賑わいの最中で 3
やがて、目的地が見えてきた。とにかくただ輝いている、黄金の国。まる一日かけて調べた所、この国には一定の時間に雷が落ち、後は常に晴天である事が分かった。それなら心配する事はほとんど無い。雷が通り過ぎるのを待っておれ達は国に足を踏み入れた。幸いこの国には様々な生き物が居て、その中にメヒムが居てもさほど目立つ訳ではない。国を見学しつつ光に従った挙句、おれ達は国の外れに辿り着いた。距離はあったが移動は凄く楽だ。単純に計算しても五倍くらいのスピードで移動するヴァネルの肩に乗せてもらっているんだから。おれが方向を指示し、皆がその方向に走る…そうしてようやく辿り着いた時には、おれ以外の皆が額に汗を浮かべていた。
そこは、輝く水晶の根元だった。光は此処で途絶えている。しかし辺りを見回しても來の姿は見えない。待っていろという事なのか。少しふてくされていると、空を見ていたイヌスがある一点を指差した。
「あそこから何か来る。一見馬の様だが、私の知っている馬ではない。そしてそこに、人が乗っている。アミ、あなたの知っている顔かどうか、しっかりと見るのだ」
言われた通りに目を凝らして、近づいてくる五匹の馬と人を見詰めた。徐々にその顔が読み取れるようになってくる。完全に判別できるようになった時、おれは歓声を上げていた。ヴァネルの上で出来る限り体を伸ばし、手を大きく振る。馬は、おれ達の正面に着地した。その背から六人の人が滑り降りる。見間違えではない、來にブイオ、沙流、フィアンマ、そして万生。見慣れた顔ばかりだ。來と手を繋いでいる金髪の少女…これが歌恋か。紗蘭から状態を聞いたが、その通りの様だ。意思が感じられない。歌恋を除く全員が、驚愕と歓喜の織り交ざった表情をしていた。
「揚魅、久しぶり」
來が笑い、おれの前まで飛んで来る。その身体にある羽と尻尾と角は、一体どうやって生えたのだろう。首からは石を下げている。おれの持っている石とは違う、卵型の石だ。
「驚いたな」
ヴァネルが呟いた。來がヴァネルの顔を見て、軽く頭を下げる。
「初めまして。えっと、君は…」
「ヴァネルだ。メヒムのヴァネル。それにしても…まさか竜族に会えるなんて。光栄だ」
「有難う。残念ながら、僕一人だけだけどね。蛇亀族と凰族も居るよ」
「本当か」
來に呼ばれて、フィアンマが飛び上がって来た。いつの間にかフィアンマにも羽が生えている。その後ろから沙流が馬に乗って上がって来た。後ろ脚が尾ひれになっている、羽の無い馬だ。羽が無いのに、何故飛んでいる?…変化が多すぎて、分からない事だらけだ。
二人も、ヴァネルと挨拶を交わす。続いて、ケイルとイヌスとも。呆気にとられて混乱しているおれの隣に、ブイオが飛び上がって来た。ブイオの姿は変わっていない。ひとまず安心した。
「揚魅、一体どうしたんだ?何故、此処に来た」
「光の石を届けに。それよりも、あの三人は一体何があったんだ?竜族って、青竜に仕えているっていう、あの竜族なのか?」
「そうだけど」
あっさりとした答えに拍子抜けした。本人はさほど不思議がっていない。
…ずっと一緒に居たんだから当たり前か。
「で。光の石って何だよ、揚魅」
説明をせがむのは後にして、おれは光の石をブイオに見せた。それを受け取ったブイオは、それを手の上で転がしてその感触を確かめた後、下に居る万生に投げる。
「揚魅、よくやった。あれは虎族の石、ライトストーンだ。あんたのおかげで探す手間が省けた」
「虎族の石?」
「ああ。…そうだ、前にあんたがくれた石も役立ったぜ。あれはウォーターストーンで、今沙流が持ってる。蛇亀族の石だった」
