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2話

ほんの少し、私と可偉の関係が密になったと思うのは。


二人で無言のままテレビを見てる時。

どちらかと言えば自分のペースで何事も進めながらいつの間にか私を自分の懐に取り込む可偉は、言葉の泉があふれるように私を取り囲む。

落とされる言葉は私を思うがままに引き寄せる魔法のようで。

気が付けば可偉は


『してやったり』


という満足そうな顔で私を見つめている。

慣れたけど。

可偉の全てが私を包みこんでいて、大きな温かさの中で、私は毎日泳がされている。

だから、のんびり二人でテレビを見ながらの沈黙は心地いい。


可偉の望み、私に対する望みが全て充足されてるんだろうなあって。

私への言葉には、強い魔力が含まれていて可偉が望むままに私は動いてしまうから。

黙ってる可偉は、その時の私に満足してるって事で、私も嬉しくなる。

隣でにやにやしながら、可偉の体温を感じるひと時に、思いがけない充足感を感じる。


そんな自分に戸惑うけれど、嫌じゃない。

慌ただしい成り行きで今、一緒にいる現実が二人にはあるけれど。

それもこれも全部、どうでもよくなってくる。

可偉がいてくれれば。




「今日は晩飯はいらないから」

「あ……宴会か何か?」


朝、出勤前の慌ただしい中で思い出したような可偉はそう言った。

既にスーツに着替えている長身の男は妙に色気があって、夕べ深く愛された時間を思い出してしまって鼓動も大きい。


「宴会と言えば宴会か……。結婚する奴のお祝いだ」

「そう。あまり飲み過ぎないでね」

「誰に言ってる。紫じゃあるまいし酒にはのまれねえよ」

「あ……ははっ」


弱いわけではないけれど、お酒を飲むと気分良く酔ってしまって眠くなる私をからかうような可偉の視線は出会った頃を言ってるんだと思う。

確かにお酒のせいで意識が飛んじゃって可偉の腕の中に飛び込んでしまったし。

そんなちょっと前の事を思い出している私の赤いだろう頬を撫でながら、可偉はそっと私の腰を抱き寄せた。


正面からぐっと抱きしめられると、整った顔が迷う事なく近づいてくる。

目を閉じた私も、迷う事なく、唇に落とされる温かさを楽しんだ。

掠めるように合わせられた唇は、そのうち可偉によって開かされて。


深くて深くて深くて甘い。

キスって、心が通うと心地いいって可偉が教えてくれた。






「すっかり取り込まれちゃったね」

「は?」

「可偉さん。彼の思うがままに紫は生かされちゃってるって感じでしょ?

付き合い始めた時もそうだし、引っ越しだってそうだし。

可偉さんの気持ち次第で紫は動くしかできなくなってるみたいで」


目の前のすみれちゃんは、ランチを食べながら淡々と話している。

お昼休み、会社近くの洋食屋さんでランチを食べる。

すみれちゃんと二人で行く事が多いけれど、会社の先輩や後輩達も混じることもあったりする。

今日はたまたま二人きりで、すみれちゃんと向かい合わせに座った瞬間からガンガン突っ込まれている私。


「可偉さんって、見た目整いすぎててコンパの時は話しかけにくかったのよね。

絶対に彼女いるって思ってたし。それなのに紫にいっちゃうんだもんな」

「悪かったわね。私で。」


ため息をつくすみれちゃんの言葉に少々ムッとする。

確かに私みたいな平凡な女が可偉みたいに容姿端麗で俺様な男の隣で愛されてるなんて、自分でもびっくりだけど。


「あ、紫もかわいいよ。可偉さんの事を聞いた社内の男どもが何人もショック受けてたし。

可偉さんもいいとこに目をつけたよ」

「?」

「いい、いい。紫は鈍感なままでいいから。それより、可偉さんの好きなように毎日過ごす紫はそれでいいの?」

「好きなようにって。そんな風に思ったことないけど」


心配そうに視線を向けるすみれちゃんの言うこともなんとなくわからないでもないけど。

可偉に言われたり望まれたりする事は嫌だと思う事はあまりなくて、あっさりと受け入れてる私なんだけど。

それが気に入らないのかな。


「可偉は、マイペースで自分の意思が一番で。私にもああしろこうしろって言うし。

思ったらすぐに行動でついていくのが大変だけど。あ、私が一緒にいなきゃ機嫌も悪くてすぐに拗ねるし」


思い出すようにそう呟く私。

目の前のすみれちゃんは苦笑しながら私を見ている。


あ。あれ?


