次なる目標を求めて 1
「皆、聞いてくれ!大いなる氏族について、物凄い事が分かったぞ!」
三人が店に立ち寄り、商品を眺めていた時、万生が飛び込んで来た。
「ガシュルとの話は、もう良いのか?」
「ああ。知りたかった事は聞き出した。…といっても、一部だけどな」
「それで、何が分かった」
背の高い沙流の後ろから伸び上がる様にしてブイオが割り込んで来る。万生は残念そうに首を振った。
「この冒険は、長くなりそうだぜ」
「何が言いたい」
「石と、氏族だけじゃ無かったんだ」
「何がだ」
「探す物さ。もう一つ、無くてはならない物がある」
…まだ増えるのか。もういい加減にして欲しい。ただでさえ、疲れてると言うのに。
「それで、何なんだよ?」
沙流の目が、輝く。まさか、楽しんでるのか?
「ナチュラルストーン。直訳すれば自然の石。氏族が石と合わせ持つ事によってその氏族の特性を持つ自然を操れるようになる」
「へえ…。て事は、おれの場合は…」
「ああ、えっと…なあブイオ、あの像何だっけ。ほら、玄武じゃない方の」
「アプスの事か?」
「そう、それそれ。…で、何の神だっけ?」
「水」
ブイオが額を抑える。完全に呆れかえっているのだろう。万生は苦笑いしながら頭を掻いた。
「だから、水の石だと思うんだ。ウォーターストーン…かな?」
ウォーターストーンか。つまり、それを持つ事によって沙流は水を操れる様になるって訳だ。
それって何か凄くないか?
「それってどこにあるんだ?」
沙流が身を乗り出す。沙流の肩を掴んでいたブイオが前によろけ、沙流におぶさる形になった。慌てて飛び退き、そっぽを向く。赤くなったその顔に何となく幼さが残っていて笑えた。
「それがさ、分かるっていうか、分からないっていうか…」
「はっきりしない奴だな。知ってるんだろ?」
万生が口籠った。うまく言えない様だ。とにかく言ってみろよ、と沙流が急かす。
「よし、一言で言うぞ」
万生はそこで言葉を切り、大きく息を吸った。
「氏族の出生地にある」
「出生地?」
「そ。正確に言えば出生場所。お前が人間界で生まれたかオームルで生まれたか知らないけど、この広い世界の中からほんのビー玉程度の石を探さなくちゃならないんだぜ」
この世界…人間界と魔界、そして地獄やオームル、他の世界。正確な広さは分からないけど、僕が想像出来ない程の広さがあるのは間違い無いだろう。來は大きく息を吐いた。一体全てが終わるまでどれ位かかるのだろう。十年?それとも二か月位で済むのか?
ああ、此処に来てどれ位経つのかも忘れてしまった。母さんはまだ僕の事を覚えていてくれているのだろうか。逢いたい、とてつもなく恋しい。來はそっと輪を離れ、店の片隅に落ちていた紙に文字を書いた。小さい紙に、短い文章。でも、母さんなら僕の気持ちを分かってくれる筈だ。
もう人間界には戻れない。母さんが、揚魅が居るとはいえ、あんな心を持つ市長の造った地域なんて、街なんて、邪悪な虚構に決まっている。ブイオがあの時しようとした事は正しかった。Sunなんて、滅びるべき物だったんだ。
グアンが來の肩に止まり、折り畳んだ紙と、そこに書かれた紗蘭の文字に気付いて紙を來の手から掴み上げ、飛んで行った。しかし、來は動こうともしなかった。両手を力無く体の横に下げたまま、考えに深く、捕らわれていた。
幼い時からの衝動は、本能だったのか。Sunの住民として、綺麗事を口走る偽善者として育って来た來を非難し、蔑んでいた本当の心が足掻いていたのか。
神山を消せ、此処には真実の幸せも、平和も、神も居ない。
そう言っていたんじゃないのか。
この汚れきった街をおまえ自身の手で作り変えてやれ。
そう訴えていたんじゃないのか。
あの日…そう、ブイオが来た日に本性が姿を現し始めた。僕の偽りの心に出来た小さな隙間から手を出し、声を出しては押し戻されていた本当の心を、ブイオが引っ張り上げて、解放してくれた。
現実逃避を止めろ。偽りに閉じこもるな。自分のすべき事を見詰めろ。虚構に立ち向かい、真実を解放しろ。
そうだ、そう言いたかったんじゃないのか。
―現実を見ろ。目を背けるな。立ち向かえ―
あの声が聞こえた。でも、何かが違う。今までの様な訴えかける声ではなく、優しい声。母さんに抱かれた時に感じた安心感に包まれた。
―待ってたよ―
声に話しかけてみる。
―今まで僕は君を避けてばかりいた。でも、もう大丈夫だ。君の思いを受け入れられる―
声はもう聞こえない。でも耳の奥で、余韻とでもいうのだろうか、かすかな声が鳴り響いていた。心の奥底の世界に呼んでいるかの様に。
三人はまだ來に気付いていない様だ。石を探すことについて、いろいろと話し合っている。本当は話に加わるべきなのだろう。しかし、今はする事がある。あの声が來に伝えようとしていた事を、今、しっかりと聞き届けなければならない。命の蝶や、これからの事について、何かのヒントになる事かもしれない。あるいは、來の事について、失われた過去や父について、何か分かるのかもしれない。
とにかく、今はメッセージを受け取ろう。しっかりと聞いて、見て、脳に焼き付け、記憶し続けなければならない。そして、それをブイオ達に伝えるんだ。
來は壁にもたれかかって座ると、立てた膝に顔を埋めて静かに目を閉じ、耳の奥で鳴り響く声に身を委ねた。




