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7話

私が両親の死から受けた衝撃は、確かに今でも私の中に残っている。

きっと、必要以上に物を持たないし執着しないのも、人付き合いに重きを置かない生活もその名残。


いつか失くしてしまうのが怖いから、多くをやり過ごしながら、手元に残さないままで生きている。

大切なものが、突然手元から零れ落ちた時の苦しみは、私を壊すほどの力があって、その時の私は一生かけて味わうつらさや寂しさを一気に耐えた。

それからはずっと、次に来るかもしれない悲しみや苦しみを避けるように生きてきた。


そんな不安定な私を気遣いながら、私が自由に生きていけるようにお兄ちゃんとお姉ちゃんが親がわりとして、私をとても大切に育ててくれた。


そして今では。そんな私の頑なな心を突破して甘やかせてくれる可偉が側にいるから、お兄ちゃんもお姉ちゃんも少し距離を置いてくれている。


「……俺がいるから大丈夫だぞ。そんな不安そうな顔するな」


自分の気持ちに閉じこもりそうになってる私を抱き寄せて、耳元に囁いてくれる声は甘い。


「紫たち三兄妹を、雑誌で取り上げたいって話がずっときてるんだ」


「雑誌…?」


突然の言葉は私には理解できない。


「そう。紫のお父さんが遺した三兄妹の子供の頃の写真と一緒に今の三兄妹の写真を載せたいらしい」


「何で?」


「んー。紫のお父さんが偉大だったのと、お兄さんが賞を獲ったからだな」

「賞?」


……賞って一体?

