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DEATHEARTH  作者: 奇逆 白刃
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再会と別れ…再び 2

病院は、相変わらず人が少なかった。病気になる人も、怪我をする人もそうそういないから、当然といえば当然なのだが。

「問題は、どうやって入るか、よね」

ロビーの椅子に六人は並んで座った。確かに、道筋が分かっても口実を見付け出さない限り、中に入るのはほぼ不可能だろう。

「強行突破でもするか?」

沙流が立ち上がった。フィアンマがそれを止める。

「駄目よ。もしそれが成功したとして、Sunの住民の中で困る人が出て来ないとは言い切れないわ。皆が皆、悪い人な訳じゃないんだから」

「そこなんだよな…」

沙流が再び座った。

万事休す…か。

関係者専用の扉の中から、二人の男が出て来た。不満や愚痴を言っているらしい。ブイオが來達に伝えてくれた。

「くそ、あいつらめ。一体誰が成功させたと思ってるんだ」

「だよな。あいつらは単に移植をしただけ。幽体離脱とか言ってるけど、実際どれだけ苦労して成し遂げたかこれっぽっちも分かってないんだからな」

「市長の計画の成功に、これで貢献出来ると思ったのに。また実験体の集め直しだ」

「マザーボールも作らないとな」

揚魅の顔色が変わった。弾かれた様に椅子から立ち上がると、男達の所に行く。

「おい、おまえらよくも」

何だ、一体どういう事なんだ?何か、揚魅の気に障るような事でもしたのだろうか。

男達はしばらく揚魅の顔を見詰めていたが、その内一人がはっとした様に揚魅の頬を軽くつねった。揚魅がその手を払い除ける。どうやら男達は揚魅の事を知っているらしい。満面の笑みを浮かべている。

「D-26じゃないか!よく逃げ出して来たな」

「うるさい、身体を返せ!」

「はは、君一人じゃ元の身体に戻るのは無理だろう。まあ、だからといって手伝う気は我々には無いが…いいだろう、身体を見せてやる」

さっき出て来た扉に三人は入っていく。呆気にとられて五人は動けない。扉に入る直前、揚魅が合図を送ってきた。来い、と言っている。しかし、この人数では気付かれずに付いて行くのは難しい。咄嗟に判断を下したのはブイオだった。

「來、沙流、行って来い!」

「でも、戦うなら僕より君の方が」

「いいから行け!」

扉は閉まりかけている。これ以上は反論する暇も無く、來と沙流は全速力で扉へと走った。

薄暗い通路が、延々と続いている。その真ん中を二人の男は並んで歩き、後ろに揚魅が付く。その後ろにくっ付く様にして、來と沙流は前屈みになって並んで歩いた。通路の左右に、[衛生管理局][住民育成局]などと書かれた扉が並ぶ。[治安実験局]と書かれた扉は一番奥にあった。

扉の中は打って変って明るい。またも長い通路と左右の扉があったが、通路はかなり曲がりくねり、扉も局の名前ではなく、[脳造成課][臓腑移植課]などの課の名前になっていた。それにしても、この中を迷わず歩けるとは…こんな、蜘蛛の巣の様な所を。

「さあ、ついたぞ」

さっきから思ってはいたが、二人の声は嫌な響きがする。この建物を蜘蛛の巣に例えるならば、二人は獲物に近付く蜘蛛だ。そして獲物は…

[精神結合課]と書かれた扉が開く。來と沙流は入り口近くの観葉植物の陰に隠れ、部屋の様子を窺う。そして、思わず目を疑った。

ピンク色をした無数の触手が壁の穴から伸び、何かを包み込んでいるかの様に一つの塊となっている。宇宙人を培養している様な、そんな雰囲気だ。

「なあ、まさかあれが揚魅の身体って事ないよな?」

小声で沙流に訊く。沙流は曖昧に頷き、ピンク色の塊を指差した。

「あれ、じゃなくてあれの中身が、なんだろ」

揚魅が隣に来て座り込む。

「ちょっ、揚魅、何でこっち来るんだよ」

揚魅は答えない。ただ黙って俯き、唇を噛み締めている。よっぽど辛かったのだろう。

「そうか、分かったぞ」

沙流が薄笑いを浮かべながらこっちに向かって歩いてくる二人の男を指差す。

「揚魅は、あいつらが近づいて来る事を見越して座ったんだ。だから…倒せと」

言い終わるや否や沙流が飛び出した。一番近くに居た男を投げ飛ばす。

―腕を上げたな―

感心している暇は無い。來も続いて飛び出すと、男と取っ組み合いになっている沙流の脇を通り越し、もう一人の男の腹に拳を撃ち込んだ。男がうずくまる。

「來、拳銃を!」

沙流の声がした。さっき殴った男が拳銃に手を伸ばしている。來は慌てて拳銃を蹴った。

沙流はかなり苦戦している様だった。男から何とか拳銃を奪おうとしているが、なかなか上手くいかない。

男が拳銃の柄で沙流の頭を殴った。沙流が倒れる。まさかとは思ったが、嘘じゃないらしい。沙流は気を失っている様だった。

沙流から解放された男がにやりと笑い、來に拳銃を向けた。さっきの男も痛みが治まったのか、背後から來を抑える。男の指が引き金に掛かった。その指にゆっくりと力が加わる。必死に身を捩るが、男の力は意外に強く、びくともしない。

―駄目だ、撃たれる―

目を閉じた。奇跡でも起こらない限り、助かるのは不可能だろう。こんなに呆気なく負けるとは…

「大人をなめんなよ」

男の声が聞こえた。どうして直ぐに引き金を引かない。殺すなら早く殺せば良いじゃないか!

