黄金色に輝く街 1
初めに異変に気付いたのは万生だった。
万生は口を閉ざし、空の彼方を見詰めていた。その様子に気付いたブイオが僕達を黙らせ、同じように空を振り仰ぐ。
同じ方向を見詰めた。晴れた空の彼方に、どす黒い雲が湧き上がって来ているのが見える。
「雷雲だな」
ブイオが舌打ちした。
「しかもかなり大きい。下手したら雷に打たれて砕け散るかもしれないぜ。どこか安全な場所を探すか」
そうは言ったものの、近くにそんな場所は無い。ただ一人、万生だけがどこかへと走って行き、ほんの数秒で駆け戻って来た。その表情は輝いている。
「でかい穴が空いた空地を見付けたぞ。かなり狭いけど、俺達が全員穴に入って雷を避ける位の余裕はある」
そうか、穴か。確かに穴に入っていれば雷は頭上を通って自分には当たらない。しかし、それは一人の場合だ。洞窟的な物ならともかく、ただの窪みならこんなに大人数が入って平気だという確証は無い。
だが他に方法は無い。皆不安を浮かべながら万生に付いてそこへと向かった。
地面には大きく、深い穴が確かに空いている。予想通り、それはただの窪みだった。もう頭上には黒雲が覆い被さっている。迷っている余地は無い。皆で穴に飛び込み、座った。
「おい、本当に大丈夫なんだろうな。いくら俺でも電撃は防げないぞ」
「ああ…多分」
ブイオにきつい口調で問われ、万生の口調から自信がほとんど無くなる。不安がその場に広がった時、頭上から金切り声がした。
「ちょっとあんた達、何やってるんだい!?」
上を向くと、叫んでいたのは大柄な女性だった。女性はこめかみに血管を浮き出させて更に叫ぶ。
「自殺する気かい?死にたくないなら早く上がってきな!」
何が何だか分からないまま來達は顔を見合わせ、飛んで穴から出た。ブイオは沙流を、フィアンマは万生を、そして來は歌恋をしっかりと抱えている。女性は羽の生えた來達を一瞬唖然として見ていたが、來とブイオの片腕を掴んで家に無理やり引っ張り込んだ。
「どうやらあんた達、この国の者じゃない様だね」
ドアを閉めると、女性は腕組みをして溜息を吐く。此処は女性の家らしい。
「あ、はい。…あの、どうしてあの穴は危険なんですか?」
「あんた達の常識じゃ穴は安全なんだろうね。けど、此処じゃそんな常識は通用しないよ」
女性が言うが早いか、眩い閃光と共にとてつもない轟音がした。見ると、さっきまでいた穴に巨大な雷が落ちている。しかしそれに留まらず、その後から更に幾つもの巨大な雷が穴に落ちていった。
「ほら、見た事か。此処の穴は、全部雷の貯蔵スペースなんだよ。電気の源さ。感謝しな、もしあたしが見付けずにあのまま穴に居たら、あんた達は即座に真っ黒焦げだった」
女性は体を揺すって豪快に笑った。反対に來達、中でも万生は顔面蒼白で震えている。何といったって、皆を穴に導いた張本人だ。
「おや、怖がらせたかい?悪かったね。まあ、そこら辺に適当に座ってな。助けたお返しに、あんた達の事をいろいろ訊かせて貰おうじゃないか」
女性はそう言うと、部屋を出て行った。ブイオがソファーにどっかりと腰を降ろし、背もたれに頭をもたせ掛ける。
「あーあ、あんなに冷汗をかいたのは初めてだ。全く、あの人が助けてくれなかったらどうなっていた事か。なあ、万生?」
ブイオに睨まれても、万生は黙って俯いていた。唇が僅かに開く。
「…ごめん…」
「ブイオ、もういいだろ。全員無事だったんだしさ。…後、あんまり図々しいのはどうかと思うんだけど」
ブイオを注意した。ブイオは頭を上げると不満そうに鼻を鳴らして端に寄って座り直し、足を組む。その横に全員並んで座った。ソファーは長く、六人座ってもかなり余裕がある。直に女性がカップの乗った盆を運んできた。
「ほら、紅茶を淹れて来たよ。…ふうん、なかなか面白い面々が集まってるね」
女性がカップを一つずつ手渡してくれる。紅茶はとても暖かく、さっきまでの怖い気持ちが治まっていった。隣ではブイオがカップを両手で包み込むように持ち、紅茶を少しずつすすっている。
「暖かい。三年前にあんたが作ってくれたスープみたいだ」
「まだそれを持ち出すとは思わなかったよ」
苦笑した。ブイオは別にいいだろ、と横目で來を睨む。
「それだけ美味かったって事だ。褒めてんだよ」
「どうも。また君に褒めてもらったな」
「ふん、これに関してだけだ」
女性は椅子を持って来ると、自分のカップを持って六人の真正面に座った。
「さあて、と。まず、あたしの名前はアレグレだ。宜しく。あんた達の名前も聞かせて貰おうか」
何だか尋問を受けている気分だ。端に座っていたフィアンマとブイオが顔を見合わせる。直ぐにブイオは顔を逸らした。フィアンマが溜息を吐く。
「あたしはフィアンマです」
「フィアンマ、か。その羽と首に下げてる石からして、あんたは凰族だね?」
「ええ、ご名答です」
アレグレは満足そうに頷き、じゃあ次、と視線を動かした。
「おれは万生」
「ふうん。万生、あんたは石を持っていないね。でも、あたしの知識によればあんたは石を持てるよ」
「えっ…じゃあ、おれは何かの氏族だと?」
「そういう事になるね。でもまあ、所詮あたしの言う事だ。あたしは全知全能じゃない。それを信じるかどうかはあんたに任せるよ」