可偉の口から次々と出てくる訳の分からない話に戸惑って言葉も出ない。


「デザインの大きい賞を獲ったんだ。家具のデザインじゃもともと名前が知られてる人だし、今回の賞で、特に注目が集まっているらしい」


まるで自分の身内の事を話すように穏やかに、私に教えてくれる。

私のお兄ちゃんの偉業を、誇らしげな口調で話す様子を見ると、可偉と私の関係がとても深いものになったような気がして、ほっこりと嬉しい気持ちになる。


でも、何だかおかしい。

お兄ちゃんがデザインの仕事をしているのは知ってるけれど、詳しい事は聞いていなかったから、賞を獲ったのも今知ったばかり。


「なんで私が知らないのに可偉が知ってるの?」


思わず拗ねたような声も出る。

私のお兄ちゃんなのに、どうして可偉が先に聞いてるんだろ。


「賞を獲ったことで、マスコミが騒ぎだして、亡くなったお父さんの事も記事になりそうなんだ。

それがきっかけで、紫が辛い日々を思い出して、また壊れてしまわないように、お兄さんとお姉さんと話をしたんだ」


敢えて強気な口調で言ってるけれど、目の中にある光は微妙に揺れていて、私の反応を探ってるようだ。

私がどう受け止めるのかをじっと見つめていて、微かなものも見逃さないように。

お父さんとお母さんが亡くなった時に壊れてしまった私の心。

今再び、同じようになってしまわないかを可偉は心配してるんだろう。

こんな時、本当なら可偉を安心させるような言葉を言わなきゃいけないんだろうけど。


ただ唯一、可偉をこんなに不安げな表情にさせる事ができるのは私だけなのかも。


そう思うと……不謹慎だけど、正直嬉しかったりする。


「お父さんとお母さんの事故の事は、そりゃ悲しいし、まだ私の中に色々影響は残ってる」


なるべくあっさりと軽く受け止めてもらえるように、意識して笑って言った。

可偉が、私の心が再び壊れるかもしれないと心配しながら、私の言葉を受け止めているのがよくわかる。

腰に回った手に力も入っている。

そんな温かさをじんわりと体に取り込むと、自然と可偉に体を摺り寄せてしまう。


「でも、私がこの先壊れてしまうとしたら、可偉が私の傍からいなくなった時だけ。

今日、可偉が綺麗な女の人と一緒にいるのを見て、吐きそうになるほど気分が悪かった」


迷いなく可偉の瞳を見つめて、小さく息を吐いて。


「私が大切で、壊れて欲しくないって思うなら、ずっと私の傍にいて愛して。

気持ちも体も私だけにちょうだい。他はどうでもいいの、それだけで、私は壊れない。

他は何も心配しなくていいから、ただ傍にいて」


私が自分の気持ちをここまでしっかりと伝えるのは初めてかもしれない。

一番望む事を言うって事は、自分の弱みも吐露するって事だから、無意識に避けていたのかもしれない。

両親が死んだあと、私を支えてくれる人たちに迷惑をかけないように強くならなきゃっていう思いがあったから、弱いところは隠しながら生きてきた。

でも、可偉に出会って愛されて、思う存分に可偉の愛情を与えられて。


態度と言葉に出す素直な愛し方が心地いいって気付いたから、私の弱いところや一番望む事をちゃんと口にすることもできるようになった。


「私を壊せるのは、可偉だけ。私を幸せにできるのも可偉だけ」


言っちゃった。


ふふっと笑う私とただ私を見つめる可偉。二人の存在は居酒屋のざわめきの中に埋もれてるけど、そんなの関係ない、二人だけの桃色の世界。


自分達以外を排除した、なんてはた迷惑な私達、でも、とても誇らしく思えた。




   *   *   *


このお店に来た時とはまったく対照的な私の明るい表情に安心した店長さんに、たくさんのお礼を言ってお店を出たのは日付がそろそろ変わる頃。


「また来ような、料理もおいしかったし今度は酒も飲みたい」


家に向かう車の中でも、可偉は私の手を離さないままだ。

片手で運転は危ないんだけどな。


「で、あの女の人って誰なの?」


結局、聞けなかった。

夕方可偉と一緒にいたあの女の人って誰?

可偉にやましい事はないとわかっているけれど、それにしても誰だろう?


「んー、雑誌社の人。紫たち三兄妹の写真を載せてお兄さんの受賞と合わせて記事にしたいらしい」

「雑誌社?そうなんだ……。でも、私達を載せても大して話題にもならないのに。

まあ、お兄ちゃんなら賞の事で話題になるか。でも、なんで可偉の所に話がいったの?」


そう。普通、私本人に話がこないなんておかしくないかな?

可偉と私は恋人同士だけど、そんなの世間の皆様が知ってるわけないし。

出版社の人が、どうして私を飛ばして可偉に会ってるわけ?


表情にそんな私の気持ちが出たのか、可偉は信号で止まった時に私の顔を見て苦笑した。


「昔から、そんな話はあったらしいぞ。お兄さんとお姉さんが全部断ってたらしいけど。

紫の気持ちを考えて、黙ってたって。

お兄さん達にとっては、今ある自分の家族も守らなきゃいけないし結構面倒だったと思う」

「そっか……」

「俺と一緒に暮らす時に挨拶行っただろ?お兄さんから、マスコミとの接触が避けられないってこと、そのことも含めて紫を守る事ができるのかっていろいろ聞かれたよ」

「え?そんなの知らないよ」

「言ってないし」


前方を見て、運転しながら、可偉は思い出すように話してくれる。


「お兄さん達、俺がこれから紫の傍にいるなら、事情を全て受け止めてマスコミからも守ってやって欲しいって言ってくれたんだ。初めて会ったばかりの俺を信じて、紫を託してくれた」

「……」

「紫が抱えてる過去からの悲しみも全部。この先起こるかもしれない面倒なことも。

全部まとめて紫を守るから安心して欲しいってちゃんと言ってあるから。

だから、今日俺のところにお兄さんから連絡があって、雑誌社の人と話をしてたんだ。

一度写真を載せるのもいいかもってお兄さん達も言ってるから、今度家族会議するって言ってたぞ」

「私……」

「ん?」

「私、すっごく嬉しい」


じっと可偉を見ていたいのに、視界が滲んでしまってだんだん見えなくなる。

そう思った途端に頬には温かいものが流れて、言葉が途切れがちになる。


「何泣いてるんだよ」


くすくす笑う可偉に、何も言えない。

ただ、私の知らないところで私を大切にしてくれる人たちがいっぱいいて、私の為に動いてくれていたって思うと涙が止まらない。


「ありがとう、可偉」

「ん。お礼は今晩いただくから。その時いっぱい啼かせるから早く泣き止め」

「ば・・・ばかっ。それとこれとは違うよ」

「あ、そうだな、紫にしてみたらお礼でもなんでもないよな。紫も望んでることだもんな」


意地悪な声で笑いながら、可偉の声が車内に響く。

涙で見えないけれど、表情も意地悪だろうってわかる。

そんな可偉が愛しくてたまらないし、ずっとずっと可偉と一緒にいられる未来に感謝せずにはいられない。


「お兄さん達、俺が紫を守るなら、紫を手離すから強く生きて欲しいって」

「うん」

「一緒に、強く愛し合って生きていこうな」

「うん」


悔しい。

ひくひくと泣きながら、うまくその言葉に応えられない自分が悔しい。

私も可偉と同じ気持ちだから、ちゃんと言いたいのに。


「早く帰ってぎゅっとしたい」


私の口から思わず出たのはそんな言葉。

もっとちゃんとした事が言いたいのにって落ち込みかけた私に、可偉は負けないくらいに甘い声で。


「ぎゅうだけじゃ済まない。俺は早く紫を壊したい。あ、抱いて壊すって事だけどな」


可偉にしか壊せない私。

可偉しかいらない私。


泣き笑いのこの幸せな時を、きっと一生忘れない。


「「愛してる」」


大切な言葉は自然と重なりあって、それはまるで、私達の人生のように思えた。


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