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DEATHEARTH  作者: 奇逆 白刃
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対立の伏線は 1

心地良く、リズミカルに耳に響いていたキーボードの音が制止する。紗蘭は溜息を吐くとパソコンの蓋を閉じた。

「ごめんなさい、ちょっと目が疲れたから席を外すわ。誰か変わってくれるかしら?」

「ああ、俺変わるっスよ。話のネタも尽きましたしね」

わたしに代わって若い男が席に着く。再びキーボードの音がリズミカルに響き始めた。

「ああ、そうだ紗蘭さん、何か情報は掴めたっスか?」

訊かれると思っていた。しかし残念ながら有力な情報は何一つ掴めていない。さっきの溜息もこれが原因だ。振り返らず、手を軽く振る。

「全然と、全くと、皆無と、それにちっともを合わせた位、微塵も分かってないわ。強いて言うなら、市長が大嘘吐きだったって事の再確認が出来た位ね」

「そこまで言いますか…パネェ」

「言うわよ。だってわたしはもう8時間も此処で調べたのよ。Sunに関するサイトを隅から隅まで調べたのに、どれも同じような事しか書いていないの。市長は凄く良い人で、わたし達住民の事を第一に思っています、だからどんな出費も惜しみません。今実行しているプロジェクトはわたし達にとってこんな良い事がありますよ。…そればっかり」

わたしの声を聴きながら、男はサイトをチェックしていく。その数が十個を超えた辺りで、男はわたしの方に向き直った。

「今幾つか見ましたが…マジでそうっスね。そうだ、中に一つ、アンドロイドについての記事があったっスよ。人間の魂だけを移し替えるってプロジェクトで、既に試作品が一体完成してるらしいス。ウイルスには侵されない筈だから、その人に話を聞けば何か分かるかも…」

「揚魅よ」

淹れて来たコーヒーを男の前に置き、わたしもカップを両手で包み込むようにして持った。男は礼を言ってコーヒーを一口すする。熱かったのか、それとも苦かったのか、男は少しむせながらわたしに訊き返した。

「揚魅って…ああ、この前出てったあの少年っスか。彼が何か聞いてくれたんスか?」

「そうじゃなくて。そのサイトはわたしも見たわ。そのアンドロイドっていうのが揚魅なのよ。あなた、知らなかったのね」

「そ、そうだったんスか!?…そういえば確かに、見た目と精神年齢が合ってない気が…あっ、じゃあ行かせちゃ駄目だったんじゃないスか?話を先に聞かねぇと」

「…もう聞いたわ。それで市長の本性を知ったのよ」

「じゃあその方向は無理…と。…そうだ、俺ハッキング出来るんスよ。ちょいやってみます」

言うが早いか、インターネットを閉じ何やら始める男。ハッキングが何なのかを訊く。

「んー、簡単に言っちゃえばプライバシー侵害で堂々の犯罪っスね。人のデータベースに侵入して情報を盗るっていう…まあ、この場合は良いんじゃないスか?」

「それで、どこに入る気なの?」

「もちろん支庁の最上階、市長の部屋っスよ。最重要機密っていったらあそこしかないっスからね…あ、ほら、出ましたよ」

男の背後から画面を覗き込む。画面には何やら細かい字で色々と記されていた。

「チッ…ろくなもんがねぇな…あ、これなんか良いんじゃねぇっスか?ほらこの、氏族滅亡計画って奴」

男が指差した先には確かにそう書いてあった。それに関する文章に目を通す。

[フォレイグンに命じた氏族滅亡の手抜かりに付いて…奴らがまだ子供の内に始末する。フォレイグンに罪は問わない。操っているのはわたしだからだ…封印した命の蝶に奴らを辿りつかせてはならない。神山を守り、永遠にこの世を支配する為に]

「…どうっスか?」

「なかなか良いわね。つまり、こう考えられるわ。神山に命の蝶という物が封印されている。そこに來達氏族が辿り着き、何かをする事によって市長の支配は崩れ…きっと命の蝶が支配権を握るのね。封印したのが市長なのだから、命の蝶が支配権を握る事が本来あるべき事なのよ」

「おおっ、さすが紗蘭さん、パネェっスね!」

「有難う。後、これも良いんじゃないかしら?[援軍]って、きっと來達を倒すために呼び寄せた仲間の事よ」

その資料は別ファイルになっているようだった。男がパスワードを割り出し、ファイルを開く。

「あ、これはリスト形式になってんだ…」

そこには、箇条書きで味方の事が記されていた。それにも目を通す。

[魔界の悪魔(人工知能)…200体 ただし、一体死亡

フォレイグンの軍…560名

地獄の悪魔(最強部隊)…29体

サタン…了承を得た。全て万全

+α魔塗(わたし)とフォレイグン

総計…791名

※ただし、人力に換算した場合総計は73860名となる]

