仲間と敵、その境とは 1
目の前に並ぶ悪魔の軍勢を見渡し、フォレイグンは髭を撫でた。全てが満足でしょうがない。
―やっとわしにも運が巡って来たな―
しかし正直を言えば、この軍勢に一つだけ不満を感じていた。目に生気が無いのだ。これでは、相手に自信を持たせてしまう。どんなに弱い軍勢でも、見た目で圧倒すれば大抵は勝てるという物だ。その点では、強さを感じられないこの軍勢はかなり不利といえる。
いや、だが実力で戦うのが本来の戦いという物。上辺だけで中が空洞ではいけない。市長はきっとわしにその事を教えて下さったのだろう。本当に、有難いお人だ。
それになにより、この軍勢はとても強い。今までわしが率いてきた人間の戦士達も、何千人もの中から選び抜いた選りすぐりの屈強な者ばかりだったが、この軍勢はその誰よりも強い。しかもわしに従順だ。これ程良い物をそろえて貰ってそれ以上の物を望むなど、それこそ傲慢不遜そのものだろう。
それにしてもなんで、市長は竜族をそんなに憎むのだろうか。
わしが竜族の虐殺を終えた時、正直怒られると思っていた。どうしてこんなに殺した、何の意味があった、と。
しかし市長は、わしを褒め称えた。よくやった、最高だ、安心だ、と。
それからだ、わしがこんなにも残酷になったのは。反対する者はたとえ仲間だろうと容赦なく殺し、敵を片っ端から潰していく。
しかし、成功する為にはそうでなくてはならない。市長はわしを褒めるという形で戒めて下さったのだ。そんなに甘くては思い通りになどならないぞ、と。
ああ、やっぱり市長は最高だ。深く息を吐く。
無線機が音を立てた。市長からだ。
「はい、フォレイグンです」
「じつはおまえに、一つ言い忘れたのを思い出してな」
「何でしょう?」
「今回の攻撃の最終的な目的だ」
「目的…ですか」
なんだ、竜族を完全に滅ぼすだけで終わりじゃなかったのか。いや、さすが市長だ。わしが不服にならない様に、しっかりと考えていて下さっている。
「実はな、竜族が終わったら後四人滅ぼしてほしいのだ」
「お易い御用です。それで、その四人とは」
「蛇亀族、凰族、虎族、角翼族だ」
「分かりました。竜族の始末が終わり次第、直ぐに取り掛かりましょう」
「有難い。わたしも戦いに参戦する。待っていてくれ」
おお、市長に礼を言って頂いた。心が満足感に満たされる。無線機での通信を切ろうとした時、市長の呟きが聞こえてフォレイグンは思わず手を止めた。
「…あれの復活を食い止めねば…万が一、手を結びでもすれば…全ては…」
その意味を尋ねる前に、向こうから通信が途絶えた。辺りが静寂に包まれる。
市長は、一体何を言おうとしていたんだ?知りたい、教えて欲しい。
いや…今は、竜族の根絶が最優先すべき事だ。首を振り、考えを頭から消す。
時が来れば、市長から教えて頂けるだろう。それまで待つのだ。命令を忠実に実行し続け、その時を静かに待つのだ。
市長が来た。軍服を着て、肩から銃を下げている。最新式のレーザー銃だ。
「軍服が良くお似合いですね」
「いや、おまえにはかなうまい」
市長は若干照れ臭そうに頭を掻いた。有難う御座います、と頭を下げる。
「決してお世辞ではないぞ。心から言っているのだ。さて、行くとするか」
「はい」
市長と共に、馬に跨る。フォレイグンの一声で、悪魔の軍勢は歩き出した。足並みが揃い、一寸たりとも狂う事が無い。顔はまっすぐ前を向き、表情一つ変えない。
―これぞまさに理想、まさに理想の姿だ―
馬を走らせる。軍勢も後からしっかりと付いて来た。
Deathの大穴に近付く。思ったより大きい。幾ら慣れているとはいえ、こんな穴から入るのはさすがに少し不安を感じた。
