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DEATHEARTH  作者: 奇逆 白刃
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対立の伏線は 3

「ブイオがキルの出身だとしたら…ブイオは何者なんだろうな?混血だってアレグレは言ってたけど…もう片方は?」

沙流が呟いた。その答えを僕は知っている。でも、教える気にはならない。

ブイオを気取っているつもりではないが、それはどうせ、いずれ分かる事だ。

「それは分からないけど…ブイオが魔界に来た時、自分はHellから来たって言ってたぜ」

「って事は万生、おまえが後じゃなかったのか?」

「ああ。ブイオが来たのは今から三年前の夏だ」

三年前の夏…ね。

僕とブイオとのファーストコンタクトにぴったり一致するじゃないか。

「じゃあ、ブイオはキル=クェロッタの事をHellって呼んでたって事か?」

「多分な。それか、Hellと言う場所が実在するか」

万生が口をつぐむ。ブイオ達が帰って来た所だった。

まずブイオが、蝶の姿から元の姿に戻る。そして座り込むと空を仰いだ。

「くそ…あの婆さん、まだ生きていやがった…」

「婆さんって?」

「昔、俺の面倒を見…いや、何でも無い。とにかく、面倒臭い人だ。レベル上がるぞ」

「それは石を取る事に関する意味で?」

「そうだ。石のある場所の真ん前に陣取ってる」

「その人、強いのか?」

「あいつが何故長生きしてるのか知ってるか?強すぎて誰も近寄らないからだよ」

…よく分かった。

「なぁブイオ、さっき万生が言ってたんだけどさ…」

さっき二人の会話で聞いた質問を投げかける。ブイオは一瞬考えるそぶりを見せたが、直ぐに答えてくれた。

「此処の事をHellと呼んでる事と、此処が出身地なのは事実だ。俺の母親が何なのかは、いずれ分かる事。今答える必要は無い」

ブイオはそれだけ言うと僕の方へ体を向けた。そしてごめん、と頭を掻いてみせる。

「俺はあんたに嘘を吐いた。三年前、俺は自分で、魔界から来たって言ったけど、じつは此処からだったんだ。あんたの無防備さに、殺す事への躊躇いを覚えて…俺は此処には帰って来ず、その足で魔界へと向かったんだ」

「良いよ、別に。そんな大した事でもないしね」

「俺にとっては大した事だ。もし魔界から来てたのなら、この後起こる事は全て矛盾し、有り得ない事になる」

「何か色々言ってるけどさ…その事は秘密にしておきたかったんじゃないの?」

「どうせ隠し切れる物じゃない。実際、あんたも気付いてたみたいだしな。それに、命の蝶の復活の為には俺達五人は離れられないんだろ?全てを知った所で俺だけが除け者にされる事は無い。なら、安心だ」

「じゃあ、それを心配して?…だから、黙っていたのか」

「まあ、そんな所だな」

ちなみにこの会話を僕達以外は聞いていない。揚魅やイヌス、ヴァネル、フィアンマは武器の手入れ、万生は沙流と戦っている。といっても、沙流の出す攻撃を万生がひたすら避けると言う物だ。沙流は水を出すのに紛れて柔道の技も繰り出して来るから、万生にとってはやりにくくて丁度良いらしい。ケイルに剣を貸し、僕は歌恋を抱えて自由に飛ぶ練習をした。これが、思ったより難しい。脱力した人は重いし、しょっちゅうバランスを崩す。ほんの十分程しか飛んでいないのに、僕は汗だくになった。

「風で乾かしたらどうだ?それとも沙流を呼ぶか?」

座り込む僕を見て、ブイオが鼻を鳴らす。

ああ…そういう手があったか。

僕は手を伸ばして歌恋を出来るだけ遠ざけ、自分の周りに暴風を起こして瞬時に汗を吹き飛ばした。

「…吹き飛ばすのと乾かすのは全くの別物だと思うけどな」

巻き添えを食らって乱れた髪を整えながらブイオが口を尖らせた。何か言いに来た万生がそんな僕達に気付き、爆笑する。

「ちょ…お前らって、いつもそんな感じだよな。そろそろ行こうかって言いに来たんだけど…」

「だってよ。どうする、來?まだ飛び回るか?」

「いや…良いよ、何とかなる。うん、そうだな、乗り込もうか」

「おし、じゃあ決まりっ!」

門に向かって駆け出す万生。大分感情が高ぶっているらしい。それを見た全員が小さな悲鳴を上げ、沙流がダッシュして万生を捕獲した。

「あんた、何を聞いてたんだ。何の為の作戦だと思ってる?俺達が死なない為じゃないか。皆で固まって行こうって、さっき話したばかりだろう」

ブイオが万生に軽蔑的な視線を向ける。万生は縮こまり、ごめん、と頭を下げた。

「なんか興奮しちゃって…大丈夫、もう落ち着いた」

「なら良いけどな。いいか、俺の合図で一斉に行く。門は体当たりすれば簡単に開くから、心配せずに突っ込め。街に入ったら、來と歌恋、俺、フィアンマは上空へ。ケイル、悪いが揚魅を頼む」

