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9話

私からの思いがけない言葉を聞いて、出会ってから一番の驚きの顔を向ける可偉。

私に視線を固定したままで身動き一つしない。


「先に言ってなくてごめんね。今日も可偉を交えてご飯食べないかっていうお誘いだったの。

……それに、私が可偉以外の男の人と二人で出かけるなんてしないよ。

廉さんは、どうしても、どうしても可偉に会いたいって」


「……会いたいって……」


「ごめん。可偉と未乃さんに相談しなくて、ごめんね」


私は小さく息を吐いて、手にしていたお箸を箸置きにそっと置くと、口調を改めて可偉に向き直った。

本当は、私が廉さんと約束した事がいいことなのかどうかわからないし、私は当事者ではない第三者だけど。


「私は、廉さんや未乃さんに関わる事なく、そっと見守るだけにしておかなきゃいけなかったかもしれないけど。

そんな、他人私に縋ってしまうほど、廉さんは思いつめてたから。

断れなかったし、なんとかしなくちゃだめだって思って」


「だけどな……もうあの二人は……」


「泣きながら、離婚届にサインするくらい悩んだってわかってるけど、未乃さんだって今はもう廉さんの事を忘れてるかもしれないけど……」


私は必死に廉さんの思いを伝える事以外に何も考えられなくて。

ただまっすぐに可偉を見ながら言葉を紡いだ。


「紫……」


「私の想いは身勝手でひとりよがりで、未乃さんや可偉の気持ちを無視してるのかもしれないけど、やっぱりあんなに切ない目をしてる廉さんを見ると、なんとかならないのかなって思ってしまうし。

未乃さんが、もしも今も廉さんに想いを残してるなら、会った方がいいって思うから」


どんどん熱くなってる。

私の気持ちだけではなくて、目だってぐんぐん熱くなってきて、視界はだんだんぼやけてきて。

ほんの少しの瞬きだけで熱い滴が頬を伝う。

静かに落ちる涙なんかじゃない、あまりにも急に落ちてくる我慢できない涙たち。

手の甲で支えられないほどにたくさんの涙が頬をつたって顎からぽとぽと流れるのはあまりにも綺麗じゃなくて、そんな涙を自分でもどうにかしたいけど。


「う……う……もう、泣いてる場合じゃないのに」


ぐずぐずと泣きながら、どうにか気持ちを落ち着かせようと大きく息をするけれど、いったん決壊してしまった涙腺は崩壊したままで、涙があふれたまま止まらない。


「紫、お前がそんなに必死になる事じゃないのに」

「だって、だって……」

「はあ……」


苦笑した可偉が私の隣に座って、その膝に抱き上げてくれた。


「今、俺がどんなに嫌な人間か想像できるか?」

「は?」


何の脈絡もない言葉に、戸惑うだけで何も言えない私。

眉を歪めて私を軽く抱いたまま、可偉はくくっと笑った。


「俺、姉貴や廉の事も気にはなる。

そりゃ、肉親だし苦しんでるのも見てきたから幸せになって欲しいって思うけど」


そっと話し出した可偉は、私の頬に溢れてる涙を手のひらでごしごしと拭ってくれながら、強い瞳で私を見つめてる。

何か、伝えようとしてくれてるようで、ほんの少し緊張する。


「紫が廉の事を誉めたりするのもいらつくし、飯食いに行く約束なんてしてくるのもむかつく。

怒るなんてもんじゃない感情がざわざわ生まれて」

「あ、それは」

「わかってる。今は、姉貴や廉のためだってわかってるし俺にも一緒に来いって事だろ?

でも、最初聞いた時には、廉に紫を持ってかれるのかって血の気が引いた。

……普段は強気な事ばかり言ってるけど、ま、情けない男なんだよ、俺は。

でも、紫は姉貴たちの事を考えてこんなに泣いて」

「可偉……」

「で、今俺がどう感じてると思う?」

「え?」


額と額をくっつけて、苦しげにそう聞いてくる可偉の瞳から目が離せないまま。

何も言えないまま。


「わかんない……」


可偉は、軽く私に唇を落として、苦しそうに息を吐いた。


「姉貴の幸せなんかよりも、紫が廉に持ってかれない事にほっとしてるんだ。

俺から離れるわけじゃないってことにほっとして、あとはもうどうでもいいんだ」

「可偉、私は離れないよ。廉さんだけじゃなくて、ほかの人なんてどうでもいいし。

可偉がいればそれでいいのに」

「ん。わかってるつもりなんだけどな、紫のことになるとだめなんだ。

俺の手元にいつもいないと不安だし、普通の考えができなくなるんだ」


じっと、私を見つめてつらそうな気持ちを隠そうともしない可偉は、その手も震えている。

それに気づいて、私の頬を撫でてくれる手を、私の手でそっと包んだ。

私の体温を分けるように。


「こないだ、紫の事を迎えに行っただろ?」

「あ、会社の飲み会?」

「ああ。部屋に閉じ込めて出したくないって言ったの覚えてるか?」

「うん。……今でもみんなにからかわれてるし」


少し、ふふって笑ってみるけれど、可偉の表情は固いままで真剣に私を見つめ続けている。

私の全てはその気持ちに包まれて、身動きもとれないように感じる。


「俺がああ言ったのは、嘘でも冗談じゃない。今でも本気でそう思ってる。

廉であれ誰であれ、紫を連れ去る人間全てから隔離して部屋に閉じ込めたい。狂ってるよな」


はあ……と。


天井に視線を投げて苦しげに口元を歪ませる可偉は、今までで一番弱そうに見えるけれど、私に初めて見せてくれるそんな様子に、私の気持ちはぐんと上向きになってしまう。


「じゃ、閉じ込めてよ。可偉になら、閉じ込められてもいいよ」


そう言うと、驚く可偉を無視してその首に抱きついた。

ぎゅっと力いっぱいにしがみつきながら、私の気持ち全てをこめて首筋に唇を落とした。


「可偉が側にいてくれるだけで、私は幸せだもん。

閉じ込めてくれてもいいよ。可偉がそれで穏やかに安心して暮らせるなら、私はそれでいいもん」


「紫……」


「私、可偉が大好きだし愛してるし、可偉が幸せじゃないと私も幸せじゃないから。

だから、可偉の好きにしてくれていいんだよ」


囁くように。

それでも精いっぱい愛を込めて耳元に吐息と共に。

さっきまで泣いていたせいか、時々ぐすぐすと鼻をすすりながら。

それでも一生懸命に。

可偉が思う事全て叶えてあげたいなんて、盲目的だしおかしいのかもしれない。


「狂ってるのは、可偉だけでなくて、私だってそうかもしれないね」


へへっと笑うと、瞬間、可偉に抱きしめられて息も止まってしまう。

力いっぱいの可偉の想いを私の体全てで受け止めると、可偉の想いもかなり強いと感じて嬉しくなる。

可偉が狂って私もおかしくなるくらいに私達はお互いに愛し合っている。

傍からみたらおかしいのかもしれないけど、私は可偉の想いが嬉しくて仕方ないし幸せだって感じる。

だから、やっぱり。


「未乃さん……廉さんと会ってくれないかな」


あの二人も、もしかしたらやり直せるのかもしれない。

私達みたいに気持ちを通わせて幸せになれるのかもしれない。


「好きな人と寄り添えるのは、すごく幸せな事なんだから……」


小さく呟く私に、可偉は何も言わず、ただ私を抱きしめるだけだった…。




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