紅に舞う者 2
フラムフエゴには、次の日の朝早くに着いた。フレイアを必要な分だけ残し、後は馬屋に戻しておく。その後、人目を避けながらフィアンマの案内で神殿へと向かった。
「あたしがいつも行くのは、この奥にある部屋なの」
神殿の奥には、隠された様に細い通路があった。その通路に入り、奥に進んでいく。
「やけに暑いな」
ブイオが汗を拭った。沙流が蒸気を出して冷やしているが、とても追い付かない。
「そりゃそうよ。朱雀には火が欠かせないもの」
百メートル程進んだだろうか。急に開けた場所に出た。あの神殿のどこにこんなスペースがあったのかと思う程、広い。
正面に、翼を広げた大きな鳥の像があり、その周りを、四つの男の像が取り囲んでいた。足元には火が燃えていて、ガシュルと見た洞窟の中と非常に似ている。
「中央の像は朱雀で、周りの像はアグ二よ。あたしから詳しく説明するけど、アグ二は火の神で、水から生まれたとされていて、その浄化力が重んじられているらしいわ」
「…へえ」
「それで、あなたが言ってた凰族って何?」
フィアンマがブイオの方を振り向いた。万生が、ブイオに替わって説明する。
「ふーん、それであたしの事を凰族だって疑った訳か」
フィアンマが納得した様に頷いた。
「でも、朱雀石を出すには、ガシュルみたいに呪文を唱える必用があるんじゃないか?」
万生が首を捻る。なるほど、もっともな話だ。
「フィアンマ、呪文を知らないか?」
「知らないわね。あっ、でも前にお母さんが言ってた。血筋の者が歌えば奇跡が起こるって」
「凰族の血筋で、歌えば朱雀石が現れるって可能性はあるな。その歌、歌えるか?」
腕組みをしながらブイオが訊いた。
もしかしたら、これが最後の頼みの綱かもしれない。フィアンマが歌えれば良いが…。そして、この歌が朱雀石へと繋がる鍵となってくれれば良いが…。
フィアンマは俯き、何かを確かめる様にしばらく口を動かしていたが、しばらくして自信ありげに頷いた。
「ええ。お母さんから教えて貰った。かなり昔だったから忘れてるかと思ったんだけど、今確かめてみたらしっかりと歌えるみたい」
フィアンマは像の前に進み出ると、像を真っ直ぐに見詰め、大きく息を吸った。その顎が僅かに上がる。
歌が流れてきた。荒々しく、穏やかに、心に染み入ってくる。
澄んだ、よく通るフィアンマの声は、そのメロディーを乗せて空間中に広がり渡った。
火は心を温め
峭寒より救い出す
火は燃え広がり
命を焼き尽くす
死の炎よ
燃えあがれ
全ての悪を灰に変えて
命の炎よ
燃えあがれ
死の淵から命の只中へ
とめどなき流れを
生み出せ
フィアンマが一言歌い上げる度に、壁の所々に灯る火から一筋の赤い光が朱雀像に向かって伸びていった。その光は、朱雀像の開いた口の中に集まり、それは徐々に火の玉と化していく。
最後の一文字をフィアンマが歌い上げると共に、火の玉は消え、その中から輝きを放つ紅い卵型の石が現れた。
朱雀石だ。
石の中では炎が燃え、石の表面には紅い羽の様な模様が浮かび上がっている。朱雀は鳥の姿をしているから、この石が朱雀石である事は間違いないだろう。ブイオが空気の弾を撃ち込み、朱雀像の口から朱雀石を弾き飛ばした。すかさず万生が瞬発力を活かして走り、落ちてきた朱雀石をキャッチする。そして、ゆっくりした足取りでフィアンマの所に歩くと、朱雀石を差し出した。
「ほら。お前のだ」
フィアンマは、心がそこに無いかの様にしばらく固まって朱雀石を見詰めていた。こくり、とその喉が上下する。
