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DEATHEARTH  作者: 奇逆 白刃
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賑わいの最中で 2

眼が覚めてまず、頭上を気が通り過ぎていくのに気付いた。此処の木は動くんだな…いや、おれが動いてるのか。

ヴァネルに運ばれていた。出会って早々情けない話だが、気絶していたんだからしょうがない。身を捩って進行方向を見ると、ヴァネルの前をケイルが歩いているのが見て取れた。

首を動かして、周りの景色を見てみる。ただ下だけは見なかった。身長が五メートルもある巨人に抱えられているのなら現在地は上空三メートル以上って所だ。これで下に尖った石でも落ちていようものならば、おれは再び失神する。自らの身に起こりうる危険を考えるのは極力避けたい。

「アミ、気がついたか。今、父の家に向かっているところ。後少しで着く」

おれに気付いたヴァネルがそう言い、笑う。なるほど、俗にいう護送中って訳か。危険人物に事情聴取をして…と。まあ、今はそんな生易しい物じゃなくて、おれにとって生きるか死ぬかの大問題だけどな。

それから十分程が経過しただろうか。おれがぼんやりと眺めているケイルの背中越しに一軒の家が見えてきた。基本的なつくりはヴァネルの家となんら変わりは無いが、大きさのスケールが違う。集落と離れて建っているせいもあるのだろうが、何気に巨大な一軒家だ。

「俺の父は、此処の長。普段はなかなか来ないけど、俺達を上手くまとめてくれる」

ヴァネルが教えてくれた。なるほど、この家だけ他と違うのはそれが理由か。

広大な部屋の真ん中に降ろされる。家が大きい割に一部屋しかないのは同じなので、自分は台所の鼠かゴキブリか、というような錯覚に陥りそうだった。家具が大きいので大方どこにでも入り込める。人間としても小柄なおれに打って付けじゃないか。

おれの真正面にケイルが腰を降ろす。ヴァネルは部屋の隅に座った。こちらの声が届かない位置に座っているらしい。ケイルが姿勢を正しておれを見据えると、それまで胡坐をかいていたおれの足が、無意識に正座した。

「おまえが話したい事を、自由に言うがいい」

ケイルが促す。その重々しさに圧倒されながらもおれは頷き、乾いた唇を舐めた。

「願いです。願いがあって来ました」

「願い?おれ達は戦う事しか能が無い。役立たずに、一体何を願う」

「おれの友達がこの先に居ます。おれ達は今危険に晒されていて、その友達が協力して助けてくれる。でも、敵の数が多すぎて勝てないかもしれない。だから、あなた達の協力が必要なんです」

「それなら、多少の力にはなれるかもしれない。だが、見ての通りおれ達メヒムは小さい部族にすぎない。もしも軍事力が必要なら、もっと強い者が居る。キルの奴らはどうだ。上手く味方に付ければ巨大な力になるぞ」

ケイルはまだ、険しい顔をしている。質問に答える前に、気になる事があった。

「あの、キルの奴ら…というのは」

「この世で最も凶悪だと有名だ。部族の名も何も無いが、住んでいる所がキル=クェロッタだから、おれ達はキルの奴らと呼んでいる」

「キル=クェロッタ…聞いた事無い名前ですね」

「殺戮と苦しみの中核市だ。別名を、Hellという。武装せずに立ち入れば、幾らおれ達でも僅か数秒で身体じゅうに穴が空き、倒れて死ぬ」

この世で最も凶悪な者達。石の光は何故そこへ向かわなかったのか、考えられる可能性は二つ。一つは、味方に付ける事が不可能だという事。そしてもう一つは、今後どうせ味方に付くという事。完全に正反対だ。個人的には後者の方が良い。もしも敵に回られたら…と思うとぞっとする。

