次なる目標を求めて 4
「まず、凰族の居場所が分かった」
「どこにいるんだ?」
「フラムフエゴ」
「フラムフエゴ?」
「炎の都市だ」
なるほど、玄武は水、朱雀は炎って訳か。
「それで、いつ行くんだ?」
「あんたの都合次第だな」
「僕は今直ぐにでも良いよ」
「だったらそうしよう。俺が全部話し終えたら出発だ」
追及の事は忘れてくれたか?
來はそっとブイオの顔色を窺った。
「ああ、あんたが見た事については移動中にしっかり聞かせて貰うから心配すんなよ」
ブイオが悪戯っぽい笑みを見せる。
くそ…忘れてなかったか。
「この、悪魔!」
「そうだけど」
「…う」
言葉に詰まった。大体人を馬鹿にする時は悪魔という言葉を使う。そう言えば相手は膨れて立ち去る事が多い。例外は二人、沙流と揚魅だけだ。この二人との会話は決まっている。
悪魔!
はいはい、何とでも。
…だもんな。
何より、その後の笑顔が怖い。目が笑ってないのを見て、僕は即座に両手を上げて無条件降伏をしてしまう。
だが、ブイオの場合は…
「元々悪魔だもんな」
万生が口を挟んできた。足音が聞こえない所はさすが猫。感服する。
「悪魔に悪魔っつっても、効果無いもんな。全く持って扱い辛い」
「あんたは俺の保護者か」
ブイオが舌打ちした。
「保護者だとしたら?」
「生憎俺に化け猫の親戚はいないんだ」
「だから、おれは化け猫じゃねぇっつの!」
言うが早いか、万生はブイオに跳び掛かった。不意を突かれ、ブイオがよろける。お互い体制を直す間も無く取っ組み合いが始まった。
「來、手伝ってくれるか」
大きな溜息が聞こえた。いつの間にか沙流が横に立っている。
「もちろん。でも何を」
「万生は頼んだ」
沙流は答えず、二人の間に飛び込んだかと思うとブイオの腕を掴んで投げた。一本背負いだ。さすがは柔道部主将。
ブイオが跳ね起きる前に沙流は地面に押さえ付けた。尚も跳び掛かろうとする万生を來は慌てて捕獲する。万生は僕の腕から抜け出そうと身を捩っていたが、しばらくして落ち着いた。
「不意打ちはずるいだろ」
沙流に解放されたブイオが万生を睨み付ける。
「お前に言われたくないな」
万生も負けじと睨み返す。また喧嘩が起こりそうな気がして來は万生の肩を掴んだ。
「離せよ、來。跳び掛かるなんていう幼稚な事は、おれはしないから」
「今まで数え切れない程跳び掛かってるのに、よく言うよな」
すかさずブイオが口を挟んだ。
「お前の感覚がどうにかなってんじゃないの」
その言葉に万生が食らい付く。
「おまえらいい加減にしろよな。本気で蹴り飛ばすぞ!」
沙流の一喝に二人の動きが止まり、黙り込む。お互い無言でブイオは両手を上げ、万生は土下座した。
「ブイオ、來に説明したか?」
沙流に訊かれたブイオが指を鳴らす。
「ああ、そうだった。どこまで話したっけ」
「説明が終わったら直ぐに行こうって所」
「そうそう。それで、ウォーターストーンの事なんだが、ガシュルに聞いた話と俺達が体験した事を組み合わせて考えた結果、歌が深く関係しているみたいなんだ」
「歌って、沙流が歌ってた?」
ブイオが頷いた。その後ろから沙流が顔を出す。
「という訳で、論理的思考が超得意な來様に是非とも説いて頂きたいと皆で意見が一致しまして」
何だと!?…聞いてないぞ、そんなの。
しょうがない、僕からしたらブイオの方が得意に思えるんだけど、折角だし、期待に応えてやるとするか。
さっき聞いた歌の歌詞を思い出す。
命は芽生えるっていうのはつまり、生まれるって事だ。
青い空の下…つまり晴れの日に。
果てしない草原に一人、これはそのままだな。どこかの広い草原で生まれ、その時は既に仲間が周りに居なかった、と。
命は居場所を失う、此処で沙流が人間界に来た事を表している。
まとめると、晴れた日に広い草原で沙流は生まれ、その時には親も仲間も既に失っていた。そしてなんらかの理由で人間界に来ることになった。
つまり、ウォーターストーンの場所はとても広い草原で、なおかつ晴れている所、だと。
さて…こういう地理的知識はブイオに訊くに限る。
「凄く広い草原があって、晴れている所ってどこだ?」
「聞いた事無いな。人間界には無いのか?」
「ある訳な…あ」
そういや、Earthには草原地帯もあったっけ。いつも晴れている訳ではないが、天気の移り変わりは存在する。
「いや…ある」
でも、それだと矛盾する。蛇亀族はオームルに住んでいた。人間界には来ない筈だ。
沙流も同じ事を考えたらしく首を捻っていたが、突然ああ、と大声を上げた。
「何だよ」
「來、覚えてるか。学校の理科室にあった標本」
「覚えてる。僕が生物学に興味持ってたの沙流だって知ってるだろ」
「じゃあ、その中に自然皮脂の標本があったの覚えてるよな」
「ああ。驚くべき硬さ!って奴だろ」
「それそれ。そんでもって、ほれ」
沙流が背中を向け、叩いて見せる。次の瞬間、來も同じ様に大声を上げていた。
―あの標本は蛇亀族の物だったんだ―
そうか、蛇亀族が消えたのは、人間に拉致されたからだ。実験に使われる為に運ばれる途中で、卵が一つ落とされ…って卵!?
「蛇亀族って人間だよな」
「みたいなもんだと思うけど」
「人間って卵から生まれるのか?」
「生物学」
はいはい、分かってますよ。自分で考えろと、そう言いたい訳だな。
そうだ、分かっている。人間を含む哺乳類は子供を産む。しかし、蛇亀族である沙流は卵から生まれた。これは明らかにおかしい。
「簡単な問題だろ」
いつの間にか現れた万生が口を挟んできた。
「亀も蛇も爬虫類じゃないか。きっとそれにあやかったんだよ」
「本当か?」
「さあ。確証は無い」
確証は無い…か。でも、確証を得るには他の氏族をも調べなければいけない。
虎族は白虎、つまり哺乳類、凰族は朱雀、つまり鳥類、竜族は竜だから蛇やトカゲに近い物として爬虫類…いや、飛べるから鳥類か?角翼族については理解不能だ。
つまり、虎族と凰族について調べてそれが類に見合う物なら良い訳だ。
竜と麒麟は元々似たような動物が存在していないから、何とも言えない。
けど今は、そう考えるのが無難だろう。
「それで、どっちを先に探すんだ?」
「取り敢えず、楽そうな方から」
そう答えたのは沙流だ。万生がすかさず手を挙げる。
「じゃあおれはフラムフエゴに行きたい!」
「うん、おれも賛成だ」
「まあ、広さからするとな」
ブイオも同意した。三人の視線が來の答えを待っている。來も頷いた。
「人材は多い方が良いからね」
これで全て決まった。
さあ、次の地へ出発だ。