銃声がした。ああ、遂に男が引き金を引いた。でも、痛みが無いし、意識が薄れる様子も無い。不思議に思って目を開けるのと、來に拳銃を向けていた男の腕から力が抜け、その場に崩れ落ちるのが同時だった。

揚魅だ。さっき來が蹴った拳銃が偶然揚魅の方向に滑り、その拳銃で揚魅は男を撃っていた。

揚魅の手が震えている。僕と同じだ。大切な人を守る為に取り返しのつかない重い罪を犯す。同じ事をした。

しかし…それで終わりじゃなかった。揚魅の目からは光が失せている。完全に我を忘れた目だ。銃口をゆっくりと來の方に向ける。銃口はぴったりと來の頭上…もう一人の男の眉間を狙っていた。

「揚魅、止めろ!もういい、これ以上…揚魅!」

來の声は揚魅に届いていない。グワン、と鈍い音がして、男が崩れ落ちた。揚魅は拳銃を持った腕を力なく下げながら、表情一つ変えず冷たい眼で倒れた男を見下ろしている。

來は、立ち尽くしていた。頭が回らない。俯き、見開いた眼に映る床は血に染まり、揺らいでいた。膝から力が抜ける。床に膝を着き、手を着くと、目から涙が溢れ出した。自分でも分からない。何故泣いているのか、今の気持ちが何なのか…

カタリ、と何かが床に落ちた。続いて足音がして、ぼやけた視界に足が二つ入る。顔を上げると、何かが抱き着いて来た。

「來…來っ!」

「揚魅…」

來の腕の中で、揚魅の身体は震えていた。來の肩に顔を埋め、むせび泣いている。

「おれ…とんでもない事を…」

分かってる、僕だって同じさ、と何度も繰り返す。揚魅もようやく落ち着いてきた。

金属音がする。気が付くと、あれだけあった触手が全て壁の中に消え、ガラス張りになった隣の部屋から沙流が出て来た所だった。まだふら付いている。

「簡単な単一回路だったからな。コード一本切ったら終わりさ」

沙流はにやりと笑うと、脱力し、その場に座り込んだ。揚魅と一緒に駆け寄る。

「心配は無用だって。まだ少しくらくらするだけだ。それよりほら、早く揚魅を」

ああ、そうだった。

塊があった場所に、揚魅の身体があった。静かに横たわっている。見た所、傷は付いていない様だ。傍らに、揚魅が膝を着く。

「おれの頭を開けて、中に丸い球が入ってるから、取り出してほしい。取り出したら、それをおれの身体の頭にあてがって割ってくれ」

言われた通り、揚魅の頭に手を掛け、開く。中には黒い機械がぎっしり詰まっていて、その中に透明な丸い球が一つ入っていた。

「見つかったか?」

「うん、あった。今から取り出すよ」

「ああ。出したらおれは動かないから、気ぃ付けろよ」

「了解」

機械を壊さない様に慎重に球を取り出す。言った通り、揚魅は動かなくなった。続いて横たわっている揚魅の頭に球をあてがい、手に力を込める。思ったより簡単に球は割れた。これで全て合っている筈。

祈る様な気持ちで押し黙っていると、揚魅が目を開けた。來の顔を見て笑顔になる。

「有難う、來。おかげで本当の身体に戻れた」

思わず抱き着く。久々に見る本物の揚魅だ。暖かくて、心臓がちゃんと動いていて、呼吸している。

揚魅から離れると、揚魅は首を回したり手首を捻ったりして、身体に異常がないか確認した。そして思いっきり顔をしかめる。

「…風呂に入りたい」

來は、笑いながら手を貸し、揚魅を立たせた。

「服は持って無いんだけど」

「どうしようか…ああ、そうだ」

揚魅はおもむろにアンドロイドの身体の頭を閉じると、額と額をくっつけ、目を閉じた。次の瞬間、揚魅の身体は崩れ落ち、アンドロイドが目を開ける。

呆気にとられる來をよそに、アンドロイドの揚魅は人間の揚魅の身体を抱え上げた。

「これでよしっと」

「揚魅…いつの間にこんな芸当出来る様になったんだ?」

「多分だけど、最初強引に幽体離脱させられた時に、魂と身体が完全に分離しちゃったんだな。それで、移動が可能になったんだ」

「便利だな」

「何言ってんだ、馬鹿。体験してみろ、凄い気持ち悪いんだぜ。なんなら、やってみるか?沙流に頼んで」

「いや、遠慮しとく」

家に帰り、人間の姿に戻ったら揚魅はアンドロイドの身体をどうするだろうか。壊すか、捨てるか、保存するか…あるいは、今みたいに乗り換えながら過ごすのかもしれない。

「その様子からして、失敗したのか?」

振り返ると、ブイオがいた。違う、と事情を説明する。ブイオはなるほど、と頷いた。

「へえ、随分と便利なもんだな。けど、だからといって俺の中に入り込んで来たりすんなよ」

「分かってるって。そんな事して、後が怖い」

分かってるじゃないか、とブイオは鼻で笑った。そして、扉の方を指差す。

「さあ、戻りましょう。皆様、お待ちかねでいらっしゃいますよ?」

「うえ、何だよその敬語」

揚魅が大袈裟に顔をしかめ、身を引いて見せた。思わず失笑する。

「ふん。ほら、早くしろ」

ブイオが扉の向こうに消える。來と揚魅も大笑いしながらその後を追った。


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