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DEATHEARTH  作者: 奇逆 白刃
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紅に舞う者 5

「…まずいぞ」

それが万生の第一声だった。

「何がまずいんだよ」

万生は答えない。その肩に白猫が駆け上がる。

「魔界に帰るんだ。早くしないと手遅れになる」

「だから、何が」

「まただ…また、攻めてくる」

万生は酷く混乱している様だった。ブイオが溜息を吐き、沙流に視線を送る。視線に気付いた沙流は頷いて、右手を軽く振った。次の瞬間、万生の身体を小さな津波が襲う。

「うわわわわ!」

撃波に押し倒される万生。水を飲んだのか、激しく咳き込む。

「何すんだ!」

ブイオがゆっくりと座り込む万生に近付き、正面にしゃがんだ。來、沙流、フィアンマも後から万生の周りを取り囲む。

「さて、何があったのか始終話してくれないか」

万生はそういう事か、と言ってもう一度咳をすると、冷静に聞けよ、と前置きをして説明を始めた。

「次に探す物とその場所を探すのに、こいつと手分けして探したんだ」

ニャア。

それに相槌を打つ様に白猫が鳴く。その頭を軽く一撫でし、万生は続けた。

「異界側を調べてたおれの方は何も掴めなかったんだけど、その途中に人間界を調べてたこいつが帰って来てさ、てっきり見付かったのかと思って話を聞いたんだ。そしたら」

万生は唾を飲み込んだ。來も身を乗り出し、身を固くする。

「人間がまた魔界に攻めて来るって言うんだ。しかも、今回は人間が指揮をとる悪魔の軍勢なんだよ」

僅かな時間、沈黙がその場に流れた。

でも、とフィアンマが口を開く。

「前に人間が攻めて来た時はあなた達三人で勝てたんでしょ。今回はあたしや沙流もいるし、力も持ってるし、もっと自信を持っても良い筈じゃない」

確かにそうだ。万生は恐いもの知らずって感じがする。それなのに、何故こんなに怖じているんだ?

「…今まで誰にも言ってなかったんだけどさ」

万生が目を伏せる。その肩は僅かに震え、恐れと怯えが伝わって来た。

「おれの両親は…悪魔に殺されたんだ」

「悪魔に!?そんな…信じられない」

「真実さ。しかも、魔界の悪魔にだ。おれの目の前で…それがおれにとって唯一の…トラウマなんだ」

「いつの事だ」

ブイオの表情が真剣になった。

「十一年前。おれが一歳になるかならないか位の時だ」

そんな頃の記憶、僕には残っていない。そもそも、そんな昔の記憶が普通残る筈はない。

よほど心に残るショックだったのだろう。

「他に生き残った人はいるのか?」

万生はかすかに首を振った。

「いや。その時はおれともう一人…おれを助けてくれたばあちゃんも居たんだけど、そのばあちゃんは丁度五年前に死んだ。ほらブイオ、おれが魔界に来た時、あれはばあちゃんが死んだから来たんだ」

「なるほどな。そんな理由が…ね」

いつも思っていたのだが、耳と尻尾の生えた万生の姿はどこかで見た記憶がある。初めは、Sunにこんな格好をした人が居たからだと無理に納得しようとしていたが、納得しきれない。何故かと理由を考えていた。その理由が分かったのがこの前。

万生は本物なんだ。

Sunに居た人達にはどこか必ず違和感があった。人工的な雰囲気を漂わせていた。でも、万生は違う。極自然に、一体となっていたし、気にもならなかった。

しかし、過去に万生と会った記憶は無い。本で見たのかとも思ったが、一向に思い出せない。僕の記憶力なら、一度読んだ本の内容を思い出す事は容易だ。だから、本当に読んでいないことになる。

じゃあどこで見たんだ?

Sunに居た頃の記憶をもう一度引っ張り出す。次々と浮かんでくる記憶の中、妙に強く何かを感じる物があった。

幼い頃…夜…雨の中…

そうだ…思い出した。幼い頃見た夢の中に出て来た、それが万生だった。

夢で見た万生は今よりもっと小さくて、七歳位だったのを覚えている。

地面のぬかるみに裸足で立っていた。激しく打ち付ける雨の中、雨をしのぐ事もしようとせず、ずぶ濡れになってじっとこちらを見詰めていた。

絶望と喪失感、不安に満ち溢れた銀色の瞳。

濡れて輝く銀色の髪と、そこから覗く白い耳。

水が滴り、地面に着きそうな程力無く垂れた白い尻尾。

その四つ…その四つだけを、はっきりと覚えている。だから、万生だと直感した。でも、何故そんな悲しい表情をしているのか、それが理解できなかった。

今の話を聞いて、やっと理解した。万生が七歳なら、丁度五年前。あの時の万生は、きっと大切なお婆さんを失った直後の姿だったんだ。

それでも分からない事がある。何故僕の前に現れた?何を伝えたかった?

分からない。目の前に居る少年を見詰めた。

銀色の瞳、銀色の髪、耳、尻尾。間違いない、あの時のままだ。ただ一つ違うのは、その瞳に希望と喜びが映っていた事。今、あの夢の事を思い出したのは、今の瞳にあの時と同じ不安が見えているからかもしれない。

―もしかしたら、僕らが出会う事を暗示していたのかな―

何となく、そんな気がした。真実は分からない。でも、良いじゃないか。そういう事にしておこう。

「大丈夫、僕らが居る」

その言葉が口を衝いて出た。自分でも驚く程自信に満ちた言葉だった。万生が驚いてこっちを見る。そして目を細めて微笑んだ。

「…有難う…」

いつの間にか、万生の眼には涙が光っていた。万生はその涙を拭い、今までの落ち込みを振り切るかの様に立ち上がる。

「さあ、行くか。怖がってても始まらないよな、時間も無いし。…今のおれには仲間が居る。大丈夫、もう負けない」

万生が來を軽く見た。その瞳からは不安が消え、いつもの様に希望と喜びに満ちている。安心した。來も心からの笑顔を向ける。

―そうだ、それが君のあるべき姿。大丈夫、君は負けないよ、万生―


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