そして、ゆっくりと手を伸ばし、朱雀石に手を触れた。その手を通じて、紅い光がフィアンマの身体を包み込んでいく。その光は、唐突に掻き消えた。
フィアンマの背中には、大きくて真っ赤な鳥の羽が生えていた。爪は長く伸び、髪も今までより長く伸びている。朱雀石は、首から下がっていた。
「どうやら、あなた達の言った通りみたいね」
フィアンマが、肩を竦める。その笑顔は、嬉しい様な、戸惑っている様な、不思議な笑いだった。
神殿を出て、フィアンマは頭上を振り仰ぐ。次の瞬間、その身体は遥か上空を舞っていた。
「なんか、優雅だな。大きな鳥が飛んでるみたいだ」
万生が羨ましそうに言った。ふーん、と言ってブイオがその背後から万生を抱え上げ、舞い上がる。
「ほら、これで満足か」
万生が笑顔になった。フィアンマも二人に近づき、三人は上空で楽しそうに話し始める。
「ずるいよなぁ…」
沙流が隣で頬を膨らませた。
「何だか、除け者にされた気分だ」
「しょうがないだろ。僕らは飛べないんだから。でも、確かに少し羨ましいな」
沙流が、半分拗ね始めてきた。慌てて口に手を当て、三人に向かって叫ぶ。
「おーい、早く降りて来ないと沙流が手を付けられなくなるぞ!」
離れているというのに、ブイオと万生の顔色が変わったのが読み取れた。二人は即座に急降下して地面に降り立つ。
―恐るべし沙流パワー、だな―
「どうしたのよ?」
フィアンマが高度を徐々に下げ、低空飛行しながら四人に並んだ。
「どうしたってあんた、沙流はな」
ブイオの表情が固まった。目を皿の様にして、朱雀石を見詰めている。
「ちょっと、皆来てみろ。…誰か説明してくれ」
首を捻りながら皆で近付き、朱雀石を覗き込む。朱雀石の中には、炎が燃えていて、特に変わった所は無い。
「何言ってんだ。よく見ろ」
ブイオの真似をして目を皿の様にし、朱雀石の中を覗き込む。よく見ると、燃え盛る炎の中に紅い玉があるのが見えた。
そしてそれを発見した時、フィアンマを除く皆は一様に同じ言葉を発していた。
「何故、フレイムストーンが此処にあるんだ?」
フレイムストーンは、凰族に特性を与えるナチュラルストーンだ。これを手に入れる事によって、凰族…フィアンマは、炎を操ることが出来る様になる。何があったかはいまだに理解出来ないが、とにかく、これで凰族の氏族の石とナチュラルストーンは両方一気に見付かったという事だ。まあ、良かったという事にしておこう。
それで強引に解決しようとしたのだが、次のフィアンマの言葉に皆、呆然となった。
「ああ、この石?これは、あたしが神殿で拾ったのよ。なかなか、話す機会が無くて」
何故、そんな大事な事を早く言わないんだよ!
皆、そう思ったんだろうな…。
「でさ、フィアンマ」
万生が口ごもりながら切り出した。
「あの…言いにくいんだけど、おれ達と一緒に来てくれないか。凰族として、きっと必要になってくると思うんだ」
フィアンマは一瞬固まったが、次の瞬間吹き出した。
「何、そんなにもじもじしてんのよ。良いに決まってるじゃない。正直言ってね、あたしもあなた達に頼もうかと思ってたのよ。一緒に行っても良いかって。何だかあたし、あなた達の事気に入っちゃったみたいで」
皆笑顔になった。ブイオがフィアンマの前に進み出て、手を差し出す。
「じゃあ、改めて歓迎するよ。宜しくな、フィアンマ」
「宜しく」
ブイオとフィアンマが握手する。それを切っ掛けに、來、万生、沙流も次々に手を重ねていく。
こうして僕らは、運命を共にする事を決意した…と思う。
さあ、次の目的地探しだ。