「…人力換算73860名って…紗蘭さん、俺達じゃ無理っスよ!そんなに味方いねぇっスもん」

「來達が持っている人脈に頼るしかないわ。少なくとも希望はある」

「割合的にはナノピコミクロンっスけどね」

―否定出来ないわね―

あらゆるマイナスの気持ちを込めて溜息を吐く。しょうがなく話題を変えた。

「うーん…じゃあ、氏族に関しての情報は何か掴める?」

「んー、ちょい待って下さいよ…おっ、あったあった。あー、でもそんな役立ちそうなもんじゃないっスよ。各氏族の警戒レベルが書いてある位で…」

「角翼族が最も注意すべき危険存在…竜族は上からのみ攻められる…凰族には気配を悟られない様に…虎族は機敏な為油断大敵…蛇亀族に背後からの攻撃はほとんど通用しない…複雑ね」

「でも、強そうじゃないっスか」

「わたし達が足手纏いにならない事を祈らなきゃね」

「…そうスね」

男には調べる作業を続けてもらう事にして、皆が集まるリビングへと足を運んだ。沙流の両親が出迎えてくれる。

「あら、紗蘭。何か有力な情報は見付かった?」

「我輩達が協力できる事は無いのかね?」

残念ながら、と首を振る。取り敢えず今分かった事のみを報告した。

「じゃあ、状況は余計悪くなってしまったのね」

「そういう事になるわ」

「揚魅が言っていたように沙流が何かの氏族なら、彼は蛇亀族なのだろう。ならば、我輩が指示を出す。こう見えても、作戦を立てるのは得意なのだよ」

流貴が得意気に胸を張る。確かに良い提案だった。しかし、向こうの作戦と食い違ってはいけない。わたしはゆっくりと首を振る。

「でも…それはあの子達に任せた方が良いわ。頭脳だけで言えば來は相当の物だし、あれだけ色々な世界を回っていればわたし達が調べた事よりも遥かに多い情報を得ていて当然だもの」

「…そうか。沙流を育てたこの身としては、何か手伝いをしなければ気が済まないのだが…君がそこまで言うのならば仕方が無い。我輩はせめて暖かく見守る事にしよう」

「わたしだって同じ気持ちよ。でも、どうしようもないものね…」

わたし達のやりとりを黙って見ていた紗李が手を打つ。人差し指を驚くわたし達の目の前に突き付けると、その手で外を指し示した。

「あたくし達で味方を探せば良いのよ!だってほら、あたくし達はもうウイルスに感染しない訳だから、病院に行けば血を基にしてワクチンが増やせるわ。それを強化して手遅れの人を何とか治せる様になれば、その分味方が増えるじゃない」

次の瞬間、紗李はもう入口の所まで走っていた。流貴が慌ててそれを止める。

「紗李、あまり急がない方が良い。紗蘭はワクチンを打っていないから外には出られないし、人数は多い方が良いだろう」

現に、紗李の声を聞いた人達がわたし達を取り囲んでいた。その中から一人の男が手を上げて進み出て来る。

「あの、ぼくで良ければEarthに行かせて下さい」

「Earth?我輩達が向かうのは病院だぞ」

「その、実はぼく、動物とコミュニケーションが取れるんです。Earthには狼や虎も居るから味方に付けられないかな…って…」

消極的な性格らしい、語尾が自信を失って徐々に小さくなっていく。流貴が励ます様に男の肩を叩いた。

「実に素晴らしいではないか。自信を持て、我輩達も心から期待しているぞ」

「ほ、本当ですか!じゃ、じゃあ今直ぐ行ってきます!」

直後、紗李が小さな悲鳴を上げる。男はわたし達に見えない様な素早さで紗李の真横を擦り抜け、家の中から既に消えていた。

「…我輩達を手伝ってくれる者はいるか」

流貴が皆を見回しながら言う。人ごみの中から五人が手を上げた。

「あたし、大学で生物に関する実験をしてたっちゃ!」

「あっしはこれでもプロの医者だべ」

「おいどんは生粋の研究者ざんす!」

「ヘイ、ミーはエブリデイ実験三昧ネ」

「拙者、抗体開発を生業と致す者…」

非常に個性豊かな面々だが、この方が見分け易くて良いだろう。それに、実力の面では少しも問題ない。紗李が自分に着いて来るように指示し、家を出て行く。皆、それを追った。

