブイオが僕の肩を押し退けてずい、と前に出て、無表情でサシルの額を指で弾いた。
「ぐあっ…んがああぁぁあ!」
こりゃまた随分と、大袈裟だ。…どうせ嘘なんだ、と。
ブイオと僕はどちらともなく呟いた。
それ位の事は分かっている。分かって…いる。分かって…
あれ?
サシルは、一向に起き上がる気配が無い。気絶したかの様にじっと横たわる。僕は心配になり、一歩踏み出した。もう一歩近付こうとした所でブイオに止められる。
「止めとけ。何かヤバい予感がする」
「予感って、でも―」
その先を言う事は出来なかった。ブイオの手が僕の頭を押し下げ、僕をかばう様に前に出て何かを掴む。解放されて見ると、それはサシルの腕だった。指先に付いている鋼鉄は、ブイオの目前数センチにまで迫っている。
「…かはは。やっぱ無理か、おめー相手に狸寝入りはよ。…あーあ、さすがさすが。俺なんか必要ないんじゃねぇの?」
「それが目的か」
ブイオの眼は鋭くサシルを睨んだままで動かない。ブイオの手に捕まれたサシルの腕から、ミシミシと不吉な音がした。
「ああ、危ない」
ブイオがぱっとサシルの腕を離した。サシルはその腕を抑え、溜息を吐く。
「分かった分かった。分かったから、もう悪足掻きはしないから。だから腕の骨をへし折らないでくれ」
「それで良い」
ふっ、とブイオは表情を崩した。その笑みに、サシルの全身から力が抜ける。今度は本当だろう。
「んじゃ、行くか?俺の準備も出来たし。魑魅魍魎もお待ちかねの様だし」
サシルは洞窟を出かけて足を止め、僕達を振り返る。万生がまたか、と空を仰いだ。
「そういや、前に俺の仲間が三十人程人間界に向かっていったんだが」
「それが、どうかしたの?」
「もしかしたら、おめーらがこれから戦うっていう人間達の味方に付いたかも…てか絶対にそうだな。ブイオ、おめーの事を相当恨んでるらしいし」
「は?何でだ?」
「とある事情があってな」
サシルはそれ以上言わずに僕達を抜くと先頭に立ち、洞窟を出る。洞窟の外は垂直な縦穴で、蔓に捕まって登るしかない。歌恋が居る事もあって、僕は飛んで登った。それを見たブイオとフィアンマも飛ぶ。他の皆は口を尖らせた。
「おい、ずるいぞおめーら!」
「蔓登るのがどれだけ大変か分かってるのか!」
それをブイオは鼻で笑って返す。僕とフィアンマはその後ろに隠れた。
「あんた達はそんなに虚弱なのか?登って来られるだけましだろう。腕の筋肉が鍛えられるぜ」
「じゃあおめーらも登れよ!」
「俺達の筋肉は十分に鍛えられてるから良いんだ」
あ。何気に今、僕達をかばってくれた。[俺]じゃなくて[俺達]、と。




