雲上の町 4
「いつまで泣いているの?あなたらしくないわよ」
顔を上げると、優しい眼をした紗蘭が揚魅を覗き込んでいた。
「わたしも見たわ。あなたの両親の事…」
「あなたには分かりませんよ、おれの気持ちなんか…」
顔を背ける。紗蘭には自分の今の悲しい気持ちを理解出来ないだろう。紗蘭は困った様に溜息を吐くと、揚魅の頬に触れた。
「分かるわよ、わたしだって來と歌恋を失っているんだから…。あなたは知らないだろうけれど、その後わたしもずっと泣いていたのよ。でもね、あの二人が残していった物を見て、このままじゃ駄目だって思ったの。自分がそういう境遇に遭ったからこそ、他の人が同じ思いをしなくて済むように頑張らなきゃって。あなただって泣きっぱなしじゃ駄目よ。あなたはこんなに沢山の人を救ったけれど、まだ出来る事はあるわ。此処に居る人皆で力を合わせて、この街を助けるのよ」
その言葉を聞くうち、いつの間にか涙は治まっていた。紗蘭と視線を合わせる。
確かにそうだ。泣いてばかりではどうにもならない。紗蘭の言う通り、今出来る事を全うしなければいけないのだ。
その気持ちに応えるかの様に、ポケットの中の石が輝く。紗蘭の視線がその方向に動いた。
「あっ…えっと…これは…」
ごまかしてもどうにもならない事に気が付き、石を取り出す。紗蘭はその石を見るや、目を見開いて呟いた。
「この石…まさか」
「知ってるんですか!?」
「ええ、歌恋…來の友達が持っていた石と同類の物だわ」
よく見ると、石は前拾って來にあげた物やフィアンマが持っていた物と同類だった。同じ種類の石が四つも見つかるなんて、どういう事だろう。その石があるかどうか、紗蘭に尋ねてみる。
「いいえ、歌恋が持って行ってしまったから…。確か、水色の石だったわ。二人で、風の力があるんじゃないかって話していた所だったの」
この場に石が無いのは残念だが、それだけ聞けば取り敢えず十分だ。
前拾った石は青色で水の力。
フィアンマが持っていた石は赤色で炎の力。
今この場に無いと言う石は水色で風の力。
そしてこの石は白色で…
あの時した様に、握ったり耳を近付けたりした。音はしない。握ると、暖かいとも冷たいともとれる不思議な感覚があった。どうしても掴み取れない物に包み込まれている様な感覚を覚える。幼い頃からずっと傍らにある、とても慣れた存在。これは一体なんだろう。
眩しい光が目を射た。見ると雲が途切れて太陽が顔を覗かせ、その光が窓を通って直に当たっている。
「カーテン閉める?」
紗蘭が訊いたが、首を横に振った。全く同じ感覚に捕らわれている。そして気付いた。自分を包み込んでいた掴み取れない物とは光の事だったんだ。
そう、この石は光の力を持っている。
思わず、石を胸に押し当てていた。心が温まる思いがする。紗蘭もそれが分かったらしく、優しく微笑んで静かに揚魅を見ていた。
「もしかしたら、手遅れの人を助ける方法があるかもしれない」
ふと思いついて、全員に言ってみた。皆、笑顔で頷く。
「その言葉を待っていたよ」
「そうさ、皆で力を合わせれば出来ない事なんて存在しない!」
そんな言葉が人垣から湧いてくる。揚魅は立ち上がり、礼の言葉を言おうとした。
しかし、不吉な物を連想させる音に開きかけた口が半開きのまま止まる。
ザッ、ザッ、ザッ…
ザッ、ザッ、ザッ…
―何だ?―
「あれは、一体何なんだ?」
一人が、窓の方を指差して叫んだ。皆一斉にその方向を向く。そして皆、我が目を疑った。
彷徨う人々を押し退け、屈強な男達から成る数千人にも及ぶ大軍隊が隊列を成して窓の外を通過している。皆、驚愕と恐れの声を上げながらその隊列を眺めていた。
「また…起こるのかしら…」
紗蘭が呟く。瞬時にしてその場は静まり返った。紗蘭は祈る様に両手を組み合わせ、目を伏せている。
「どうして…どうしてこんな事に…」
紗蘭はそのまま崩れる様に座り込むと、涙を流し始めた。
誰も何も言わない。ただ皆の顔を、翳りが覆っていく。
皆、黙って通り過ぎていく隊列を目で追っていた。家の中は静まり返り、紗蘭のすすり泣く声だけが響く。
物事が少しでも良い方向に傾く度に立ちはだかる大きな障害を前にして、揚魅はただ皆と共に隊列を眺める事しか出来なかった。




