黄金色に輝く街 3
シュピラーニョの力はどんどん増している。今や、歌恋は來の手に縋り続けるのが精一杯だった。
そして、今もシュピラーニョは歌恋を襲っている。歌恋はその力から必死に抗っていた。
―いい加減に断念せぬか。今幾程抗った所で汝の運命は変わらぬ―
いや…やめて…ぜったいにまけない…わたしは…あなたになんて…
―何度無駄だと言えば分かる。怜悧な判断をせよ。我に全てを委ねれば、必ずや楽になるであろう―
いや…わたしに…はなしかけないで…
―やむを得ぬ…ならば、汝に我の姿を示してやろう―
背後に広がる白い闇が大きく揺らぐ。と、目の前に突然巨大な蜘蛛が現れ、歌恋は思わず來の手を強く握り締めた。蜘蛛は黒い毛に覆われた八本の足を気味悪く動かし、八個の紅い眼で歌恋を捕らえる。これは血の色、ほとばしる鮮血の色だ。
これが…あなたの…すがた…
―そうだ。我は支配した全ての民の恩義で此処まで成長した。残るは―
言うが早いか、蜘蛛は風の様に素早く動き、その大顎で歌恋の腰を捕らえる。
―残るは…汝のみだ―
その声は耳元で聞こえた。シュピラーニョは歌恋をそのまま白い闇へ、自分の巣へと連れて行こうとする。余りの強い力に、來の手が離れそうになった。叫びがほとばしる。
來…たすけて…てを…はなさないで…來…來…!
不意にシュピラーニョが歌恋を離した。シュピラーニョは舌打ちをすると忌々しそうにこっちを振り返りながら白い闇へと帰って行く。その大顎には穴が空いていた。
見ると、腰の周りを金色の糸の様な物が取り囲んでいる。その糸は更に伸び、來の手がある辺りで再び何かを取り囲んだ。そこを中心にぼやけた影が見えてくる。影は徐々に形を成し、やがてそれは見覚えのある物になった。
とても驚いた顔で歌恋の前に現れたのは…來だった。
「歌恋!」
頭の中に歌恋の叫び声が聞こえた気がして、來は飛び起きた。見ると、歌恋の手から力が抜け、歌恋は今にも崩れ落ちそうな状態になっている。周りを見回すが、アレグレはまだ帰って来ていないし、他の四人はかなり離れた所で話していて、とても声が届かない。來は歌恋が崩れ落ちないように支え、抱き締めた。今出来る事はこれ位しかない。その代わり、歌恋が元通りになる様にと、ありったけの思いを込めた。
不意に、歌恋の身体が暖かくなった。次いで、その身体が黄金に輝き始める。驚いて身を離すと、歌恋の腰を金色の糸の様な物が取り囲んでいるのが見えた。その糸は見る間に伸びていき、來の腰も同じように取り囲んでいく。驚きで声が出なかった。誰かに見られているんじゃないかとは思ったが、周りはただ真っ白で、歌恋の姿しか見えない。その内に、來の身体も輝き始めた。歌恋がこちらを向く。
そして、微笑んだ。
來はただ歌恋を見詰めていた。歌恋が口を開く。
「來…会いたかった」
「歌恋…何故?だって君は」
「分からない…あなたが…突然現れたの」
「突然って、じゃあ君は今までどこに居たんだ?」
「ただ…白いだけの…世界。シュピラーニョに…白い闇の中へ…連れて行かれそうに…なってたの」
何故か途切れ途切れに話す歌恋。今言っていたシュピラーニョと何か関係があるのだろうか。心配そうに見詰める來の手を、歌恋は両手で握り締めた。
「あなたの…この手のおかげで…生き延びて…これたの。無ければ…今頃は…シュピラーニョの…媒体に…されてた」
「なあ、シュピラーニョって言うのはウイルスだろ?」
「そうかもしれない…でも…私の前に現れた時は…大きな…蜘蛛だった」
「大きな蜘蛛?」
「そう…眼が紅くて…黒い毛を生やした…蜘蛛」
「見た事無いな…それで歌恋、大丈夫なのか?」
歌恋は笑顔で頷いた。その姿が霞んで見える。
「もう…時間が…ないわ。ほら…糸が…切れかけてる」
本当だった。二人の腰を取り囲む金の糸の中心がとても細くなっている。
糸が切れると同時に、凄まじい光で一瞬何も見えなくなった。光が治まったのを感じて目を開けると、周りは元と同じサンダードナーの街並みで、歌恋も元に戻っている。今の短い時間で分かった事は、歌恋の意識が別世界にある事と、シュピラーニョという蜘蛛の姿をしたウイルスに歌恋が襲われているという事だ。しかし分かったからと言ってそれを打破出来る様な素晴らしいアイデアは無い。どういう判断をすべきか迷っていると、背後からブイオが声を掛けて来た。
「來、何難しい顔してるんだ?来いよ、アレグレが帰って来たぜ」
ブイオと一緒に皆の所へ行く。アレグレはユニコーンを連れて来ていた。
「おや、來。どこへ行ったのかと思ってたよ。ほら、このユニコーンが此処の馬さ。気に入ったかい?」
もう万生はユニコーンにのって空を飛びまわっている。ユニコーンには羽が無いのに飛んでいるのは、僕たちの乗る他の馬と同じだ。
「ユニコーンって飛べるんですね」
「ああ、そうだね。というか、あたしの知ってる限りでは逆に飛べない馬の方がかなり珍しいよ」
「そ、そうなんですか?」
アレグレの言っている事が本当だとすれば、人間界にいる馬は飛べない馬として珍しい事になる。しかし、それはつまり特性が少なくレベルが低いと言ってもおかしくは無い。
人間界は劣っているのだろうか。それとも珍しいという点で進歩しているのだろうか。
ブイオに尋ねてみる。ブイオは何故そんなどうでもいい事を訊くんだ、と鼻を鳴らした。
「前者に決まってるだろう」
「他にも飛べない馬はいるのか?」
「聞いた事無いな」
來は馬の件について完全に忘れる事にして、万生を眺めた。万生はユニコーンをかなり気に入ったようでなかなか降りてこようとしない。わざと乱気流を起こしてみたが、それでも降りて来ない。それどころか逆に喜んでいる。結局、沙流にどなられて万生はようやく降りて来た。
「沙流、あんたは結構な権力を持ってんだね。さあ、行こう。あたしのおすすめの場所を案内してやるよ」




