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DEATHEARTH  作者: 奇逆 白刃
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天空の使い 3

[アスルよ、待っていたぞ]

口は動いているものの、聞こえて来たのは口から出た直接の言葉ではなかった。竜は心に直接語りかけてくる。

[アスル…?違う、僕は來だ。そんな名前じゃない]

來も心で答えた。竜が僅かに首を動かす。

[それは人の名。お前の真実の名はアスルだ]

言葉を失った。來という名前が後から付けられた物だったなんて。

[それにしても、大きくなったものだ。出来る事なら生きた姿で会いたかった]

[何故…。今君は僕の前で話している。生きているも同然じゃないか]

竜が悲しそうに首を下げる。伝わって来る声のトーンもつられる様に低くなった。

[これはお前に言葉を伝える為だけの姿。生きている時のわたしの身体は美しい青い鱗で覆われていたものだ。そう、お前と同じ色の鱗で]

返す言葉が見付からず、俯く。自分を待っていてくれた事への感謝と、竜がこんな姿になってしまった事への申し訳なさで胸が押し潰されそうだった。

[そう押し黙るな。命はいつか尽きる物、お前のせいではない。お前が仲間と共に戻って来てくれた事だけでわたしには十分だ。唯一生き残ったこの身にもお前の身にも、孤独はあまりにも辛すぎた]

何年も一人で待ち続けて、それでも僕の身を案じてくれる竜の優しさに、涙が出そうになる。

[アスル…お前に龍石を返そう。長年守り続けてきた甲斐があった。あるべき姿に戻るのだ]

竜が口を閉ざすと同時に、石板の窪みに龍石が現れた。來がそれに手を伸ばすのを、竜は静かに見詰めている。そして龍石に指が触れた途端、來の身体は沙流やフィアンマと同じ様に光に包まれた。

[そうだ、それがお前のあるべき姿だ]

光が晴れると、竜は嬉しそうにそう言った。その一言で、自分が竜族の姿になったのを感じる。身体を触って行くと、角、羽、そして尻尾が生えていた。

[有難う…ずっと、待っててくれて。君も、命の蝶に生かされているの?]

本当はもっとちゃんとした礼を言いたかったのだが、言葉が出て来ない。それよりも、咄嗟に沸いた質問を投げかけた。

[うむ…どうやら、そうらしい。…そうだ、命の蝶について一つ、わたしが知っている事を伝えておこう]

[何?]

[命の蝶は幾つかに分断され、別の姿となってこの世に生きているらしい。それが何なのかわたしには分からないが、知能と言葉を持つ生命体となっているのは確かだ]

真実に驚くあまり、言葉を失った。という事は、僕が今まで出会っていてもおかしくないという事か。しかし、それと言った生き物は記憶に見当たらない。それについては後でブイオ達に尋ねる事にして、來は竜に意識を戻した。

[貴重な情報を有難う。…今更だけど、君の名前を訊いてもいい?]

[ああ、わたしとした事がすっかり忘れていた。わたしの名はブラウだ]

ブラウはそこで首を來が腰に着けている剣の方へ向けた。その目が嬉しそうに細まる。

[その剣は役に立っているか?魔力を与えた剣だ、使い方を誤らなければ非常に素晴らしい剣となる]

[魔力…じゃあ、僕が起こった時に剣が紫色に光ったのはそのせいなの?]

[その通りだ。剣自体はモラドが作り、その剣に悪魔が魔力を与えた。悪魔は剣の材料としてブラックダイヤを提供したのだ。モラドはそのブラックダイヤを出来る限り透明になる様に磨き、お前の剣とした]

腰から剣を抜き、改めてよく眺める。あの時感じた翳りは見間違いじゃなかったんだ。

[その悪魔の名前は分かる?礼を言いたいんだ]

やはり悪魔は優しい者が多い。傷つけられそうにもなったものの、今まで何度もこの剣に救われてきた。

[名か…確か、アマンドと言っていた。魔界の外れで鉱石を掘り、それで息子を養っていた様だが、何かに怯えてでもいたのかよくモラドに愚痴をこぼしていたな]

魔界に居るのなら、もしかしたら会えるかもしれない。魔界に戻ったら尋ねてみよう。

ブラウが首の角度を下げた。意識を通して荒い息遣いが伝わって来る。

[アスル…わたしにはもう時間が無い。身体から力が抜け出て行くのを感じる]

[そんな…もう少し話していられないの?]

[残念だが、無理だ。…お前に鞘をやろう。剣を収める鞘だ。私だと思って大切にしてほしい]

ブラウの身体から力が抜けた。ブラウは喘ぎ、最後の力を振り絞ってもう一度首を持ち上げると、瞳の無い眼で來を見詰めた。

[しばしの別れだ…アスル、我が大いなる友よ。再びわたしが蘇る時があるのなら、その時は真っ先にお前の元に向かおう。必ず…この身に掛けて誓う]

そしてブラウは力尽きた。頭骨だけでなく身体の骨も全て、今まで形を留めていた骨全てが細かい骨粉の山となってその場に積もる。來は何も言えず、ただその様子を呆然と見詰めていた。肩にブイオの冷たい手が置かれる。來は振り返りもせずにその手に手を重ねた。途端に堪えていた涙が溢れ出す。今まで何回泣いて来たのだろう。悲しみの大きさは竜族となった今も変わらない。声を上げて泣き続ける來を、ブイオは黙って抱き締めてくれた。冷えた胸に、火照った頬が冷やされていく。