「進展のあり次第、連絡致す故、しばし待たれよ。では、御免こうむる!」

最後の男がそう言って出て行く。この分だとかなり期待出来そうだ。自然と胸が高鳴る。逸る気持ちを押さえつけて、わたしはまだ黙々とパソコン作業を続けている男の所へ戻った。

「有難う。もうわたしは大丈夫だから、変わるわよ」

「いや、いいっスよ。紗蘭さんは休んでて下さい。…そうだ、氏族に付いて面白い事が分かったんスよ。これ、見てみて下さい」

男の背後から画面を覗き込むと、そこには見た事のある場所の写真が載っていた。來の通っていた学校の理科室前。何回か授業参観で行った事がある。写真の中央にはショーケースに入った幾つかの展示品が写っていた。

「どうやらこれが、氏族の逸物らしいんスよ。右から順に、蛇亀族の背中の皮膚、凰族の羽、竜族の鱗、虎族の毛、角翼族の爪っス。今は違うけど、昔は武器や装飾品に使われてたらしいっスよ。例えば蛇亀族の皮膚は戦の時盾に張ると強度が数百倍になるし、竜族の鱗は様々な色があるって事で宝石よりも貴重だった、とか。…紗蘭さん、俺が訊くのも失礼な話っスけど、これが何を意味してるか分かりますよね?」

「もちろん分かるわ。此処にこんな物があるって事はつまり、かつて此処に彼らが来て…いえ、連れてこられたって方が正確ね。実験の為かただの資料か、一人なのか大勢なのか、そこまで詳しい事は分からないけれど、多分それだけは間違いないと思うわ」

「俺もそう思いました。それと…」

男が別のページを開く。それは十五年前の新聞記事だった。この記事ならよく覚えている。來を連れ帰った翌日、一面に堂々と載っていた記事だ。

…竜族の滅亡、虐殺について。

「…紗蘭さん、記憶力パネェっスね。そう、その通りっス。ただし、これは新聞に実際に載った記事に過ぎません。つまり、都合の良いように書き換えた嘘の記事なんスよ。事実をありのままに書いた本当の記事は…」

画面が切り替わり、さっきと同じ見出しの新聞記事がもう一つ現れた。ただ、よく読むと文章がほとんど違う。さっきの記事はSunや市長を正当化した物、この記事はただ単に市長の残酷な考えと行動を描写した物だ。

「こんなに残酷な事だと書かれる位なんスから、結構ヤバい事企んでたんでしょうね」

「自己中心的、欲、唯我独尊。全部当てはまるわ。己の歪んだ欲望を叶える為に、彼らは邪魔な存在でしかなかったのよ。だから、皆殺しにした。根絶やしにしようとした。神獣でさえも」

「知ってるんスか」

「市長が使っていたフォレイグンという男を追っていたの。そこにも書いてあるけれど、市長は自ら動く事無くフォレイグンを使って竜族を襲ったのよ。わたしはそれを止めたかった。でも、フォレイグンの動きは素早すぎて…いつも、ぎりぎりの所で追いつけなくて、わたしが行く頃にはそこに居た竜族はもう全滅していた。奇跡が起こったんだとは思うけれど、何らかの理由で來は石を失い、竜族の象徴である尻尾と羽と角を失って助かった。わたしが來を連れて帰って匿って…。あなた、くらましの呪文って知ってる?」

「ああ、それ位は…。確か、敵に姿を変えて敵の攻撃から己の身を守る呪文で…その材料は、ごく限られた地域でしか取れない聖水だけで育てた風花。聖水は、この世に五つだけある真実の泉と呼ばれる場所でしか取れなくて、風花は常に風に当たっていないと数分で枯れてしまい、しかも真実の泉の底に落ちている種を探さなければいけない…と。てか…まさか紗蘭さん、使ったんスか?」

「ええ。一か八かの賭けだったけれどね。來が無事に人間の姿になってくれて良かった」

男はパソコンの画面を見て、しばらく何かを考えているようだった。そしておもむろにパソコンの蓋を閉じると、リビングではなく二階に向かう。わたしは慌てて後を追った。

「話聞いてたら、何かその來って人に会いたくなっちゃいましたよ」

「嫌でも直ぐに会えるわ。それより、何故此処に来たの?」

「いや…無性に空を見たくなったんス。竜族の話を聞いてると…竜族は風を操るそうスから」

「なるほどね」

わたし達は、それからしばらく空を眺めつづけていた。窓から見える冬晴れの空の中を、一羽の鳶が舞っている。行き巡る風を受けて羽を広げたその姿は、今空の下で起きている大きな問題など関係無いかの様に、優雅でまた壮大だった。


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