「ね、可偉さんって好きなように生きてて紫を巻き込んでるでしょ?」

「あ……うん。そうだね、あれ?」


はあ。小さくため息をついてすみれちゃんは私の頭を撫でてくれる。

まるで姉のような優しさでなでなで。

その目にも私を気にかけてくれてる感情が見えていて、ほんの少し切なくなる。


「可偉さんもすごいけど、ちゃんとついていってる紫も偉い偉い」

「ちょっと、子供じゃないんだから」

「わかってるわかってる。私なんかよりも紫は大人だから。ちゃんと可偉さんを受け入れてる紫はすっごく大人だってわかってるよ」


何の事?

確かに私は可偉についていきながら過ごしてるけど。

それって大人って事?

単純に、可偉が大好きで、隣にいるだけなのに。

はっきりしない感情が私の中をぐるぐると回っていてかみ合わないような。

ちょっと不思議な気持ち。





普段、可偉は家で夕食をとる。

外食も嫌いじゃないみたいだけど、私と暮らすまでずっと外食だったせいか飽きてしまって。

毎日どこで食べようかとかを考えるのすら面倒になっていたらしい。

どちらかと言えば料理が好きな私は自炊するのが当たり前になっていて、可偉に毎晩夕食を用意することは負担でもなんでもない。

一人暮らしが長い私も、誰かの為に料理を作って食べてもらうのは妙に照れくさいけれど、幸せ。


『これ、うまいからまた作れよ』


にんまり笑う可偉に気持ちはぎゅっともってかれる。

だから、今日みたいに夕食を用意しなくていい日がたまにあるとどうしようかなって悩んでしまう。

前は毎日そうだったのに一人分の夕食を作るのは寂しい気がして億劫になるし、かといって外食しようかと積極的に思えるわけでもなくて。

普通に考えればたまには家でのんびりしてもいいか、となるんだろうけど、家に帰ってもそんなに早くに可偉が帰ってくるわけでもないし。

一人はやだし。

すっかり可偉が中心になっている自分の状況に改めて気付いてしまう。

可偉との生活が、今の私の基準なんだ。


「可偉さんも宴会なら、紫も飲みに行く?今日、営業部のメンバーと飲みに行くよ」


思い出したような声のすみれちゃんは、そうしようそうしようと呟きながら、にんまりと笑っている。

もともと可愛い顔立ちで性格も明るいすみれちゃんは、社内でも人気があって顔が広い。

あらゆる部署の面子から飲みに誘われては飲みに行っている。

彼氏ができたって同じで、彼女の外交的な積極性がうらやましくある。


「私はいいよ。営業部なんてよく知らないし、一緒に暮らしてる恋人がいるのにそんな場にのこのこ出かけるのって抵抗あるし」

「あ、やっぱりそうくる?紫ならそう言うと思ったけど。

でもさあ、可偉さんだって会社の人と飲みに行ったりってあるんでしょ?