「気分は落ち着いたか?」

ブイオが優しい声で囁いた。ブイオから身体を離し、涙を手の甲で拭う。

「本当にあんたはよく泣くな」

笑いながら言うブイオを軽く睨み、笑うなよ、と頬を膨らませた。

「ああ、悪かった。…あっ、何だあれ」

ブイオがブラウの頭骨があった辺りまで行くと何かを拾い、戻って来る。ブイオの手に握られていたのはブラウの角だった。

「これだけは崩れなかったんだな」

ブイオが角を手渡してくれる。何故これは崩れなかったんだろう。内側も空洞になっていて、とても崩れ易そうなのに。実際、もう片方の角は崩れていた。その空洞を覗き込んだ時、ブラウの言葉が蘇る。剣を抜き、角に差してみた。思った通り、剣は角にぴったりと収まっていく。ブラウがくれると言った鞘は、己の角だったんだ。

「なるほどな。そういう事か」

鞘を持ったブイオが、若干羨ましそうに鼻を鳴らす。來はそれを受け取ると、再び腰に差した。

「そういえばブイオ、この剣はブラックダイヤで出来ているらしい」

「へえ、そうなのか。てことは、悪魔が関与したんだな」

「ああ、そうだ。それでその悪魔に礼を言いたいんだけど、君が知ってるんじゃないかと思って」

「俺が?ああ、そうかもしれないな」

「名前はアマンド。魔界で鉱石を掘っていて、一人息子がいる…って、ブイオ聞いてるのか?」

ブイオは表情を消し、焦点をどこか別の方向へと向けている。來が肩を叩くと、ようやく我に返った様に、苦笑した。

「残念だけど來、それは無理だな」

「えっ、何故?」

「そいつはもう死んでるからだ」

「会った事があるのか?」

ブイオは言うのを躊躇う様に目を伏せた後、一呼吸おいて口を開いた。

「まあな…そいつが俺の父さんだよ」

思わず剣に手をのばす。ブイオの家の近くにある坑道で作業をし、ケルベロスに襲われて亡くなったブイオの父親が、この剣にこんなにも深く携わっていたなんて。

「じゃあ、その一人息子っていうのは」

「紛れもない、俺そのものだよ」

ブイオは來に剣を借りるとその刃を指先でするりと撫で、微笑んだ。

「全て失ったと思ってた父さんの形見が、まさかこんな所にあるとはな」

そして來に剣を返すと、來の背中を押す。

「ほら、行こう。絶対にその剣は無くすなよ」

「分かってるって」

シェケムを除いた皆は崩れた骨の周りに集まっていた。三人に気付いた沙流に手招きされ、來はブイオと顔を見合わせ、三人の背後から覗き込む。そこに積もった骨粉の所々は、青く輝いていた。骨粉を掌に少しすくい、沙流が來を見上げる。

「この竜の鱗はきっと、凄く綺麗な青だったんだろうな」

「こんな色か?」

しゃがみ、沙流の目の前に青い鱗に覆われた尻尾を差し出した。沙流は一瞬驚いて仰け反ったが、体勢を立て直すと尻尾を軽く掴み、鱗を撫でる。

「そうそう、この色だ。そっか、おまえ竜族だったっけな」

その両側では万生とフィアンマが立ち上がり、同時に伸びをした。そして來を振り返ると一瞬息を呑む。

「何だよ、皆して。そんなに意外か?」

「違う違う。そうじゃなくて」

フィアンマが吹き出した。万生は両手で來とブイオを指し示す。

「お前ら二人、凄い似てるんだよ」

ブイオと同時にお互いの方を向き、見比べた。本でも読んだが、こうして見ると思った以上に似ている。頭に生えた角、背中の羽、そして尻尾。唯一違うのは、その色と尻尾の形位だ。

「兄弟みたいだな」

万生が笑った。そんな事はないのだが、だからといって全面否定するのも申し訳なく、どうにも否定出来ない。ブイオは來から顔を背けているものの、やはり否定はしていない様だ。その様子を見て、フィアンマと万生は更に笑い転げる。

「何、まさかお前ら認めたのか!?」

「誰が認めるなんて言った」

ブイオは此処になってようやく反論した。しかし、はっきり否定するとは言っていない。僕だって認める気は無いけれど、いざ否定しろと言われたら間違い無く躊躇う。このまま会話を続けると間違いなく不利になるのは明らかなので、來は意識を内側に向けた。

 …父さん。

―現実逃避は良くないぞ―

 分かってるよ。分かってる。でも…

―もういい。お前が心をもっと強くすればいいだけの事だ―

 悪かったね、弱くて。

―誰も弱いとは言っていない。今以上に、という意味だ―

 …なあ父さん、ブラウとの会話、聞いてた?

―それも現実逃避だろう。…会話はしっかりと聞いていた。不思議な事が起こるものだな―

 僕の本当の名前がアスルだって、何故言ってくれなかったんだ?

―お前がショックを受ける事位は見通している。お前はどちらの名で呼ばれたい?來か、アスルか―

 來。ずっと慣れ親しんできた名前だ、そう簡単に捨てる事は出来ない。

―そう言うと思っていた。大丈夫だ、言われなくても元からそう呼ぶつもりだった―

 だったら訊かないでよ。

―すまない。しかし、アスルという名を忘れるな。親しみは無くても、それは紛れも無いお前の名だ―

 大丈夫。しっかり留めておく。

―さあ、そろそろ戻れ。いつまで現実逃避を続けている気だ?―

その言葉を切っ掛けにして、來は意識を再び外へと戻した。


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