異界の輝、五つの石 4
「くそ…こんな仕掛けを…」
一人毒づきながら地面に降りる。すぐさま男達に取り囲まれた。応戦しようと構えたが一向に襲ってくる気配が無い。それどころか後ずさっている。構えを解き、腕を降ろした。何故だ、何故襲って来ない。隙を探しているのか…?
「囲みを解くなよ。…そいつはおれの獲物だ」
背後で声がした。振り返ると、さっき來を始末する様に言われた男が居た。來と同い年位か。確か名前は…沙流、だったか。
なるほどな…だから襲って来なかったのか。にしても、何故俺を…?
「おまえのせいだ。おまえのせいで…來が捕まったんだ!」
「はあ?何で俺のせいになるんだよ」
「とぼけるな!おまえが來に魔術をかけたんだろ!自分の身を守るために…」
「なっ、違…」
言い切る前に沙流が切り掛かって来た。かわして手首を掴み、捻る。沙流の手から剣が落ちた。そのまま足を払って仰向けに押し倒し、首を掴んだ手に力を込める。沙流は抗ったが、やがて落ち着いた。
「良いか、落ち着いて聞け。まず、俺は魔術をほとんど使えない。使えるのは護身用の物だけで、心理に関係する物は一切使えない。それに第一、命の恩人を誰が欺くかよ」
「命の…恩人?」
ブイオの手から逃れた沙流が空咳をし、首を抑えながら片目を開けた。
「そうだ。三年前とこの間と、二回も命を救って貰った」
「三年前…」
沙流が目を丸くする。
「まさか…満月の夜」
「おや、知ってるのか」
「來が変わった日だよ」
沙流が微笑み、視線を落とす。周りを取り囲んでいた男達は、いつの間にか消えていた。
「そうか…おまえが來を変えてくれたのか。ごめんな、さっきはあんなこと言って」
「気にするな」
そうは言ったものの、ブイオは内心かなり驚いていた。
―こいつも、変わってる―
どうして疑わないんだ?今言った事に偽りは無い。全て事実だ。しかし、もう少し疑いを持っても良いだろう。俺が嘘をついてるとは考えないのか。まさかこれが人間の常識なのか?
沙流…その内、殺られるぜ。
「なあ、おまえの名前は?」
いきなり訊かれて驚く。一瞬何を問われたのか分からなかった。
「えっ…ああ、ブイオだ」
「そうか。おれは…」
「沙流、だろ。さっき來が言ってたのを聞いた」
沙流は笑い声を上げた。
「さすが。耳の面積が大きいからか?」
「はは、そうかもしれないな」
耳に触れてみせる。それを見た沙流の顔から笑いが消え、代わりに驚愕が現れた。
「おい、そのピアス、俺が來に…」
「ああ、そうみたいだな。でも、これは來が着けてくれたんだ。君の方が似合う、それに一緒に居れば同じ事だ、って」
沙流の顔が曇り、不満そうな表情になる。
「でも、今は一緒に居ないだろ」
それはそうだ。確かにそれだと意味が無い。來と一緒に居るには…
そうだ、今するべき事が分かった。沙流に笑顔で告げる。
「じゃあ、來を探しに行くか。人間界に踏み込もう」
沙流も笑顔になった。が、直ぐに不安を浮かべる。
「待った。おれ、飛べない」
…少しは考えろよ。そんな事は百も承知だ。返事代わりに大きな溜息を一つ吐く。
「あんたほんとに脳味噌あんの?俺が抱えて行くに決まってるだろ」
「生憎、おれは頭脳労働が大苦手なんだ」
「なるほど、沙流の大木って訳だ」
肩を竦めてみせる。沙流は頬を膨らませ、しかめっ面をした。
「ウドの大木、だろ。それに、おれは強いんだ」
「自分で言うか?」
「良いだろ、別に」
楽しい。会って数分しか経たないのに、來と一緒に居る時と同じ位楽しい。この気持ちを來が知ったらなんて言うだろうか。
僕よりも沙流の方が大切なのか。
…いや、違うな。一般人ならこんな風に嫉妬するかもしれないが、あいつは違う。あいつならきっとこう言うだろう。
良かった。だったら、沙流も一緒に。
そうだ、絶対。俺の事も沙流の事も考えずに想いをそのまま口にする。
沙流がブイオに嫌われなくて良かった。
僕はブイオとも沙流とも離れたくない。
そう言われたら俺はどうするだろうか。拒むか?沙流を人間界に置いて來と魔界に帰るだろうか。
多分、拒めない。沙流が足手纏いになるか、沙流の命を危険に晒すか、それを分かった上で俺は頷き、來の頼みを受け入れるだろう。初めは敵だと宣告したのに、何てこった。
甘い。本当に甘い。いつの間にかこんなに無防備になっちまって、母さんの教えはどうしたよ。
自分に叱られる。否定したいが、否定出来ない。
―悪いな、母さん。すっかり來に毒されちまったよ―
來の甘さを、無防備さを、今の自分が再現している。危険で厄介だが、時に大きな助けとなり、希望となる。本当に扱いづらい物なんだ、無防備ってのは。
漏らした笑いに、沙流が眉を顰める。
「ブイオ…どうしたんだ?なんかいい事でもあったか?」
「いや、何でも無い」
さあ、行くぞ。
沙流を抱え、地上への通用口に向かう。見えない壁に阻まれる事無く地上に出られた事に、まずは一安心した。にしても、沙流は重い。決して苦ではないのだが、來より遥かに重いのは事実だ。しかし、地上を見て歓声を上げる沙流を見ていると、來の傍に居るような安心感を覚える。
一人じゃない、俺には仲間がいるんだ。
「來は、どこに居る」
「多分、支庁。最上階だと思う」
それだけ聞けば十分だ。三年前、遥か遠くに思えたSunが、今は近く感じられる。もう、神山が見えてきた。その近く、一際高い建物に向かい、入口の前で沙流を降ろし、小声で囁く。
「此処からは一人で行け。俺は怪しまれるから、此処で待ってる」
沙流は頷くと、建物の中に駆け込んでいった。後は無事、來を連れて沙流が帰って来る事を祈るばかりだ。それと、今する事は…
ブイオは再び魔界に飛んだ。來と沙流、二人を抱えて戻るのは無理だ。あの馬を運んで来よう。それで、穴までは無事に辿り着ける筈だ。そこからは一つずつ降ろせば良い。
今のブイオは、今までに無い程気力に満ちていた。
―自分の為じゃない。仲間の為に―