「でもさ、皆が首から下げてるのはまた別物なんじゃないか?」
「ああ、そうさ。あれは玄武石とか朱雀石とかいう氏族の石で、來達の姿が変わった…いや、本来の姿に戻った原因だな。ストーンはその中に入ってるんだ。フィアンマのフレイムストーンも、來のウィンドストーンも」
「それ、何か意味あんの」
ブイオは答えず、怪しげな笑みを見せた。そして何気ない動きでおれの前、それも少し離れた所に移動する。
…おれが水を頭からのはかぶったのはその直後だった。
「つまり、こういう事だよ。良かったな、知識が一つ増えて」
「ちっとも良くない!一体何なんだよ、全く」
水の出所を探して周りを見回す。おれの首筋に背後から生暖かい息がかかった。全身に寒気が走る。出掛かった悲鳴を必死で飲み込んだ。
「おれだよ、おれ。水の原因。おれがかけたんだ」
背後には馬に乗った沙流が居た。本人は自分が原因と主張しているものの、あれだけの水が噴き出す様な水瓶は持っていない。身体を動かして水瓶を探すおれの首根っこを沙流が掴み、引き戻した。そしておれの口元に人差し指を突き出す。
「この指を銜えてみろ」
「?」
「いいから。騙されたと思ってさ」
沙流の指が唇に押し付けられる。おれは警戒しながら、渋々その指を口に含んだ。
次の瞬間、喉に速い水流が流れ込んで来る。驚いてむせ、沙流の指を口から引き抜いた。
「おまえ、何して…!」
咳を繰り返しながら沙流を睨む。おれの目の前に沙流の指がまた差し出された。
「何だよ。次は目で挟め、とか言うんじゃないだろうな。そこまできたらもう拷問の域に入って来るぞ」
「違う違う。おれの指先をよく見てくれ」
咳のしすぎで出て来た涙を袖口で拭き取り、霞んだ視界を正常に戻す。それから改めて沙流の指を見た。
「…ん?」
沙流の指先からは、噴水の様に水が噴き出ていた。
「…あれ?」
駄目だ、完全にパニックを起こしている。目の前にある噴水は形や色を変え、とても美しい。けど、噴水の出ている所が…。
沙流が指を十本に増やした。指の動きに合わせて噴水は合体して一本に、また別れて今度は五本にと変化する。沙流が手を水平にすると掌からも水が吹き出し、水の舞に加わった。パニックを起こしている事もあって、おれは疑問も忘れてそれに見入る。ブイオも、おれを乗せているヴァネルも、また同じ様だった。
「…最初から…そうやって見せて欲しかったな…」
「身を持って体験してほしかったんだ」
水を操りながら沙流がにやりと笑う。そこにフィアンマがやって来た。沙流とおれ達を見て微笑み、水を指差す。その指先から飛び出た炎が水と交じり合い、ねじれ、離れて水と共に舞い始めた。フィアンマが指を鳴らす度に炎は赤から、橙、黄色、更には銀や金にまで色を変え、指の動きに合わせて量が変わる。時には細い炎が水の中心から一本だけ、また時には水を覆い尽くす様に燃え盛り…。炎と水が互いに打ち消し合わないのは不思議な光景だ。
「…森の匂いがする」
不意にヴァネルが呟いた。さっきから妙にすがすがしい匂いがすると思ったら、森の匂いだったのか。よく見ると、周りの空気が緑に染まっている。皆がそれに気付くと共に空気は青や黄色、赤などに色を変え、それに伴ってその匂いも潮の匂いや果物の匂いへと変化した。
來だった。來が、風を操って色々な所から匂いを運んできている。最上級の美しさに包み込まれた。気付くと、ケイルもイヌスも、ヴァネルの反対側の肩によじ登っている万生も、皆がこの自然の芸術に酔いしれている。この時間が永遠に続けば良いと、沙流達を含めた皆がそう思っていたに違いない。でも、それは不可能な事だ。