「質問に答えろ。何故おれ達を選んだ」

ああ、そうだった。握り締めていた光る石を見せる。

「この石が、あなた達のもとへと導きました」

「それは…ライトストーンか」

ケイルはこの石を知っている様だった。それにしてもライトストーンだなんて、まさかこの石に名前があったとは。

「それをどこで手に入れた」

「えっ?あっ、えっと、その、街路樹の下で」

「人間界のか」

「あ…はい」

人間界と言う時だけケイルの眼が厳しくなった。もしかしたら敵意を抱いているのかもしれない。

にしても、人間界だなんて変な言い回しだ。SunにしろEarthにしろ此処にしろ、同じ世界にあるのは間違いないのに。

「それは違うな」

指摘すると、ケイルは首を振った。人間はこんな事も知らんのか、と言いたげな面持ちでおれを見詰める。

「おまえ達の住む人間界と、おれ達メヒムの住んでいる世界は別物だ。他にも無数の世界がこの世に存在している。それは全て互いに通じ合っている。此処は、樹海がそうだ。しかし、愚かな人間は気付かない。おれ達との接点を消し去る、兵器を創る無駄知恵はあっても、自分以外の事を考える脳は持っていない。おれ達にとっては邪魔なだけだ」

そうだったのか…確かに、今まで全く気付かなかった。兵器を創る無駄知恵を持ち、自己中心で周りを見ない。それは…おれや紗蘭とかじゃなくて、地域最高峰に居る科学者、そして市長、軍人。目の前の欲に心を奪われている。あの場に集まった者だけが、その悪い面に気付いているのだろう。いや、本当にそうなのだろうか。

…自分の考えに自信が持てない。前は…ずっと前、悪魔が攻めて来るまでは、そんな事は無かったのに。

あれから全てが狂ってしまった。いや違う、それまでが狂っていて、あれがあってから化けの皮が徐々に剥がれ、その真実の姿を見る人間が出て来たんだ。例えば、來、沙流、そして紗蘭に…歌恋。皆、Sunを捨てて行った。おれだって例外じゃない。実際その科学者に無理やり実験台にされた。市長にも。あんな残酷な笑み、普段皆に見せる事は全くもってありえない。でもあれが、市長の真実の笑みだと直感で分かった。

歌恋に会った事は無いが、紗蘭によると彼女もSunの裏側が見えたとか。Sunを出て行った人は、皆そうなんだ。ケイルもそれを分かっている。だから、この石は此処へ導いたのかも。

「その石がライトストーンと言われる理由は、簡単だ。光の石だからだ。他にも、水の石、炎の石、風の石、そして、死の石がある。その石はそれぞれの氏族に深く関わっていて…アミ、分かっているのか?」

ケイルはさすがに鋭い。前半までは大丈夫だったのだが、後半が理解不能だ。そもそも、氏族って何だよ。

「まさか、氏族の意味が分からないという事は無いだろうな?」

…図星だ。

「…その…まさかです」

「…では、命の蝶を知らないという事は」

「命の蝶って…食べるとHPが増えるゲームのアレ…じゃ…ないですよね」

「あああっ、何という事だ!」

ケイルは頭を抱えて叫ぶと立ち上がり、部屋の中を早足で歩きまわった。その大きな足が振り下ろされる度に、床が穴の開きそうな程に激しく振動する。部屋の隅で目を丸くしていたヴァネルが座ったままおれの所ににじり寄って来た。おれの耳元に口を寄せる。

「父が取り乱すのは、凄く珍しい。お前、父に何を言った」

「いや、ただ…命の蝶を知らないと言っただけで」

ヴァネルは俺の正面に移動してくると、呆気にとられた表情でおれの顔をまじまじと見詰めた。その頬に冷や汗が伝っている。ヴァネルの背後では、ケイルがまだ歩き回っていた。

「アミ…それ…冗談じゃ…」

「ない」

おれが即答すると、ヴァネルは横を向いた。本当に言葉を失ってしまったようだ。おれはそんなに驚かれるような事を言ったのだろうか。ヴァネルはその体制のまましばらく固まっていて、それからおれに改めて向き直った。

「アミ、よく聞いてくれ。此処で命の蝶を知らないと言うのは有り得ない事だ。それは…えっと」

「…禁句?」

「そう、キンク、だ。命の蝶というのは…神みたいな物で」

「神?そんなのが居るのか?」

「いや、神というのは違う。神は全知全能で、全てを操っているけれど、命の蝶は…その…手下?」

「手下って…それこそゲームじゃあるまいし」

「ああ…とにかく、命の蝶は均衡を保つ存在なんだ。命を生み出す水と光、育てる風と炎、そして奪う闇。それのバランスを保って俺達が困る事無く自然に暮らせるようにしている」

