天空の使い 2
時計台は想像以上に大きい。上の方が青空に紛れる程だ。
「こんな高さじゃ、文字盤は読めないな」
沙流が首をほぼ垂直に上向けて時計台を見上げている。來もそうだね、と頷いた。
後頭部に誰かの手が掛かり、そのまま無理やり下を向かされる。首の辺りで嫌な音がしたが、手の主は動じていない。身を捩って振り向くと、手の主はブイオだった。
「見事に引っ掛かったな」
ブイオが嘲笑を浮かべる。そして時計台の根元を指差した。
初めは何も見えなかったが、目を凝らす内に気付く。そこには雲から浮かび上がった半透明の時計が静かに時を刻んでいた。
「上の時計は遠くから見る為の物だろ。ほら、根元を時計が取り囲んでる」
調べると、全部で十の時計が根元を取り囲んでいた。そして、その一つ一つの色が違う。來が初めに見たのは白だったが、他にも赤、橙、黄、緑、青、水色、紫、黄緑、黒があった。当たり前だが全て同じ時を刻んでいる。最後に見た時計の針は十一時五十八分を指していた。
「もうそろそろだ、聞きやすい所へ移動しよう」
シェケムが呼びに来た。その時來が居た所の時計は黒だったが、シェケムによるとその反対側にある青の時計の所に一番音が届くらしい。來はその時計の前に立ち、二本の針が重なるのを黙って待った。
針が重なると同時に巨大な鐘の音が轟き、來は慌てて耳を塞ぐ。それでも音量は十分だった。学校のチャイムに似た様にも聞こえる鐘の音が途切れる。そして、ずっと待ち望んでいた曲が流れてきた。
ゆっくり鑑賞はしていられない。流れる音を一音違わず聞き取り、脳に焼き付ける。曲が終わった頃には、曲を完璧に記憶していた。何度も口ずさみ、確認する。間違いない、これで歌える筈だ。その事を告げると、皆一様に喜んでくれた。
「おまえの脳味噌はどうなってんだ?一度聞いただけで覚えるなんて」
沙流が肩を竦め、感嘆の声を漏らす。何とも言えないので、來は黙って肩を竦め返した。
「さあ、もう一度竜のねぐらに向かおうか」
シェケムがそう言いながら指し示した先にはいつの間にか六頭のペガサスが佇んでいる。
「ぬかりは無い」
六人はペガサスに跨り、竜のねぐらに向かって飛んだ。まるで昨日に戻った様に思える。違うのはパラムとの記憶やもう一つの大きな記憶が脳に植わっている事。
火の玉に照らされた竜のねぐらの中は、石板も竜の骨もそのままの状態だった。
石板に歩み寄り、そこに書かれている文字を記憶する。そしてその言葉を曲に当てはめ、一つの歌として仕上げていった。
完成した歌をモラドに聞かせる。モラドはそれで正しい、と喜んで承認してくれた。
來は歌おうとしたが、一旦口を閉じる。そして、石板の方ではなく竜の頭骨の方を向いた。敬意かもしれない。感謝かもしれない。何故かは分からないが、その理由がなんであれそうしなければいけないような気がしたのだ。
竜の頭骨に空いた大きな目の穴を一度しっかりと見詰める。
そして大きく息を吸うと、静かに歌いだした。
月光に煌めく
風の鱗を輝かせ
羽ばたけ
風の使いよ
命の風で全ての病を消し去り
天空の風で汚れた空気を掻き乱す
その翼が生み出す流れは果てしない物
永遠に行き巡るこの世の風となる
その命の尽きるまで
風は吹き荒れ命を奪い
穏やかに流れ命を育む
穴の中でその声は反響していた。残響が尾を引いて鼓膜から消える。
次の瞬間、今まで微動だにしなかった竜の頭骨が首をもたげた。
我が目を疑った。少し離れていた他の皆も驚愕の色を浮かべ、声を上げずに來と歌恋を見守っている。
呆気にとられる來の前で、蘇った竜の骨が口を開いた。