「そろそろフィナーレかしらね」
フィアンマが名残惜しそうに呟いた。沙流が頷く。
「揚魅にナチュラルストーンの事を知ってもらおうと思っただけなのに、なんか壮大な舞台になっちゃったな」
沙流に同調して來も苦笑した。三人の手が同じ動きを奏でる。炎、水、空気の色が虹色に替わり、混ざり合った。どれがどれなのか、全く見分けがつかない程だ。三つの自然が一点に集い、虹色をした一つの大きな球になる。一瞬の間をおいて球は弾け、虹色の霧が皆の上に降り注いだ。
霧が完全に晴れても、しばらくは皆夢心地で黙っていた。いつの間にか辺りが夜になっている事に気付いたのはかなり後で、それも沙流の馬がいなないて身を揺らし、沙流が我に返った為。沙流に身体を揺らされて、おれも我に返った。
「うわぁ…綺麗な星空…」
フィアンマが頭上を振り仰いだ。おれもつられて空を見上げる。Earthですら見る事が出来ない様な満天の星空がそこには広がっていた。
「昨日来た時にはこんなの分からなかった」
「おれも。損した気分だ」
万生が鼻を鳴らす。ヴァネルが万生の方に顔を向けた。
「何故お前は、俺の肩に乗っているんだ?」
「良いじゃん、おれ羽無いんだからさ。あっちの二人恐そうだし」
万生がヴァネルの首に、甘える様に抱き着いた。その肩から白猫が、ヴァネルの頭の上に跳び乗る。おれも万生の反対側からヴァネルの首に抱き着いた。ヴァネルは困惑している様で、首が脈打っている。よく見ると、ヴァネルの右腕に來とブイオが、左腕に沙流とフィアンマが楽しそうに抱き着いていた。これじゃあ困惑するのも仕方が無い。こんな経験は、人生初だろうから。
「ヴァネル、随分人気の様だな。しかし、そんな事をしている場合ではない」
イヌスが近づいて来た。指で光る水晶の方を指す。
「あれを見ろ」
ヴァネルだけでなく、皆がその方向を向いた。ブイオがいち早く反応し、ヴァネルから離れるといつでも対応できるように身構える。來もブイオの近くに行くと剣を抜いた。
水晶の先端から光が溢れ出している。内側に貯め込まれていた光を空気中に全て出し、水晶は輝きを失った。水晶の上空に浮かんでいた眩い光は地上に向かい、徐々に形を成していく。人間ではない。あれは…。
身体に続いて、しなやかな尻尾が、強靭な足が、次々と生まれてきた。鋭い光を宿した瞳が最後に生まれて、輝く虎が姿を現す。
「…白虎…いや、白虎の霊か…」
万生が呟いた。白虎の霊は万生の方に顔を向けると、答える様に低く唸った。そして地面を強く蹴ると空に飛び出し、鋭い咆哮を轟かせながら国の上空を駆け巡る。それを追う様に、稲妻が空を縦横無尽に切り裂いた。広がる夜景が、瞬く間に光を増していく。しかし、それには誰も気付いていないようだ。空を一巡りした白虎の霊は再び戻って来るとおれ達の方を向いてもう一度低く唸る。そしてその姿は再び光となり、水晶に吸い込まれた。水晶が再び光を発し始める。
「…ああやって国に光を与えているのか」
ブイオがヴァネルの所に戻り、來も剣をしまってそれに続いた。
今あった事が嘘であるかの様に、水晶は静かに光を発し、夜空は穏やかに凪いでいる。白虎は殺されてからも水晶の中に魂として留まり続け、この国を光の国として光を与え、守り続けているんだ。
その後、皆しばらく無言でいて、やがてヴァネルとケイル、イヌスが座り込む。おれ達もヴァネルから降りて、皆で円を描く様に座った。皆今起きた事をなかなか受け入れられず、理解できないでいる。おれも例外ではない。たまに誰かが身じろぎする程度で、後は誰も動かない。重い沈黙がその場を支配していた。




