温室の中で 5
「うわ、凄ぇなあ…」
万生と沙流が同時に感嘆の声を上げる。そこには、二本の大きな竜巻が渦巻いていた。遠くから見ると一本の様に見えても、実際は二本の竜巻が重なって見えた物だった。
良く目を凝らすと、竜巻の中に人影が見えた。右側の竜巻からは人が次々と降りて来て、左側の竜巻は逆に人を雲の上に押し上げている。どうやらこの竜巻は、エレベーターと同じ役割をしているらしい。
やがて馬に乗った一人の男が五人に気付いて駆け寄って来た。
「君達は…何だね?」
男は沙流と同じ位背が高かった。40センチ程身長差がある万生とフィアンマは、顔をほぼ垂直に上向けて男を見上げている。
「この竜巻の上はどこに通じているんだ?」
男の質問には答えずブイオが訊いた。男が一瞬眉を顰める。
「青竜とアルキュオネにより成り立つ風の町、ヴェンフォンだ。それはそうと、質問に答えてもらいたいものだね」
ブイオはやっぱりそうか、と鼻を鳴らした。
「じゃあ、答えてやる。竜族の奴が、此処に用があるんだよ」
「何、竜族だと!?…ふん、馬鹿な事を。あの氏族は全て滅びた筈だ。残虐で傲慢な人間の手に掛かってな」
男は一瞬目を見開いて戸惑った様にも見えたが、直ぐに強気を取り戻した。最後の方は、吐き捨てる様に言う。
「残虐で傲慢…ね」
ブイオがわざとらしく溜息を吐き、來と沙流を指し示す。
「そんな人間の中でずっと生き抜いてきたんだぜ?こいつらは」
「蛇亀族か」
男は沙流を見て息を呑んだ。來に視線を移す。男が動いた拍子に尖った石が飛んで来たが、來は気配を感じ取って二本の指で掴み取った。
男は初め、見下す様な視線でそれを見ていたが、徐々にその瞳孔が開いていく。
「まさか君は…本当に竜族なのか?」
「ええ、どうやら…そうらしいです」
それを聞いた男は急に満面の笑みを浮かべると來の肩を掴み、激しく揺さぶった。
「そうか…そうだったのか!嬉しいよ、身に余る光栄だ」
「あ、有難う…御座い…ます」
揺さぶられている為、言葉が途切れ途切れになる。それに気付いた男はようやく來から手を離したが、まだ頬は紅潮していた。
「いや…悪かった。でも、素晴らしい物だ。さあ、どうぞ。もちろん、友達も一緒に」
男は竜巻の方を指差した。
「こりゃまた随分と気性が荒い奴だな」
沙流が欠伸をする。その口から覗いた牙に、男が一瞬ひるむ。しかし、沙流に巻き付く蛇を見て、再び笑みを見せた。
「おお、蛇じゃないか!この世で竜に最も似ている姿をしている生き物だ」
そして沙流ごと蛇に抱き着こうとする。フィアンマと万生がかろうじてそれを押し留めた。
「分かった、分かったから!それよりも、名前を教えてくれないか」
万生が叫ぶ様に言う。男はようやく落ち着いた。
「そうだな、忘れていた。自分はシェケムという。この町で軍隊長をしている者だ」
「ああ…なるほど。道理でこんなに血の気が豊富なんだな」
ブイオが小さな声で呟いた。
「さあさあ、早く行こうじゃないか。君を竜のねぐらに案内しよう」
シェケムについて竜巻へと向かう。來はシェケムに並ぶと疑問を投げかけた。
「何故、僕が竜族だと分かったんです?」
シェケムは來に視線を投げかけ、きまり悪そうに笑った。
「済まないな…さっき君に飛んで来た石は自分がわざと蹴り上げた物なんだ」
「えっ…何故、そんな事を」
「他でもない、君が竜族である事を確かめる為だよ」
そうなんですか、と相槌を打つ。しかし内心は、あれがどう証明になるのか分からなかった。
「竜族は自分の周りを取り巻く[気]を持っているんだそうだ」
その疑問に答えるようにシェケムは口を開いた。
「君は、あの石を見ようともせずに見事に掴み取った。そうだろ?」
「…はい」
「そうだ、それこそが証明なんだ。[気]の働きによって竜族はあらゆる危険を察知する事が出来、また人の隠れた心情をも探り出す事が出来るんだ」
なるほど。確かにそれなら納得がいく。
三年前、ブイオが来たあの日、僕はその力に気付いた。自分でもおかしいと思ったし、ブイオも驚いていた。
今までも、沙流やブイオのしている事や企んでいる事が手に取る様に分かって来たのは、その力のおかげだったんだ。
「さあ、この竜巻が昇り竜巻だ。怖がらずに風の渦に座って。そうすれば、竜巻が自然にヴェンフォンに送り届けてくれるからな」
いつの間にか、目の前では竜巻が渦巻いていた。風を突っ切る様に竜巻の内側に入り、五人が全員並んだのを確かめると、皆一斉に腰を下ろす。直ぐに竜巻が五人を上へと押し上げて行った。
「下を見るなよ、透けているからな!」
下から、シェケムの声が聞こえた。
五人を見送った後、シェケムは自分も竜巻の方へと踏み出した。
背後の気配に足が止まる。振り返ると、長い金髪に青い眼をした人間の少女が昇り竜巻の方へと歩いて来るのが見えた。
「おい、そこの人間!何の用だ!」
呼び掛けにも応答は無い。よく見ると、焦点が定かではなかった。何かの病にでもかかっているのか、少女はまるで夢遊病者の様な、だがしっかりとした足取りで呆気にとられるシェケムの前を通り過ぎ、そして竜巻の中へと入って行った。
―何なんだ、一体―
良く考えると、少女の右手の中で水色の石が光っていた気がする。自分の記憶に間違いが無ければ、あの石はウィンドストーン…竜族のナチュラルストーンの筈だ。
普通の人間が何故、あの石を持っている?あの竜族の少年と何か関係を持っているのか。だとしたら、この町に来た理由も理解できる。が、しかしどうも腑に落ちない。
それとも、単なる見間違いだったのか。いや、だがそれならば此処に来た理由が分からなくなる。
一体どうなっているんだ。それとも、ただ自分が深く考えすぎているだけで、本当は特に気にする必要も無い事なのか。
―これは、早く追い駆けて自分の目で確かめる必要があるな―
しばらく考えた末、そう答えを出したシェケムは、足早に竜巻の中へと進んで行った。




