再会と別れ…再び 1
「來、どうしたんだ、一体」
ブイオ達が走って来た。來を、そして來に抱き着いている歌恋を見て手を打つ。
「なるほどな。彼女を見付けて思わず駆け寄ったって訳だ」
「違う。歌恋は別に彼女なんかじゃ…」
「ごめん、來。私の方が年上なのにね」
歌恋が顔を上げた。そして來の近くに立つブイオ達を見て、軽く息を呑む。
「やだ、見られてた。沙流に…えっと」
「そうか、後全員知らないもんな」
沙流がそう言って一人一人を紹介していく。歌恋は黙って聞いていたが、ブイオが紹介されると、笑顔を浮かべた。
「そう、ブイオ、あなたが來の…」
「えっ、知ってるのか」
思わず聞き返す。ブイオの事を、歌恋に話した事なんてないのに…
「そうは言うけどね」
歌恋が笑う。沙流もにやりとした笑みを浮かべた。
「結構聞こえてたわよ。懐かしい人が居る、とか、会いに行きたくても居場所が分からない、とか」
「そうそう。おれもよく訊かれたっけなあ、地図持って無いか?って」
沙流が意地悪く笑う。赤面した。自分でも無意識の内に、ブイオの事をこんなに話していたなんて…。
「でも、安心した。恋人だったらどうしようって本気で思ったんだから」
安心?僕に恋人がいても、歌恋には何の関係も無いと思うんだけど。
「ほんとに鈍いな、あんたは」
ブイオが口を挟んできた。
「つまり、歌恋はあんたの事が」
「そ、そうだ!」
歌恋が無理に明るい声を出した。
「待ってて、紗蘭を呼んでくる」
「待って!」
歌恋を止めた。ドアの取っ手に手を掛けたまま、歌恋が振り向く。
「…逢いたくない」
「そんな、あなたのお母さんじゃない。どうして?」
紗蘭は手の届くところに居る。今まで逢いたいと願ってきた。でも、逢いたくなかった。怖じている。自分の気持ちが揺らぐのを、きっと怖じている。この気持ちを貫き通すには、今、此処で我慢しなければならない。
「僕は帰って来た訳じゃないんだ。また、戻らなきゃならない。今母さんに会ってしまったら、戻れなくなるかもしれないから」
「そう…でも、あなたが来たって事位伝えても良いわよね?」
個人的な気持ちとしては、そうして欲しかった。しかし、その事を伝えられた紗蘭はどう感じるだろうか。きっと、僕に避けられていると、感じるのではないだろうか。手紙から意思を読み取った紗蘭なら、分かってくれるかもしれない。でも、そうとは限らない。紗蘭を悲しませたくない。今に始まった事ではないが。
「止めてくれ」
ゆっくりと首を横に振る。
「それに、もう行かなくちゃ。やらなきゃいけない事があるんだ」
歌恋に背を向け、歩き出す。視界の端で、歌恋が俯き、唇を噛みしめているのが見えた。
「なあブイオ、さっき何て言おうとしたんだ?」
「ああ、あれ?」
「來!」
歌恋の声がした。振り向く。歌恋が目に涙を溜めて來を見ていた。
「待ってるから!いつまでも…あなたは私にとって大切な、一番好きな人だから!」
「言う必要が無くなったな」
ブイオが呟いた。
…そうか。もう言われなくても分かる。歌恋は僕の事を…
歌恋に向かって大きく手を振る。そして、ありったけの声で叫んだ。
「絶対帰って来るから!約束する、君や、母さんの所に、きっと戻って来るよ!」
歌恋が大きく頷いた。來は再び背を向け、歩き出す。
「良いな、あたしも青春したい」
フィアンマが頬を膨らませた。
「それなら此処に、良い男が居るけど」
揚魅が自分を指差す。
「アンドロイドでしょ。本物が凄い不細工だったらどうすんのよ」
「本人が言ってるんだ、これほど確かな事はない」
「ふん、どうだか」
万生は、複雑な表情でそれを見詰めていた。でも、と呟く。
「なんだかんだ言って、楽しそうだよな、あの二人」
「どうした、万生、揚魅に妬いたのか?」
ブイオが鼻で笑う。万生は顔を真っ赤にした。
「なっ…んな訳ないだろ!お前こそ、さっきの歌恋って奴に妬いてんじゃないの」
「逆だろ。それを言うなら來にって言えよ」
「どうだかな。お前の事だから、案外來の事が好きだって事も十分有り得る」
「そんな趣味は無い」
沙流がくすくす笑いながら來の隣に来た。
「おまえは、どう思う」
「どう思うって?」
「おれ的には、フィアンマと揚魅がくっ付きそうな気がするんだけどなあ」
なるほど、そういう訳か。
「僕は、フィアンマと万生だな」
「そうか?」
人から見れば、さぞかしおかしな光景だっただろう。言い合いする男女、悪魔と猫のバトル、そして、冷静に観察しながら互いの意見を述べ合う一風変わった二人の人間。しかも皆、燃える毛を持つ馬に乗っているのだから。
それで、と言いながら沙流が來の前に移動し、手でハート形を作る。
「おまえとブイオ、だよな」
「はあ?馬鹿か、有り得ないだろ、そんなの」
沙流に殴り掛かる。
「勝手な事ほざくな」
後ろからやって来たブイオも沙流の胸元を締め上げた。
「こら、逃げんなブイオ!」
万生もそれに加わる。
「あたし達の事話題にしないでよね」
フィアンマと揚魅も更に飛び掛かって来た。
こうして六つ巴の戦いが始まる。
ああ…。
しばらくして、全員が地面に倒れ込んだ。
揚魅を除いて皆肩で大きく息をしているが、特に怪我をしている訳ではない。それもそうだ。ブイオは攻撃を全てかわしているし、沙流は背中で防いでいる。万生は襲われると、自分の頭に乗っていた白猫を盾にした。揚魅はアンドロイドだし、僕とフィアンマは襲われた覚えがまず無い。
フレイアは、混乱をうまく避けて道の端に固まっていた。
「こんな事してて良いのかな」
フィアンマが言った。そりゃそうだ。
「良いんじゃないの、準備運動って事で」
揚魅が立ち上がる。
「いいか、気を抜くなよ。これからが本番だ」
來も起き上がり、身を固くした。ブイオが、冷めた目で揚魅を睨む。
「全部あんたの為にやってるんだ。立場をわきまえろ、ったく」
「はいはい、分かりましたよって」
フィアンマが皆の中心に進み出た。全員を見回す。
「今からあたし達が向かうのは、保健機関治安実験局精神結合課。保健機関…病院の、かなり奥の方にあるわ」
「よし、そんじゃ行くか」
沙流がフレイアに跳び乗った。相変わらず身の動きが軽い。ブイオ、万生と続く。フィアンマ、揚魅、來は慌ててその後ろを追い駆けた。