「へえ…でさ、氏族っていうのは?」

「さっき言った五つの物をそれぞれ司っている神獣に使える民族…かな」

「一息に言われすぎてよく分からないんだけど。神獣っていうまた理解できない言葉が出て来たし」

「神獣っていうのは青竜、白虎、朱雀、玄武、麒麟の五匹で、それぞれが…風、光、炎、水、闇。えっと、それで竜族、虎族、凰族と鳳族、蛇亀族、角翼族っていうのが氏族。氏族はそれぞれの神獣が司っている物を操れる力がある」

「…なるほど。で、疑問なんだけどさ、そんなに有名な氏族なら、おれが会っていてもおかしくないよな?」

「…多分。でも、神獣を含めて皆、十五年位前に殺された。あれ…凰族と虎族だけはもう少し後だったかな」

「生き残りは居ないのか?」

「ライトストーンがあるって事は、その数だけ生き残っているという事だ。他の石も見た事があるなら、それだけ皆生き残っている。でも…命の蝶は封印された」

「封印?誰が」

「人間。誰かは分からないけれど。父が人間を嫌っている一番大きな理由がこれだ」

「そうなのか…」

ヴァネルが突然、身を引いた。見ると、ケイルがどうやら落ち着きを取り戻したらしい。心臓の辺りを押さえながらおれの前に座る。その額には脂汗が浮かんでいた。ヴァネルはもとの場所に戻り、再び口を閉ざす。

「あの…今ヴァネルに色々教えて貰いました。氏族の事と、命の蝶の事と。禁句、言ってしまってすいません」

「いや…いい。どうやらおまえの中身は人間らしいな。それも知能がとてつもなく低い。ならば、殺さなくてもいいだろう。おまえがおれ達に危害を及ぼす事は無いと信じる」

酷い言われようだ。でも認めるしかない。命の安全が確保されるならそれに越した事は無いんだ。物事は良いように考えなければ。

「では、おれが人間を嫌う理由を言わなければならないな」

「ああ、それも聞いたんですけど…何か、命の蝶を封印した張本人だからって」

「そうか、聞いたか。うん、確かにその通りだ。しかし、それだけじゃない。理由はもう一つある。それは…もとは数百万と居たおれ達メヒムを、この集落の人数にまで激減させたからだ」

「何故ですか?あなた達は人間に危害を加えていなかったんでしょう?」

「もちろんだ。その時から忌み嫌ってはいたがな。近づいてさえもいない。あいつらが勝手に侵入してきて、おれ達を追い出し、逆らう奴は皆殺しにした。たまたま遠くに居たおれが、その場に居た仲間を纏めて隠れ、人間をやり過ごした。だからおれ達は生き延びている。人間によると、自分達の領地におれ達みたいな未開の先住民が居るのは気に食わないという事だ」

「未開の先住民だなんて…そんな事はありません。それに、此処は人間の領地じゃない。あなた達の土地、あなた達の世界だ。逃げなくても、正々堂々と戦えば良かったのに。あなた達ばら勝てたでしょう?」

ケイルは、一瞬目を伏せた。それから直ぐに顔を上げ、おれから目を逸らして家の外に視線を移す。物悲しそうな表情だった。

「アミ、おまえはおれ達メヒムがどんな生き物か分かるか」

「いいえ…大きくて、人間とは少し違う姿の生き物?」

「まあ、見た目ではそうだが…そういう事ではない。内面の問題だ。メヒムは、木や森を何よりも愛し、守り続けている…いわば、全ての樹海の主と言ってもいいかもしれないな」

「じゃあまさか、あなた達が逃げたのは」

「おまえが察した通りだ。あいつらは火を武器に、森を燃やすと言って脅しをかけて来た。あいつらが本気で、しかも、森を燃やし、木々の命を奪う事に抵抗を感じていない事は、その時のおれ達にも分かっていた。森を守る為に、メヒムは皆従った。抵抗したのは幼い子供だけで…その子供は皆、殺された」

