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5話


それなりに家事は得意だけど、やっぱり、完璧にこなすのは結構大変。

仕事をしているから尚更だ。

可偉は、私がする事には何も言わないし要求もしないけれど。

一緒に暮らすんだし快適に過ごして欲しいから、食事にも気を遣うし掃除だって頑張ってしまう。

私は、平日はどう頑張っても晩の7時くらいにしか会社から帰ってこられないせいか、夕食に求めるのは手早さで、可偉の帰宅に間に合うように必死になって作っている。

その合間に洗濯物を取り込んでお風呂を用意して。


決して嫌じゃないけれど、もう一つ体が欲しいと思うのは私だけじゃないはず。

一人暮らしの時にはあまり感じなかった時間の大切さが身に染みる毎日だ。


そんな毎日の中で、知らず知らず気持ちを張っていたのかな。

とうとう、体調を崩してしまった私は、ある朝起きられなくて。

慌てた可偉に無理矢理連れて来られた病院で、自分の意思はどこへやら。


気付けばベッドの上に寝かされて、私の腕には点滴の針。


『過労ですね』


お医者様のあっさりとした言葉に、私は冷静で。


『だから慌てなくていいのに』


という私のため息なんか関係ないとでもいうように、やたら可偉は落ち込んでしまった。

そんな可偉が心配で、ベッドの中から


『可偉の方が顔色悪いよ』


思わずそう呟いた。

可偉は、力の抜けた瞳で私を睨んだけれど、そこに力はなくて、普段見せられる鋭さもなかった。


そして一晩入院。

そこまで私の体は疲れてるわけではないし、点滴の偉大な力のおかげで元気になったのに、可偉の強い意志が変わる事はなくて。

結局入院する事になった。


一晩だけだから相部屋でも構わないのに、可偉は


『逆に、一晩だけなら個室でもいいだろう』


と言って強引に個室に私を入れて、自分も付き添うと言ってきかない。


「完全看護だし、自分で何でもできるから帰っていいよ」


と私が何度言っても聞く耳持たず。

明日も退院したあとで、家まで連れ帰る為に『仕事は昼から』と会社に電話も入れたらしい。


「紫を一人にしたまま帰るわけないだろ」


当たり前のような顔で言い切る可偉に、洗脳されたかのように黙り込んでしまう私は、多分可偉にならされたんだろうと実感した。


だから、


「……そうだね……ありがとう」


と返すしかできなかった。


本来なら完全看護のこの病院で、面会時間以外の付き添いは拒否されるらしいけれど、可偉の大学時代の友達が未来の院長だというせいか、簡単に簡易ベッドも用意してもらえた。

可偉が簡易ベッドに寝るなんて、なんだか見た目おかしくて笑ってしまう。


「変わろうか?」


思わず、私が寝ているベッドを譲ろうかと本気で言ってみたけれど。


「変わるって何を?」

「え?ベッド……」

「何で……?」


えっと……。

体の大きな可偉には簡易ベッドはかなりきつそうだから、そう言ったんだけど。

何かおかしいかな。


可偉は、何か思い当ったようににやりと笑って、私の寝ているベッドの端に腰掛けた。

私の頬を撫でながら、優しい笑顔を向けてくれて、私が安心するような瞳の色で見つめてくれる。


「簡易ベッドなんていらなかったんだけどな」

「ん?どうして?」

「愚問」


近づいてきた可偉の顔は妙に色気が満ちていて、ここは病室なのにそんなこと吹っ飛んでしまいそうに気持ちは高ぶってしまう。


「ベッドなんて、一つあればいい」


重なった可偉の唇は私以上に熱を持っていて、可偉の体調の方が悪いような気がする。


「可偉……だめだよ、ここじゃ……」


どんどん深くなるキスに戸惑いながらも、私の体に回される可偉の腕をふりほどくなんてできない。

私だって、可偉とこうして触れ合う事が嬉しいから。


「簡易ベッドなんていらない。こうして一緒に寝ればいいだろ」


キスの合間に吐息と共にそうささやく可偉は、私の背中を優しく撫でて、二度と手放さないとでもいうような切ない表情を向ける。


「可偉、看護師さん来るよ……」


可偉の言葉と熱に酔いながらも、ほんの少しだけ残った理性でそう呟いても、


「大丈夫だ、ちゃんと言ってあるから」

「え?」


可偉の言葉に驚いてしまった私は、可偉から体を少し離して、じっとその瞳を見た。

いたずら気味に笑っているその熱っぽい瞳が細められると、口角も上がって。


「あいつに、邪魔するなって言っておいた」


まるで、誉めてくれと言わんばかりの偉そうな態度でそう告げた。

可偉のお友達である未来の院長の人のよさそうな顔が浮かぶ。

苦笑している顔も。


「とりあえず、一緒に寝るくらい、いいだろ。体力が回復したら……ま、いくらでも啼かせてやるから」


くくっと笑って、私の頬を穏やかに撫でてくれると。

可偉は急に真面目な顔になった。


「この手から……いなくなるかと思った」


ベッドで二人、抱き合いながら。

枕は可偉が使って、私は可偉の胸の上に頭を置いて。

強い力で抱き寄せられたままに、ただ可偉の胸の鼓動を聞いていた。


「紫が朝起きられないのを見た時……怖くて震えが止まらなかった」

「可偉」


顔を上げようとする私の頭をぎゅっと抱いて、動けないようにした可偉は、


「見なくていい」


私は可偉の表情が見えなくてもどかしいけれど、震えてる可偉の手を感じてじっとした。

震えから伝わる可偉の気持に触れて、伝わる体温以上に心は熱くなっていく。


「単なる過労だって言われて、やっと震えが止まった」


可偉の言葉は続くけれど、今も手は震えてるよ、なんてことは言わずに黙っておいた。

正直に気持ちを吐露する可偉が愛しくてたまらないから、じっとしたまま、可偉の懐にさらにすりよった。


「紫が隣にいる事だけが俺の人生だって、わかってたつもりでいたけど、甘かった」


『紫が全てだ』


耳元にそう囁かれる声が、私に染み入る。


何から何まで可偉の思うがままに。

そうやって毎日過ごしているけれど、可偉をそうせずにはいられなくさせている私の存在こそが、可偉の脅威なのかもしれない。


私がいないとだめな可偉。

いつも私を側に置かないと不安になるし、私が幸せじゃないと可偉も幸せじゃないらしい。

裏を返せば、私が可偉を振り回してるのかもしれない。

私の存在が、可偉の全てなら。

その全てを可偉に預けよう。

時々行き過ぎる愛情には折り合いをつけてもらいながら、私の愛は全部可偉に注ぐから。


「ずっと、可偉と一緒だよ」


言葉にすれば簡単すぎて薄っぺらいけれど。

そんな私の言葉によって、抱きしめる可偉の力は更に倍増。


「愛してるよ」


可偉が欲しがってる言葉をぼそぼそと呟いて、抱き合う二人のゼロの距離に浸った。


振り回し振り回され。

二人でこれから学ぶべきものはきっと。


ほどほどに愛し合うこと。

ずっとずっと長く長く。







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