次なる目標を求めて 3
來は木の上に座っていた。此処はどこだろう。木の葉の間から見える情景から、どこかの上だという事は分かってるんだけどな…。
木の蔓で編んだ揺りかごが一つ見える。中では赤ん坊が寝息を立てていた。角に、羽に、蛇の様な尻尾。おそらく竜族の赤ん坊だろう。羽、尻尾、髪は青色で、とても綺麗だ。傍らでは紫色の羽と神と尻尾を持つ男が赤ん坊のあどけない寝顔を見詰めていた。赤ん坊の父親だろう。顔は見えない。それでも、幸せそうなのが伝わって来る。
左手の方で大きな悲鳴が聞こえた。身を乗り出して除くと、灰色の羽と髪と尻尾を持つ一人の竜族の女が矢で射抜かれているのが見えた。女がその場に崩れ落ちる。矢の位置から考えておそらく心臓を射抜かれたのだろう。男が悲鳴を上げて駆け寄り、女を抱き上げるが、來が思った通り、女はもう息絶えていた。もしかして、さっきの赤ん坊の母親だったのか?
男はしばらく泣き崩れていたが、急に飛び起きて赤ん坊の所に掛け戻り、その首から青い石を引き千切った。赤ん坊から尻尾と羽と角が消えるが、髪は青いままだ。男がその石を遠くに放り投げる。すかさず大きな鳥の様な物がそれを銜えて飛び去った。
男は屈み込むと赤ん坊の耳に口を近付け、何事か囁いたが、來には聞き取れなかった。
その直後、男は槍で身体を刺し貫かれた。槍を持っているのは短い金髪の人間の男だった。軍人なのだろうか、軍服を着こなしている。その男は赤ん坊にも槍の切っ先を向けたが、竜族に見えなかったのか、死んだ男を残してそのまま立ち去った。
女の遺体から跳び起きた時、男は自分がもう直ぐ死ぬ事を感じ取っていたのだろうか。それならば赤ん坊に言った事も想像がつく。
どうにかして生き延びてくれ。この事を思い出し、伝え、敵をとってくれ。
そんな意味合いの言葉だったのだろう。
その後、一人の人間の女がやって来て、死んだ竜族の男と女を見付けた。髪に隠れて顔は判別出来ない、その口元がかすかに動いた。
「遅かった」
それは悪意の欠片も感じない、憐みのこもった口調だった。
そうか、おそらくこの人は竜族を助けようとしていたんだ。二人を殺した男の服には血が飛び散っていたから、他にも竜族が何人もあの男の手に掛かって殺されたのだろう。この人はそれを追い続けて来たに違いない。そして、毎回無残に殺された竜族の亡骸を目にしてきたんだ。
赤ん坊が目を覚まし、泣きじゃくる。その声を聞きつけた女が男の亡骸から顔を上げた。揺りかごを覗き込んだその口元に笑みが広がる。女は赤ん坊を抱き上げると周囲に目を走らせ、服の中に隠した。もう赤ん坊の泣き声はしない。この人は人間の子供としてこの赤ん坊を育てるつもりでいるんだ。
虐殺を逃れたこの赤ん坊は、竜の隠し子として育てられる。
それを理解した時、目の前が再び暗くなった。
「…えるか」
聞き慣れた声がした。
「來、聞こえるか、おい」
ブイオの声だ。目を開ける。やはり、そこにはブイオの顔があった。
「大丈夫か。さっきから起こしてるのにぴくりともしなかったんだ、何かあったのか」
「いや、特に。それよりさ…」
目を逸らす。今見た事はまだ役に立ちそうにない。まとめる必要もあるし、それよりはブイオ達の考えた探す方法なんかを訊いた方が絶対に良い筈だ。
「嘘つけ」
來の顔を覗き込む紅い瞳がすっと細まった。疑惑の念がひしひしと伝わって来る。
「何も無い訳あるかよ。…また声が聞こえたのか?」
しぶしぶ頷く。ブイオに掛かったら何でもお見通しだ。白状するしかない。
「何故嘘を吐いた」
「関係無い事だったから」
「関係無い事って…気を失った訳じゃ無いのか」
「自ら、だよ」
「今までも?」
「まさか。今回が初めてだ」
ブイオは眉を一瞬顰めたが、直ぐに元の表情に戻った。
「じゃあ、その話は後で詳しく追及させて貰うとして…あんたが気を失ってる間に俺達が話してた事を教えてやるよ」
そうこなくっちゃ。來は座り直すと身を乗り出した。