市長が先に、華麗な馬さばきで穴に下りて行く。フォレイグンも後から続いた。穴は意外に深く、しかも下に落ちるに連れて狭くなっている。馬のバランスを取るので精一杯で、馬に傷は付けなかったものの、腕と足に擦り傷を負ってしまった。全く情けない。もっと力を磨かなければ…
「精進しなければな、フォレイグン」
穴の底では、市長が薄笑いを浮かべて待っていた。掠り傷一つ負っていないのは、まさに素晴らしいとしか言いようがない。
「面目ないです」
頭を下げる。市長は声を上げて笑った。
「まあ、馬に傷を負わせなかったのは素晴らしい事だ。…ほら見てみろ。此処が魔界だ」
周りを見回す。穴の狭さからは想像出来ない様な広い世界が、そこには広がっていた。
「この中から一人の者を見付け出すのはかなり厄介ですね。明らかに人間ではない物が、此処にはひしめいていますし」
「確かにそうだな。これでは始末する前が厄介だ」
市長としばらくそこに立っていた。正直を言えば、途方に暮れていたのだと思う。この人混みの中で見つけ出すのは、骨が折れる事だと思うが…いや、市長の事だから、何かいい案を考えているのかもしれない。フォレイグンは、おずおずと声を掛けた。
「あの、どうしました?」
「ああ…実は、異界にも色々あると昔本で読んだ記憶があってな」
「色々…と言いますと?」
「魔界の他に、火の国や水の国、風の国など、ありとあらゆる世界が備わっていてな、人間界もその一つだと…」
それは、そうだろう。人間界だって、魔界から見れば完全なる異界だ。しかしそれと竜族捜索と、何の関係があるんだ?
「…それが、どうかしましたか?」
「その世界は全て繋がっている、と書いてあった」
「…つまり」
「竜族がどの世界に居てもおかしくない、という事だ」
この広い世界があと幾つもある。そしてその中からたった一人を見付け出さねばならない。…一体、後何年かかるのだろう。
しかし市長は余裕の笑みを浮かべた。さすが市長。でも、現実はそんなに簡単ではない筈…
「何故そんなに余裕なのか、と訊きたいのだろう?」
しっかりと見抜かれていた。目を逸らし、俯く。
「フォレイグン。わたし達が話していた時にずっとこちらを見詰めていた猫に気付いたか?」
市長が訊いた。頷く。
「はい。白猫でしたよね?」
猫なら、不思議だったのでよく覚えている。わしらの話を聞いているかのようにずっとわしらの事を見ていた。
「あの猫は、スパイだ」
「スパイ?」
「そうだ。きっと、竜族の…いや、虎族かもしれんな」
「何故、分かるのですか?」
「あの猫には、知性があった。感じたんだ、我々は見張られていると。獲物を探し彷徨い、鼠を捕まえて喜んでいるだけの猫とは違う。主人の命令にいつも従い、それでいて自由に暮らしているという、ペットと野性の間のような存在だ」
「じゃあ…」
それ以上言う前に、市長は重々しく頷き、よく分かったな、と笑い掛けた。
全て分かっているらしい。そうだ、きっとその猫によって、あいつはわしらが攻めて来る事を知っている。きっとそれで隠れているのだろう。
だったらしょうがない。軍人として、虐殺者としての血が騒ぐ。
無差別殺人…だ。
市長も同じ事を考えたらしい、にやりと笑う。
「どこから攻めるか?」
「お任せしますよ」
だったら、と市長が腕を上げる。その指先が指すであろう方向に直ぐ動ける様、フォレイグンも悪魔達も臨戦態勢に入った。
「待て!」
鋭い声がする。構えを解き声のする方向を見ると、そこには紫色の髪と眼をした少年
がいた。




