天空の使い 4
ブイオが冷たい眼で睨んでくる。
「全く、面倒臭い奴は全部俺に回してあんたは逃げるのかよ」
「何だよ、面倒臭い奴って。誰の事だ?」
万生がすかさず反論する。ブイオの言葉に平身低頭になっていた來は声を上げて笑った。ブイオが万生を見据え、嘲る様に笑う。
「あんたより面倒臭い奴が居たら是非紹介して欲しいね」
万生は尚も反論しようとして言葉が見付からなかったのか、拗ね、頬を膨らませてそっぽを向いた。その頭を沙流が撫でる。万生は沙流に子ども扱いされたのが気に食わなかったのか、尚更頬を膨らませ、座り込んだ。
「ねえ、いつまでそうやってるつもり?あたし達にはこの星の運命が掛かっているかもしれないのよ。こんな調子でどうすんの」
フィアンマが一喝した。年下ではあるが、今のこの状況では一番権力がある。來は頭を掻き、ブイオは肩を竦めた。沙流に促されて万生も渋々立ち上がる。
「まとまった様だな。なら、行こう。君達の馬と、役に立ちそうな文献を用意してある」
そこでやっとシェケムが口を出した。それに続いて六人は竜のねぐらを出る。外には來達が乗って来た馬が元気になって待っていた。
白い馬に歩み寄って鼻面を撫でる。馬は嬉しそうに目を細めた。
馬から手を離す。その時、來が首から下げる龍石が強い光を放った。その光はみるみる内に大きく広がり、白い馬を包み込む。
來も他の皆もその様子を唖然として見詰めていた。光を通して馬の姿が変わるのが分かる。光が消えた時、白い馬は大きな翼を生やしたペガサスへと変わっていた。
來はしばらく固まっていた。我に返るとその翼の付け根を確かめ、翼を触る。間違い無く本物の翼だった。
「良かったじゃないか。竜族に相応しい」
シェケムが微笑む。來に続いて皆も笑った。まさかこんな事が起こるなんて。今來の中にある感情は喜び以外の何物でもなかった。
シェケムが來に一本の巻物を差し出す。巻物には、蝶の烙印が押されていた。
「命の蝶と、五匹の神獣について書いてある巻物だ。かなり昔の物だが、ある程度は役に立つと思う」
礼を言って巻物を受け取り、開く。そこには、神獣がかつて生活していた場所はもちろん、氏族の事までもが事細やかに記されていた。それを読んだ万生が悔しそうに表情を歪める。
「ちっ…初めからこの巻物があれば、もっと簡単に事を進められたのにな」
巻物によると、残る二つの石は[サンダードナー][キル=クェロッタ]という場所にあるらしい。地理に詳しいブイオに、どちらに行ったら良いか尋ねる。ブイオは巻物に一度目を通し、速攻で[サンダードナー]を指差した。
「絶対にこっちの方が良い。此処に住む虎族の方が比較的大人しい性格だからな。俺も場所位は分かる。まあ、此処からだとかなり遠いけどな」
シェケムにもう一度頭を下げ、皆それぞれ馬に乗った。シェケムが下り竜巻までの道を教えてくれる。
「何かあったら自分がいつでも力になる。來、君とそれに皆がする事の全てが成功する様に、祈っているよ」
その言葉をしっかりと胸の内に留め、來は前を向いた。ブイオが走り出し、皆その後を追う。登った時と同じようにして下り竜巻を降りると、ブイオは馬で飛び始めた。翼の生えたペガサスはもとより、フレイアも地獄の馬も、飛べることは確認してある。心配になって沙流を振り返ると、ヒポカンポスは泳ぐようにして飛んでいた。姿は違っても、結局そんなに変わりは無い事に驚く。ブイオもそれを確認し、高度を上げた。
ヴェンフォンが見えなくなってからしばらくは、荒涼とした荒れ地が広がっている。ブイオによると、この地域は世界と世界の境界線の様な物で、草木はおろか、苔すらも生えない不毛地帯なのだそうだ。特に会話をする事も無く、一行はただ黙々と進み続ける。
何日もそれが続き、その景色にも飽きてきた頃ようやく視界に変化が生じた。一つの眩い光の塊が地平線に現れ、一行は一瞬足を止める。
「ああ、間違いない。あれがサンダードナー…雷光の国だ」
ブイオが光を指差した。光の塊は、一行が進み近付くにつれ大きくなり、徐々に都市の形と化していく。門は開いていて、来る者を拒まない作りとなっていた。
「さてと…さあ、これからどうする?」
ブイオが振り向き、問う。皆一様に肩を竦めた。ブイオがやっぱりな、と溜息を吐いて壁際に移動する。
「あんた達も来い。何も考えずに来ちまったから、少しは計画を立てなきゃな」
來達は馬を連れ、黙って壁際に移動した。一つ大きく息を吐く。
そして、これからの行動について激しい議論が始まった。




