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DEATHEARTH  作者: 奇逆 白刃
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雲上の町 1

「うわ、雲の上の町だ!」

万生が歓喜の声を上げる。確かに、足元は綿の様な雲で出来ていた。雲は水で出来ていて、乗ったらずぶ濡れになって下に落ちる筈なのに、どういう事だろう。

「ちょっ…おい、來!」

沙流が來の肩を激しく揺さぶった。

「何だよ、止めろって」

「いいから見てみろよ!」

振り向く。昇り竜巻の出口から、一人の少女が出て来た所だった。

「嘘だよな…嘘だと、言ってくれ」

沙流は我が目を疑っている様だった。無理も無い。

それは、歌恋だったのだから。

「歌恋!どうして此処に?」

言いながら馬を降り、歌恋に駆け寄る。歌恋は答えなかった。焦点の合っていない虚ろな目が來達を見回す。視線は來の所で止まり、歌恋は來の所に歩いて来た。

「歌恋…?」

歌恋の眼はどこか遠くを見ている様で、來の方を全く見ていなかった。焦点の合わないまま、歌恋が握り締めた右手を來の目の前に伸ばす。思わず伸ばした掌に落ちて来たのは水色の石だった。

「これ、まさか…」

「ウィンドストーンだな」

横から覗きこんだブイオが答えた。

「どうしてあんたが持ってるんだ?」

ブイオが、今度は歌恋に向けて問う。でもやはり、歌恋は答えなかった。

―歌恋、一体どうしちゃったんだよ―

これじゃまるで屍だ。生ける屍。命はあるのに思考力を失った生き物。

歌恋は今、両手を力なく下げて來の前に立っている。もはや動きは無く、呼吸を繰り返すだけとなっていた。

「歌恋!」

堪らなくなって叫ぶ。いきなり何の予告も無しに、友達が変わってしまった。苦しみとも哀しみともとれない気持ちが、口から叫びとなってほとばしる。

來は、歌恋の名を呼び続けた。何度も、何度も…

困惑の表情を浮かべた沙流に肩を掴まれても、叫び続けた。

声が段々と小さくなる。現実が、來を覆っていく。身体から、力が抜けた。

ショック性の貧血だ。

ふら付く身体。足を開いて辛うじて支える。口から漏れたのは、叫びではなく嗚咽だった。涙が溢れ出す。現実を受け入れまいとして、精神が必死に抗っている。でも、目に映る歌恋の姿は紛れもない現実だ。

再び力が抜ける。崩れ落ちる來を、沙流がしっかりと支えてくれた。額に冷たい物が落ちる。沙流もまた、泣いていた。

目を開け、再び歌恋を見る。涙で霞む視界に、こっちを向く二つの青い瞳が見えた。視界が晴れていく。歌恋の眼は、來に焦点を合わせていた。

「歌恋…」

しかし來に焦点を合わせてはいるものの、歌恋は表情一つ変えず、また声も出さなかった。立ち上がった來を青い眼が追う。

やはり、治ってはいない。來の事をどうやって見る様になったのかは知らないが、脳の機能はほとんど変わっていないのだろう。再び涙が溢れそうになって、來は慌てて目を擦った。

「大丈夫か」

ブイオが心配そうに來の顔を覗き込んだ。

「あの歌恋ってのはきっと何かの病気だ。未知のウイルスにでも感染したんじゃないの」

「だろうな」

涙の最後の一筋が頬を伝った。グアンが毛皮でそれを拭いてくれる。

「歌恋」

歌恋が來を見た。再び焦点が合う。

「一緒に行くか?」

歌恋は答えなかったが、真っ直ぐ歩いて来ると來の持つ石を包み込む様に來の手を軽く握った。

來は石をポケットにしまうと、歌恋の手を取り、シェケムを待った。


光は渦を描いて空に消えていた。

しろい…うえ…

歌恋は迷わずその光を追った。上に着くと、光はある所で途切れていた。その光の途切れた所に、石を落とす。そうしろと、何かが歌恋に告げたのだ。

なにも…みえ…な…い…

途端に視界が真っ白になった。音の無い、白い世界に閉じ込められている。

なに…なんて…いっているの…

どこか遠くで、声が聞こえた。その声は段々とはっきり、大きくなってくる。

か…れん…そういって…いる…

その声は、身体に響いた。同時に、白い中に影が見える。その影は段々と形をとり、人の姿となって目に映った。

しっている…わたしは…あなたを…しって…いる…

声を発しているのがその人物だという事に気付いた。辛そうな表情で真っ直ぐ歌恋を見詰めている。

あなたは…あなたの…なまえ…は…

「歌恋!」

鼓膜を、声が突き抜けた。瞬間、僅かな記憶が蘇る。

ら…い…?

名前だ。今、目の前に映る者の名前が、蘇ってきている。

らい…ライ…來…おもいだした…あなたは…わたしの…たいせつな…

今までは、目に映る物の全てが怖かった。けれど、この人だけは違う。怖くなんかない。それどころか、歌恋を暖かく包み込んでくれる。

來…あなただけが…たより…わたしを…みちびいて…

來の姿が薄くなる。白い世界に紛れそうになる。

まって…ねえ…おいて…いかない…で…

思わず手を伸ばす。指先が硬い物に触れた。それを握る。手の内の物は一瞬逃げ、しかし再び歌恋の手を包み込んだ。

來…わたしを…たすけ…て…

―大人しくしろ―

低い声が聞こえた。

―我の媒体となれ―

なに…なにが…

―我はシュピラーニョ。破壊と滅亡の化身なり―

きらい…わたしは…あなた…が…きらい…

―聞き分けのない事を。大人しく、我に随従せよ―

いやだ…きらい…あなた…は…わるい…もの…

―黙するのだ、蜘蛛に捕まりし憐れな蝶よ―

ちがう…わたしは…ちょうなんかじゃ…ない…

―我に全てを吸い尽くされるのが汝の定め。汝が幾程否定した所で変わりはせぬ―

いやだ…いや…

―ならば、断行するのみ―

身体が引っ張られた。白い闇の中に引きずり込まれる。掴んだ物が手の内から逃げていきそうになる。必死に身を捩り、抗う。でも、勝てない。もう駄目だ。無力さ、絶望、そんな物が歌恋を覆っていく。

このまま命の全てを吸い取られるのを覚悟し、歌恋は力を抜いた。

手を何かが掴んだ。確かな力で引き戻される。

來…來…なの…

―何だ?邪魔をするな―

歌恋を引き込もうとする力もそれと同時に強くなった。差し伸べられた手に必死で縋り付く。

―執拗な奴め…やむを得ぬ、汝の命預けておこう―

シュピラーニョから何とか逃れた。感謝の気持ちを込め、掴んだ見えない手をより一層強く握り締める。力は優しくなり、それでもしっかりと歌恋の手を握ってくれた。


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