水の欠片の正体は 2
リュットは人目を避け、氷で出来た洞穴へと四人を連れて行く。
「ガシュル」
リュットの言葉に、洞窟の奥から一人の老婆が出て来た。この人がガシュルらしい。水の様に透き通った長い銀髪を後ろで結び、白い服を着ている。
「この子達が玄武石を探しに来たんですって」
「ならぬ」
ガシュルはそれだけ言うと、また洞窟へと引き返そうとした。
「どうして?良いじゃない、それ位」
「ならぬ!おまえにも言っただろう。あの石は蛇亀族の物、守り役の我を除いて他の者には見せる気も無いとな」
「でも…」
尚も食い下がるリュットに、ガシュルは冷たい視線を向ける。
「ならば、そこの子等から蛇亀族を見付けろ。他に手は無い」
リュットは諦めた様だった。首を振り、ガシュルに背を向ける。ガシュルもまた、洞窟へと戻ろうとした。折角此処まで来たのに、手に入れられないのか…。
「待って下さい!」
沙流が叫んだ。ガシュルが足を止め、振り向く。
「お願いします。おれ達は此処まで苦労してやって来たんです。少しだけでも良いから、せめて見せてくれませんか?」
「すまぬな、若者よ。これは昔からの取り決めであり、決して破られぬ掟なのだ。諦めて…」
ガシュルの言葉が止まった。魅せられた様に沙流の顔を両手で挟むとその目を覗き込む。
「そんな…まさか…そんな筈は…」
首を振り、沙流から離れたガシュルは、しばらく何か呟いていたが、おもむろに顔を上げ、僕らの目をひたと見据えた。
「よかろう。入れ。おまえ達全員だ。…この若者は、蛇亀族に間違い無い」
―何だって!?―
時が止まった。ブイオは目を大きく見開き、万生は目も口も大きく開けている。來もきっと同じだろう。しかし、一番驚いていたのはやはり沙流だった。完全に放心状態になっている。固まったまま動かない。
「来ぬのか?ならば、我は戻るが…」
ガシュルの言葉に四人は我に返った。慌ててガシュルを追う四人の背後で、リュットの溜息が聞こえた。
「やっぱり私は行かない。なんだか怖いわ」
冷たい洞窟の氷の壁に手を触れながら歩く。既に掌の感覚が無い。
「何でおれが蛇亀族なんですか?」
沙流の問いに、ガシュルは重々しく頷いた。
「瞳だ」
「瞳?」
「底知れぬ深みの藤は、蛇亀族にのみ受け継がれる物。それが唯一の動かぬ証拠だ」
沙流が思わず手をやった瞳…今まであまり気にしていなかったが、深い紫色の瞳。
「でもこれ、お袋が事故だって…昔おれが事故に遭って、その時に付いた色だって…」
「その可能性はあるな。まあ、今は良い。真実は玄武石に委ねるとしよう」
洞窟の最奥には澄んだ水を湛えた浅い池があり、その真ん中に一つの大きな亀の像があった。亀には蛇が巻き付いている。玄武だ。玄武像の周りは四つの男性の像が取り囲んでいる。
「アプス…地上全ての水の源となる神だ」
ブイオが教えてくれた。
ガシュルが両手を像の方に突き上げ、何やら唱え始める。と、玄武像が紫の光に包まれ―その光は直ぐに消えた。一見、何も変わっていない様に思える。
しかし、沙流が一点を指差した。玄武の口…さっきは無かった輝く石を銜えている!
ガシュルがその石を手に取った。そして沙流の前に差し出す。
「これが玄武石だ。さあ、触れるが良い。おまえが本物の蛇亀族ならば、おまえはこの石を受け取る資格がある」
石は透き通った紫色で、卵型だった。中には三分の一位まで青い水が入っていて、波を立てている。そして青い線で模様があり…これは何だ?六角形の中に噴水の様な…
「亀の甲羅に蛇の舌」
ブイオが呟いた。なるほど、そう言われればそう見える。
玄武は亀に蛇が巻き付いた姿だから、丁度良い。
沙流がごくり、と喉を鳴らし、手を伸ばした。沙流の指が玄武石に触れる。次の瞬間…
沙流の身体が紫色の光に包まれた。その光が徐々に消え、沙流が恐々目を開ける。
「來、今おれ…どうなってる」
違いが、一目で分かった。目だけではなく髪も紫色になり、鋭い牙が生えて筋肉量が増え、胴に本物の蛇が巻き付いている。胸元には玄武石が掛かっていた。沙流が自分の身体を眺め回し、蛇に気付く。驚いても良い物だが、沙流は全く動じず、それどころか愛しそうに撫で始めた。なんだか変になっている気がする。
「あんたがグアンを撫でてる時とそっくりだな」
ブイオが笑った。まあ、そう考えれば変には見えないが…いや、ひょっとして僕が変なのか?
「あんた達は正常だよ。何かを愛しむのは変じゃない。まあ、その何か、によって変わるけど」
「おお、本物だ。蛇亀族の生き残りが帰って来たぞ、このオームルへ!」
ガシュルが叫ぶ。歓喜と狂喜に満ち溢れ、目に涙を浮かべていた。
「なあ、だとしたら、沙流の母親って…」
そう言った万生が口を押える。
「悪い、つい…」
「いや、良いよ。おまえの言う通りだ。おれのお袋は本当の親じゃない。当然、親父も」
沙流は、嬉しい様な、悲しい様な、よく分からない表情をしていた。
「…まあ、良いじゃないか。残された君を助けてくれたんだし、関係は変わらないよ。それに、真実を知る事が出来たし、何より君には僕らが居る。な?」
來は無理に明るい声を出した。沙流は少し微笑んで、無理すんなよ、と肩を竦めた。
「おまえに励まされる程堕ちてないぜ」
「何だと、この無礼者!」
「冗談だよ…有難う、來。おかげで元気が出た」
頑張れ、と沙流の背中を強く叩く。掌に激痛が走った。
―何だ?―
拳を作り、ノックする様に叩いてみる。音はしない。だが明らかに人間の肌じゃない。どこかで見た様な記憶があるが、一体どこで…?
「何だよ。さっきから」
「…硬い」
それしか言えなかった。蛇よりも、蛇亀族よりも不可解だ。この硬さなら絶対に傷つかない。痛みなど、微塵も感じないだろう。オームルに居る限り、向かう所敵無しという感じだ。
守りの為の亀の甲羅…か。という事は、あの牙は…攻めの為の毒牙。
しかし何故、蛇亀族は消えたんだ。敵になる様な物が住まず、生息地であり、自分たちが敬う神の住処でもあるこのオームルから。
沙流一人を残して…