万生は複雑な表情で黙り込んだ。それをアレグレは悪戯っ子の様な笑顔で見ると、視線を移す。
「あー…おれは沙流です」
「よし、沙流。あんた、ちょっとこれに噛み付いてみな。敵だと思って」
アレグレが差し出したのはハツカネズミだった。沙流は一瞬固まり、物凄いスピードで首を振る。
「無理無理無理!おれは鼠なんか食べませんから!」
「別に食べろとは言ってないさ。一度噛み付いてくれさえすれば良いんだ。まあ食べたいならそれでも良いけど、余り勧めはしないね」
沙流はしばらく頭を抱えていたが、意を決して鼠に手を伸ばした。恐る恐る尻尾の先に噛み付く。沙流の手の内でもがいていた鼠は一瞬身体を強張らせ、直ぐにぐったりと脱力して動かなくなった。
「嘘…死んだ」
沙流は鼠を自分の膝の上に置いた。沙流の言った通り鼠は死んで、動かない。
「思った以上の猛毒だね」
アレグレは沙流の膝の上から鼠を掴み上げ、その傷口を調べた。
「気にはしなくていいよ。この鼠は年寄りで、どうせ直ぐに殺すつもりでいたからね」
アレグレが視線を移す。その先には歌恋がいたので、來は慌てて紹介した。
「あっ、すいません。歌恋って言うんですけど、ちょっとした事情があって今は会話が出来ないんです」
「そうか、だから手を繋いでいるのか。ふうん、歌恋は人間なんだね。彼女が早く元に戻るのを祈ってるよ」
「有難う御座います。えっと、僕は來です」
「おや、竜族だね。久しぶりに見るね、まだ生き残ってたのかい」
「はい。残念ながら、生きてるのは僕一人ですが」
「他の四氏族もそうだろう。大丈夫、あんたには同じ境遇の仲間がいるじゃないか」
アレグレが沙流やフィアンマを示す。來は曖昧に頷いた。正確に言えばそうじゃない。生きている竜族として見れば確かに同じかもしれないが、僕の頭の中には父さんが生かされている。それに魔界に来る前は、本当の親じゃないけどずっと母さんがいた。フィアンマは身内のいない、本当に一人だったから、とても同じとは言い難い。沙流だって義理の親と暮らしてはいたものの、頭の中に身内が居るっていうのは僕だけだ。
「なんだか複雑な心境みたいだね。まあいいや、その隣は…」
「ブイオ」
ブイオはそれだけ言い、後は顔を背ける。アレグレに何か見透かされるのを恐れている様だ。
「ブイオ、あんたは來と随分似ているね。竜族の親戚かなんかだったりするのかい?」
ブイオは答えず、無言で尻尾を僕の尻尾に巻き付ける。そして唖然とする僕の尻尾をアレグレに見える様に持ち上げた。
「なるほど、違うって言いたいんだね。じゃあ、あんたは何なんだい?」
「…悪魔」
「悪魔…か。だけどその眼の色は悪魔の色じゃないね。…ああ分かった、あんた混血だね?」
途端にブイオの身体が強張った。目は大きく見開かれ、瞳孔が揺らいでいる。
「図星か。あたしにはあんたの悪魔じゃない方の親が何だかはっきりと分かるよ。まあ、あんたは言われたくないようだから黙っておくけど…せめて、悪魔じゃない方の親がどっちなのかだけ教えてくれないかい?」
「…母親の方だ」
その後ブイオはしばらく黙っていた。誰も何も言わない。アレグレがブイオの言葉を待っている様に見えたからだ。数分後、突然ブイオは顔を上げ、アレグレを真っ直ぐ見据える。
「なあ、なんであんたはそんなに分かるんだ?目が紅い氏族なんて幾らでもいる。フィアンマだってそうだ。なのにどうしてそう言い切れる?」
アレグレはその言葉を待っていた様だった。ブイオを見つめ返し、にやりと笑う。
「あたしはあんたの母親に会った事があるんだよ」
「俺の…母さんに?」
「ああ。あんたはよく似ているよ、母親に」
ブイオの表情が硬くなり、眼が厳しくなった。ブイオの声が荒くなる。
「似ているだなんて言うな。俺をあんな奴と一緒にしないでくれ」
「おや、あんたは母親の事が嫌いなのかい?」
「あんなの母親じゃない!あんな、残酷で、非情で」
「自分を産んだ人をあんまり悪く言うもんじゃないよ!」
アレグレに怒鳴られて、ブイオは口をつぐんだ。しかし憎々しげにアレグレを睨む瞳は変わらない。アレグレはその瞳を指差した。
「じゃあなんで、あんたは右目を隠しているんだい?」
「…特に意味は無いさ」
「母親を嫌がるのなら、その紅い左目を隠す筈だろう。あんたが母親をまだ思っている証拠だよ」
それを聞いたブイオは勢いよく立ち上がると、荒々しい足音を立てて出て行く。來と歌恋を除く全員が慌ててその後を追って出て行った。
「あの、ブイオの母親って…」
「大体見当はついているだろう」
「はい、でも間違ってると思います」
「言わなきゃ始まらないよ。あたしに言ってみな」
アレグレの耳に口を近づけ、思った答えを言ってみる。アレグレは溜息を吐くと、ゆっくりと頷いた。
「ああ、あいつにとっては最悪の身内だ。記憶を消し去りたいのも、嫌っているのも分かる。けど、それを完全に拒んでしまってはあんた達の目的は達成されない。そうだろう、來?」
「何とか説得してみます」
「止めといた方が良いよ。自分の運命は自分で受け入れる事が必要だからね。あんたは知らないふりしてな」




