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DEATHEARTH  作者: 奇逆 白刃
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温室の中で 4

市庁舎の最上階にこもったまま、二人の男は怒りに身体を震わせていた。

「くそ、あんな子供に負けるとは!」

フォレイグンは床を踏み鳴らした。

「全くだ。わたしもうかつだったな。あいつらの力を少し見くびりすぎていた」

机に頬杖を着きながら、魔塗がそれに合わせる。フォレイグンは慌てて首を振った。

「そんな事はありませんよ、市長様。わしが無謀な賭けなどしたからです」

魔塗は答えなかった。その額に行く筋もの青筋が浮かび上がっている。

「お互いに責任をなすり付け合う訳にはいかない。わたし達は間違っていないのだ」

震える声でそう言い、魔塗はフォレイグンをしっかりと見詰めた。

「悪いのは、あいつらだ!」

叫び声がその口からほとばしった。フォレイグンは勢いよく立ち上がり、銜えていた煙草の火を揉み消す。灰皿の上には既に吸い尽くされた吸い殻の山が出来ていた。

「それで…どうしましょうか」

「何がだ」

「わしはあの時、復讐を果たすと大見得を切りました。しかし、その方法がまだ見つかっていないのです」

「それならば問題無い」

魔塗があっさりと言い切ったのを聞いてフォレイグンは呆気に取られ、その場で固まった。

「何か考えでも」

「悪魔の軍勢がまだ残っている。それに、おまえの所の軍を足せばかなりの人数になるだろう」

「なるほど」

言えば、魔界はあいつらの陣地。だから、此処まで連れ出して人間界…つまりわしらの陣地で戦おうと、そういう訳か。さすが市長。考える事が的を射ている。しかし、思いを巡らせる内ある一つの疑問に行き当った。

「あの、お言葉ですが、どうやってあいつらを此処に連れ出すのですか?」

それが分からなければ根も葉もない。市長の事だから、何か考えがあるとは思うが…

魔塗は、不敵な笑みを浮かべた。にやりと笑う。

「ところでフォレイグン、あいつらの目的は何だと思うかね?」

訊き返され、一瞬戸惑った。それでも何とか声を絞り出す。

「えっ…えっと、何かの復活…でしょうか」

「そうだ。おまえにはまだ言っていなかったな」

市長によると、市長が食い止めようとしているのはどうやら命の蝶の復活らしい。命の蝶ならフォレイグンもよく知っている。なにせ、封印した張本人なのだから。

「おまえには、その封印場所も分かるだろう」

「ええ、ですが…」

封印場所は、Deathの大穴がある場所の丁度真上だ。封印した当時はそんな穴存在していなかった。だから、今命の蝶がどこに封印されているかは全く分からない。

「おまえの言いたい事は分かっている。その時、大穴以外に無かった物を良く思い出してみろ」

言われた通り考えてみる。記憶の限り、Deathの違いはあの穴だけだ。EarthにもSkyにも違いは見当たらなかった。Sunだって、何度か病院や市庁舎の建て増しや改修はあったものの、それ自体はあのころから存在していた。

「では、もう一つ手掛かりを与えよう。わたしは、あんな大きな物をどこかへ寄贈するつもりはない」

首を捻るフォレイグンに、魔塗は一言付け足した。

「木を隠すのは?」

「森の中です」

即答した。魔塗は満足そうに頷く。

「では、封印された命の蝶を隠すには?」

「大きくて、それがあってもおかしくない様な自然の中です」

「そうだ。それを踏まえて、もう一度考えてみろ」

もう一度、当時と今を比べてみる。Earthで一番大きい山の穴に隠したのかとも思われたが、水が豊富にあり、よく旅人が立ち寄る所のため、隠すのには向いていない。第一、あの山はかなり昔からあった。考えあぐね、窓から外の景色を見る。