「分かった。大丈夫、彼の戦闘能力は心得ている。あれには全く度肝を抜かれた」

「ふふん…悪い意味でだがな」

―行くぞ、3,2,1―

次の瞬間、僕達は鬨の声を上げ、門へと突っ走った。門に向かって一斉にボディアタックをかまし、大きく開け放つ。群がって来た人々を交わしながら、僕は歌恋を抱えて黒雲の渦巻く空に舞い上がった。

「こいつら、強い…!」

隣で矢を放つフィアンマが声にならない叫びをあげる。見ると、フィアンマが放った矢を避ける男が居た。しかし、それだけに時間を掛ける訳にはいかない。体力が消耗するのを少し惜しく感じながら、僕は風を起こして矢を男の胸に命中させた。それ以外は作戦どおり、大方上手くいっている。

そう思った矢先だった。

爆発する様な殺気を下から感じた。身体を捻ると同時に、左肩に激痛が走る。

鋭い矢だった。

それだけではない。身体中を突き抜ける様なただならぬ痛み。痺れ、感覚を失っていく左腕。

毒矢だ。しかも、かなりの猛毒。

慌てて矢を引き抜こうとしたブイオの腕にも矢が刺さる。ブイオは痛みに顔を歪めながら自分と僕との矢を引き抜いて、その矢を放った持ち主に二本とも命中させた。

「…まさか、飛び道具を使う奴が…居るとは思っていなかった…しょうがない、一旦…降りるぞ」

塀にくっ付く様にして生えている、茂みの裏に降りた。フィアンマも付いて来る。風を使って毒を絞り出していると、沙流がやって来た。

「くそ、囲まれてる」

毒を抜き終わり立つと、茂みごしに人々が見えた。僕達を半円状に取り囲み、逃げられない様にしている。隠れ続けるのを諦めて、僕達は茂みから出た。

同時に人ごみが割れ、万生が姿を現す。

「お前らの攻撃は当たらねぇよ…って…來にブイオ、フィアンマ、沙流までいる…って事はまさか!」

その声に答える様に、一人が残酷な笑みを向ける。万生は絶望した様な表情で後ずさり、僕達の所に来た。

「逃げてるつもりで…本当は誘導されてたんだ…罠だったのか…」

しばらくしてヴァネルとイヌスも来た。剣を握って人垣をなぎ倒しながら真っ直ぐ来て、開けたこのスペースで僕達を見付けると動きを制止させる。イヌスは罠だった事を理解したのか黙って弓をしまうと早足で僕達の所に来た。しかしヴァネルはまだ理解出来ていないようで、否定する様に首を振りながら半ば放心状態で歩いて来る。

「何故…お前達が…」

その後ろに続いて、揚魅をかばいながらケイルが姿を現した。ケイルは出て来るなり目を見開き、溜息を吐く。そして息子の肩を叩いて我に返らせるとすまなそうに微笑みながら僕に剣を差し出した。

「比較的弱い老人や子供を狙いながら来たのだが、まさか誘導されているとは思いもよらなかった。すまない。人数の差だな…完敗だ」

僕達を取り囲む人垣は動かない。こんなに獰猛な人達ならば、直ぐに襲ってきても良いだろう。

何故だ?恐怖心を煽ってどうする?殺すのを生き甲斐としているのなら、何故生かしている?

…分からない。この場所の何一つを僕は理解することが出来ない。

人垣の中で、一際待ち遠しそうにしている男が目についた。何か仕掛けて来るんじゃないかと思ったが…本当にそうだった。男は服から五、六本ものナイフを取り出すと、僕達に向かって全て同時に投げつけて来た。慌てて風を起こし、その全てを途中で落とす。

少し安心して顔を上げ…僕は固まった。

目の前の人垣。その内側でさっきの男が他の者に殺されていた。いや、殺されていた、なんて物じゃない。破壊だ。八つ裂きどころじゃない。瞬きもしない間に男は何十もの骨や肉片となってその場に落ちていた。

―何故、そこまでして生かす?殺さないのは…同じ仲間を…殺すのは…何故―

男が居た場所、今は肉の山となっているその場所から目が離せない。そこだけが拡大され、強調されて目に飛び込んで来る。自分がその山の一部になっている様な、そんな感覚を覚えた。