ケイルは緩慢な動作でヴァネルの方に首を回した。ヴァネルは、父親に見詰められている事に気付いていない。ケイルと同じ悲しそうな表情で、壁に頭をもたせ掛けている。

「殺された子供の中に…ヴァネルの弟達が居た。兄弟の中で一番年上だったヴァネルは、その時おれと一緒に狩りの訓練に出かけていた。弟達…二人いたのだが、彼らは母と共に家に居た。その時に、人間が来たんだ。隠れているおれの所に母…おれの妻が来て、メヒムが逃げ出した事を伝えた。彼女は逃げた皆を纏める為に一緒に出て行く、とも言った。息子の事を訊くと…彼女は首を横に振った」

家の外で足音がした。その方向を見ると、一人のメヒムの女性がこちらを驚愕と怒りのこもった目で見詰めている。それに気付いたヴァネルがすかさず表に出て、嬉しそうに女性に抱き着き、そして何か説明する。きっとヴァネルの母親だろう。メヒムと共に出て行くと言った…帰って来た所なのかもしれない。女性は多少おれを警戒しながら家に上がって来るとおれ達の横に座り、頭を下げた。肌や眼の色は相変わらずだが、美しい金髪は編まずに背中に垂らし、人間として見ても非常に美しい顔立ちをしている。短いズボンとハーフタンクトップだけの軽装なのは二人と同じだ。おれは女性の方向へ体の向きを変え、頭を下げかえした。

「私はイヌス。あなたも知っている通り、ヴァネルの母だ」

「初めまして。えっと、お邪魔させて頂いております、揚魅です」

「アミ、私の夫が許すなら、私もあなたを許そう。夫は、あなたを許したか」

「あ…はい。殺さないと、言ってくれました」

「そうか。なら、歓迎しよう。メヒムの集落へよく来た。ヴァネルから聞き、あなたの願いを理解した。私達はそれに応じよう」

あまりの結論の速さに戸惑う。救いを求める様に、おれはケイルを見た。ケイルが渇いた声で笑う。

「イヌス、そう急ぐな。おれも実際そう言おうと思っていたが…。すまないな、アミ。イヌスは即断で有名だ。おまえも直慣れるだろう。…結論も出た事だが、おれ達はまず何をすれば良い」

「武器は必要ありません。とにかく、おれに付いて来て下さい。後、全員行く必要もありません。帰りに此処に立ち寄るので、その時に全員連れて来て下さい。今行くのは…此処にいるあなたとイヌスさん、そしてヴァネル。この三人です」

「承知した」

「私は矢を持って行く」

イヌスが立ち上がった。部屋の隅に行くと壁から弓と矢、矢筒を外す。

「もしもの事があってはならない。私達はあなたを救う為、メヒムの名にかけて全力で応じよう。私の矢の腕前は侮る物ではない。心配は無用だ」

「あっ、じゃあ…お願いします」

イヌスは弓を持ち上げて微笑んだ。長い金髪がさらりと揺れる。そしてイヌスはヴァネルを呼び、何かを手渡した。ヴァネルはおれの所に来るとそれをおれに手渡す。それは、刃渡り30センチ位の刀だった。

「母が、お前に渡せと。護身用の小刀でしかないが、お前には十分だと思う」

ヴァネルにとって小刀でも、おれにとっては立派な太刀だ。有難く受け取り、ベルトに差す。ヴァネルは、もう一回り大きい同じ形の物を持っていた。これがあれば、少なくとも自分の身は守れるだろう。元々体育の成績は非常に悪かったので心もとない自信だが。…まあ良いや。気にしないでおこう。

「結局武器を持って行く事にはなったが…用意はいいな?」

ケイルが言った。頷き、家を出る。ケイルの案内で密林を上手く歩き、来た時よりも遥かに短い時間で密林の外に出た。

「此処からの先導はおまえだ。迷わないように頼む」

頷き、ポケットから石を出した。石が輝きだす。光の筋が現れ、新たな道となった。

途中、野生の獣に何度か襲われたが、イヌスが大きな矢で心臓を射抜き、全て倒した。その獣は持ち運び、夜の食材とする。命を決して無駄にはしない、それがメヒムの掟だった。例え焚き火用の枯れ枝でさえも、完全な灰となって燃えなくなるまで火を消さない。その生き方に見習ったおかげか、旅は順調に進んだ。


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