全てが下に見えるその中で唯一目の前にそびえる物。そうだ、わしとした事が、すっかり忘れていた。

神山。あの時、無かったではないか。

「その通りだ」

思いを読み取りでもしたのだろうか、魔塗が微笑んだ。

「Deathの大穴は神山を掘り出した後そのままだ。神山が大きすぎて、偶然魔界への道が開いてしまったという事だ」

そうか、それで全て納得した。

だが、しかし…

神山を掘り出した後そのままなら、神山は丁度掘り出した形のまま引っくり返したという事になる。当時地上にあった命の蝶は必然的に、神山の最深部にあるという事になる筈だ。そんな所への入り口など、未だかつて見た事が無い。Earthに住んではいるものの、神山へは良く出掛けていた。入口があるのなら、既に気付いていてもおかしくない筈なのに。

「龝という名の老婆を知っているか?」

唐突に魔塗が訊いた。頷く。

「神山の麓の洞窟に住んでいる占い師でしょう。しかしあの老婆は悪魔との戦いで命を落としたと聞いていますが…」

「大切なのは、老婆の事ではない。老婆の守っていた物だ」

「守っていた物?あの老婆は自ら好んであの場所に住まっていた訳では無いのですか」

魔塗はそれもあるが、と頷いた。

「命の蝶を守っていたのだ」

「それはまた、何の為に」

「理由は分からない」

市長でも分からない事があるのか。正直、驚いた。

それでも、分かった事が一つある。市長の底知れぬ自信の理由だ。

「という事はつまり、あいつらは命の蝶を目指して…」

「そう。必ずや、この地に上がって来るだろう。飛んで火に入る夏の虫、まさにその物だ」

それから、フォレイグンは魔塗と共に声を上げて笑った。ただ一つ心配なのは、やはり例のウイルスの事だが、それもこの部屋に居る限り絶対に安全なのが分かっている。さっきまで怒りに煮えたぎっていたのが嘘の様に爽やかな気分だ。

「一時期は計画が狂うかと思っていたが、結果は上手くいきそうだな」

ようやく笑いから解放された魔塗がまだ笑顔を顔に張り付けながら言った。フォレイグンも話を合わせる。

「ええ、本当に。ウイルスの方も、我が邸宅の方には行っていない様ですし。軍は全員我が屋敷に住まわせているので、こちらの方も完璧です」

「そうか、用意周到だな」

そして、もう一度大笑いした。誰もいない市庁舎に、二人の笑い声だけが響き渡る。

「それでは、そろそろ行動に移るとするか」

笑い止めた魔塗が言った。フォレイグンも慌てて笑いを抑える。

「行動ですか…そうですね。それで、何をすれば」

「おまえは軍と悪魔の軍勢を此処に集めてくれ」

「了解」

「わたしはその者達のウイルス感染経路を何とかしよう」

「しかし、良いのですか、そんなにゆっくりとしていて。あいつらがいつ来るか、わしにはすっかり分からないのですが」

心配無い、と魔塗は口角を釣り上げた。

「見た所、揃っているのは蛇亀族と凰族だけだった。來は竜族だし、後ろに居た若い猫の小僧は多分虎族で間違い無いだろう。しかし、石はまだ見付かっていない様だから、心配の必要はあるまい」

さすが市長だ。やはりしっかりと考えてある。まだあるぞ、と魔塗は更に声の調子を上げた。

「それに、角翼族はまだ見つかっていない様だ。元々気性が荒く攻撃的なあの氏族の事、そう簡単に仲間に引き入れられるとは考えにくい。どうだ、これで完全に安心したろう。幾らあいつらの運が良く、石が直ぐに見付かったとしても、最低数か月は掛かるだろうな」

自信のこもった口調と良く考えられた筋書きに、心の底から感動を覚える。

今、フォレイグンの身体は戦いへの興奮に戦慄いていた。市長も同じなのだろう、肩を僅かに震わせているのが見える。

「早く戦いたいものですね」

「本当だな。おそらくこれが最終戦争となるのだろう。そして勝つのは…」

魔塗がフォレイグンを見た。視線がかち合う。

「我らだ」

どちらからともなく、二人は声を揃えて言った。部屋の空気が一瞬にして張りつめた気がした。


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