仲間と敵、その境とは 2
「待て!」
沙流が叫び、走り出した。來達も、直ぐ後を追う。悪魔の軍勢と市長、そして軍人らしき男が居た。
「ほう、まさか自ら現れてくれるとはな。感謝するぞ、おかげで探す手間が省けた」
市長が口角を上げた。軍人らしい男が前に進み出て来る。男は沙流の所へ行き、睨み付けた。
「お前が竜族か」
沙流が首を横に振る。そして、いかにも残念そうに口を開いた。
「惜しいな。おれは沙流。竜族じゃなくて、蛇亀族だ」
「ほう、そうか。じゃあ、そっちの仲間のどれが、竜族だ?」
男の眼が來達を見回す。フィアンマが進み出た。
「言っとくけど、あたし達の中に竜族はいないわ。ちなみにあたしはフィアンマ。凰族よ」
「なるほど、そうか」
男がフィアンマを押し退け、來の前に立った。残酷な光が宿った青い眼が、真っ直ぐに來を見詰める。
「ん…お前、あの時の赤ん坊じゃないか?」
あの時の…?この男は、僕の事を知っているのか。会った覚えは無い。しかし、この男から感じる殺気や雰囲気は、どこかで見た覚えがあった。一体どこで…
「ふふん、やっぱりそうか。なあ、覚えていないのか?お前の大切な両親を殺した、張本人だぞ?」
頭の中を、閃光が貫いた。腕が振るえる。あの時見た映像が、再び目の前に浮かんできた。
槍で貫かれた竜族の男の姿がありありと浮かんでくる。槍を持つ、短い金髪の男の姿も。
手が言う事を訊かない。剣の柄を握り締める。剣が紫色に光るのを、見た。男に切り掛かろうとする…
―止めろ―
声がした。自分の内側から、声が聞こえた。あの時と同じ声に驚くあまり、來は剣を握ったまま固まった。
―何をしている。お前も同じ過ちを犯すのか―
剣が手から滑り落ちる。意識を全て身体の内側に向けた。
誰だ、誰が話しているんだ?
―お前の父親だ。名を、モラドという―
父さん…?
―そうだ。やっと、お前の記憶を頼りに心の中に入り込む事が出来た―
何故…?死んだ筈じゃなかったの?
―命の蝶に生かされているんだ―
命の蝶…
―知っているのか。実は、命の蝶について、お前に頼みたい事がある―
何?僕に、いや僕達に出来る事なら何でも、出来る限り協力するよ。
―有難う。実は、命の蝶の復活に手を貸して欲しいんだ―
復活…て事は、やっぱり命の蝶は存在するの?
―存在していた、と言う方が正確かもしれん。命の蝶は、今封印されている―
封印って…そんな、悪い物じゃないんだろ?
―当たり前だ。それどころか、命の全てを司るとても大切な存在なんだぞ―
じゃあ、何で…
―その力を邪魔だと思う奴らが居たんだ。奴らは自分達が地を支配したいが為に命の蝶を封印した―
酷い…でも別に変った風は無いけど…
―見えない所で均衡が崩れているんだ。誰も気付かない、奥深くで―
そうか…それで、封印は一体誰が?
―今お前の目の前に居る男だ。名を、フォレイグンという―
それなら、父さんを殺した人と、命の蝶を封印した人は同じなのか…
―そうだ。しかし、彼を責めるのは間違っている。彼は操られているんだ―
操られている!?誰に。
―それはまた後で伝える。今は目の前の事に集中するんだ―
フォレイグンを、倒せば良いのか。
―勘違いをするな。今彼を殺した所で、お前にとって良い事は何も無い―
じゃあ、見過ごせと?
―そうではない。全員を追出するのだ。傷を負わせるのは構わない。しかし、絶対に命は奪うな―
何故?僕にとって、こいつは憎むべき存在だ。
―彼は、歌恋の父親でもある。殺して、お前は心が晴れるかもしれない。しかし、他の者は―
歌恋の…ああもう、分かったよ。追い帰せば良いんだな、全員。
―そうだ。良いか、決して殺すんじゃないぞ―
心の声は、瞬時にして途絶えた。同時に、フォレイグンが笑いを浮かべる。
「気分は晴れたか?」
目の前の男を睨み付ける。命を奪う訳にはいかない。しかし、傷位なら…いや、故意には出来ない。
ブイオにも、言われたじゃないか。殺人は、生き延びる為だけにしろと…
「フィアンマ、君は市長を矢で穴の所に追い詰めて。ブイオと万生と沙流、君達は悪魔の軍勢を…僕は、この男をなんとかする」
小声で指示を出す。全員、即座に動き始めた。
「ちょっと待って。一つだけ、守って欲しい事がある。…絶対に殺すな」
「そんな事は、百も承知だ」
そう言い残し、沙流が走って行く。
「元は俺が言った事だ。今更あんたに言われる筋合いは無いな」
ブイオは鼻で笑い、沙流を追って走って行った。
「お前に言われちゃ、しょうがない」
万生は軽く肩を竦めた。頑張れよ、と言って二人を追う。
「…やるだけやってみるわ」
フィアンマは少し不安げだったが、市長の心臓を狙っていた矢の位置を僅かにずらした。
「それだけで良いのか?」
「ぎりぎり肩脇一センチまで逸らしたわ。プラスマイナス五ミリ位かな。市長が動かなければだけど」
この分なら大丈夫だろう。來は目の前に立つフォレイグンに意識を集中した。
「お前如きに倒される程、堕ちてはいないつもりだ」
「倒しはしない。帰ってもらうだけだ」
僕に力は無い。どうにかするとは言ったものの、此処は威圧だけで追い戻す必要がある。
フォレイグンはしばらく黙っていたが、その内顔を輝かせ、手を打った。
「分かった。わしだって、弱い者いじめをする気は無い。此処は下がって、しばらく成り行きを見守るとしようじゃないか。お互い手助けは無しでな。もしお前の仲間がわし以外の全員を穴の所まで追い戻せたら、わしは皆を引き連れ、抵抗せずに帰るとしよう。二、三匹位なら殺したって構わない。しかし、お前の仲間の一人でも殺られたら」
フォレイグンは來を真っ直ぐ見た。残忍な光がその眼に宿る。
「問答無用でお前達を全員殺す。抵抗は無しだ」
とてつもない賭けだ。その賭けを受けた所で僕はどうする事も出来ない。全ては、ブイオ達に掛かっている。
「もちろん、お前と見ている最中にお前に手出しはしない。なんなら、命に掛けて誓っても良いぞ」
僕は仲間を信じている。一瞬目をやると、皆がそれぞれ必死で戦っているのが見えた。
自分の力不足を感じる。万生とブイオはとても強いし、フィアンマの矢の技術は桁外れだ。沙流だって、玄武石を手にした今、とてつもない力を手にしている。それなのに僕は、四人の欠片程の力さえも持っていない。だから、僕が此処で賭けを退けた所で勝ち目は無い。僕を易々と殺したフォレイグンは、真っ直ぐブイオ達の元へと向かうだろう。
「分かった。その話、乗ろう」
フォレイグンは嬉しそうに笑った。勝利を確信しているらしい。
「じゃあ、あっちの高台へと行こうか。あそこなら、全てがしっかりと見える」