突如、吐き気が込み上げる。目が離せないまま口を押えて数歩後ずさると、おそらくそんな場面を何度も目にしてきたであろう者の手が僕の肩を抱いた。

「落ち着け。落ち着いて、深呼吸しろ。此処の空気は悪いけど、それでも幾らかマシになる」

手の主はそう言って、僕の視線を遮る様に僕の顔の前に自分の顔を近付けると僕の眼を見た。焦点が徐々に合い、血とは違う色の紅が僕の心をまさぐり、そして静めていく。

そこで初めて、自分が今孤独を感じていた事に気付いた。生きる物の死を見た時、大きなダメージを心に与えられた時、つまりは自分も殺されて一人ぼっちになってしまったかの様な孤独を感じた時、必ずと言っていい程この紅を僕は目にした。間違った強さ、孤独を求めて抗う身体を拘束し、孤独に怯える心に潜って底からほぐしていく。恐怖の感情は…この紅を拒んでいたせいだ。心を守りたいと言う勝手な意思が働いたからだ。

刹那。

ブイオが瞳孔を縮め、僕の胸に手を置くまで。

僕の身体から紅が出て行くまで。

「今…あんたの心髄に触れた」

僕から顔を離し、ブイオはそう言って目を伏せた。僕の心の本質を、その真の姿を感じた、と呟く。

「…君はさ、僕が随分と図太くなったって言ってたけど…本当は、弱いだろ?」

「ああ、かなりな。…触れてはいけない物なんだって思った。俺が今まで触れた事のある人は皆此処の奴らだ。皆有り得ないほど強靭で、それで単純。幾ら引っ掻き回しても平気だった。それに比べてあんたの心は…信じられない程もろい。もろすぎる。触れた段階で壊れそうだった。だから手を引いたんだ。此処の奴らを鉄とするなら、あんたは水蒸気だ。消える事は無いけど、直ぐに壊れてしまう」

でも、俺程じゃない。

ブイオがそう言った気がした。

「ブイオ…君の心髄に僕は触れた事があるのか?」

「無いな。触れたいか?」

「うん…凄く」

「この状況を生きて切り抜けられたらな」

ああ、そうだった。今の危機的状況を切り抜けなければ、元も子もない。こんなに穏やかに、お互いの心に付いて語り合っている場合ではないんだ。

人垣を割って、馬に乗った一人の老婆が前に出て来た。ブイオが身を固くする。どうやらこの人がブイオの言っていた[婆さん]らしい。

「…裏切り者が舞い戻って来たか」

老婆は鋭い漆黒の邪眼で僕達…いや、ブイオを見た。

老婆、とは言ってもそれは年齢だけの話だ。彼女は漆黒の艶やかな髪、細身の体を持っている。街中で後ろ姿を見ただけでは二十代にも見えるし、万一顔を見た所で目つきの妙に鋭い三十代程にしか思わないだろう。

「あいつの周りだけ時間が止まってるみたいだろう。本人の年齢は200歳近いんだぜ?」

ブイオが小声で耳打ちする。老婆…いや、彼女は僕達を真っ直ぐ指差した。

「そこ、聞こえてるよ。わたしの耳が良い事を忘れたかい?…さあ、裏切り者。此処に戻って来た訳と目的を訊かせてもらおうか」

人垣の全員の視線がブイオに注がれる。万生と沙流、フィアンマは不思議そうな表情で互いの顔を見合わせていた。

そして僕も、ブイオを見ている。

その唇が開くのを、僅かに動くのを、目が伏せられる事無く挑戦的に彼女を見つめ続けているのを、その一挙一動を静かに見ていた。

「…目的は殺角石だ。訳は、他に方法が無いから」

「それだけかい?」

「…ああ」

「じゃあ、死にたくないわたしは、それを阻止しなければならないね」

彼女の眼がすっと細まる。獲物を狙う、獰猛な視線が僕達を品定めする様に、舐める様に動いて行く。…嫌な予感がした。そして、その予感は大抵当たる。今回も、例外じゃなかった。

「お前達も待ちくたびれただろう…」

彼女の舌が、真っ赤な唇の上を這う。人垣が動く。

「さあ、食い尽くしてしまいな!」

人垣の輪が一気に狭まった。彼女の頭が人の波に消え、何千と言う人の波が押し寄せる。

全てを避け切る事など非合理でしかない。

全てを倒し切る事など非条理でしかない。

全てを受け切る事など不条理でしかない。

全て、同じ意味。全て、同じ結末。

そう…何もかも。

死を覚悟する。それは必然。その中に奇跡と言う名の僅かな希望がある。それも必至。

所詮生き物はパンドラだ。

「ただ、希望をどれだけ信じるか…」

空前絶無の殺人鬼達を目前にして、僕は意外な程落ち着いていた。

僅かな希望。[救い]という名の、叶う筈も無い希望。それを胸に思い描き、敵の襲来を待つ。

全てが制止して見えた。

ところで、いつの時代も奇跡と言う物を人が信じ続けるのは何故だろうか。

答えは簡単だ。僅かであるとはいえ、その奇跡が起こるから。

今の僕は運が良かったらしい。

引っ張られる感覚。落ちていく感覚。何かに圧迫される感覚。暗闇に視界を閉ざされた。目を開ける。

…そこには僕が居た。



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