あんだけの会社であんだけの見た目だし、コンパとかも誘われるのしょっちゅうって感じだし。

紫だって気にせずに行こうよ。単なる会社の飲み会だしさ」

「うーん」


すみれちゃんが言うのもよくわかる。

可偉の働く会社はかなり名前の知られた大きな会社で可偉の役職もそれなりに責任があるものだと推測できる。

だから、コンパとか飲み会に行く機会はかなりあったと可偉本人から聞いた。


『紫に会ったコンパが最後だけど』


と言って私を喜ばせてもくれた。

私と出会ってからは、社内の宴会はともかくコンパには一切参加をしない可偉の気持ちを思い出して、私もやっぱり駄目だと結論。

すみれちゃんにちゃんと断ろうって思った瞬間にテーブルに置かれていた私の携帯が震えた。

慌てて見ると、可偉からの着信。

この時間帯だから可偉も昼休みなんだろう。

すみれちゃんのからかうような視線をかわしながら、電話に出ると、どこか外からかけてるようなざわめきと共に可偉の声が聞こえた。


「そのまま左を見ろ」


もしもし、も何もなくいきなりそんな言葉が耳に届いた。


「は?可偉だよね。どうしたの?」


訳がわからなくて問いかけてみても


「だから左に顔を向けろ。お前が一番大切なものが見られるぞ」


「……」


何が何だか。

くすくす笑いながらの可偉の言葉の意味はよくわからないけど、機嫌がいいのだけは理解できる。

まあ、私に機嫌の悪いところはめったに見せない可偉だけど。

とりあえず、体を左に向けてみると。


「えっ。可偉だ」


窓際に座っていた私の左側には大きなガラス窓があって、ほんの少し離れた通りからこちらに向かって歩いてくる可偉が見える。

長身にスーツを纏った男前は、何気なく振り返る周囲の女性達の視線を全く気にせずにまっすぐ私の方へ。

片手に携帯を持ったまま。


「な、嬉しいだろ?」


携帯から聞こえる声に、何だか茫然としてしまうけど、すぐにそれは温かいものに変わる。

可偉の隣にいる男性が、そんな可偉の様子に苦笑しているのが見えて、更に私の気持ちは熱くなる。

きっと私の頬も赤いはず。






近くの会社で打ち合わせがあった帰り、私とすみれちゃんがランチしているのを見かけた可偉は、一緒にいた同僚の奥井さんを無視して携帯を取り出した。

それからにこやかに話しだして、会社の姿からは想像できない会話を始めたらしい。


「こいつが同棲始めたって聞いた時は信じられなかったけど、こうして紫ちゃんを見ると、本当なんだなって思うよ。あーあ、ショック受ける女達は山盛りだな」


「山盛り」


奥井さんの言葉に反応したのはすみれちゃん。

じっと、向かいに座る可偉を睨んでる。

そんなすみれちゃんの視線には全く表情を変えることなくサンドイッチを頬張る可偉は、私の隣で飄々としている。


「こいつって女には不自由しなかったわりに冷めてたからなあ、泣いた女なんていっぱいいたし」

「泣いた女」


更に睨むすみれちゃん。


「可偉が来れば宴会に参加する女の数も倍増だし、コンパでも可偉争奪戦なんてざらだし」

「争奪戦……」


奥井さんの言葉に怒りのボルテージは右肩上がり。

すみれちゃんは両手をぐっと握りしめて。うなるように。


「やっぱり連れてくからね。今日は営業部の宴会に参加。決まり。紫だって好きにしなきゃ。

山盛りの女達に囲まれる宴会に行くこの男を気にして欠席なんてかわいい事しなくていいから。

今日は営業部の男達と飲みまくるっ。ね、いいでしょ奥井さん」


「あ、ああ。いいんじゃないか?別に……」


すみれちゃんの勢いに気圧された奥井さんは、とりあえず頷いてる。


「ほら、普通なのよ、宴会くらい行くのは。この男は好きにしてるのに紫が我慢することないからね」

「すみれちゃん……あの、私……我慢なんて……」


してないんだけど。別に宴会に行きたいなんて言ってないんだけど。

営業部の男達と飲みまくるって。


「紫は、行きたいのか?」


それまで黙ってた可偉が、コーヒーを飲みながらそう聞いてきた。

普段と変わらない穏やかな声音はすみれちゃんと対照的。

いつもの整った顔で、私を見つめてる。


「私は、行きたいわけじゃないけど……家に帰っても可偉はいないし、少しだけ顔を出して帰ろうかな」


すみれちゃんの怒りを収める意味もこめて、曖昧にそう答えた。

もともと宴会って向いてないとは思いつつも、社会人だし人間関係も大切だし。

誘われて断れない宴会には参加してきた私だから、今日のすみれちゃんが持ってきた宴会に顔を出す事は別におかしな事じゃないし、すみれちゃんがここまで熱くなるのがよくわからない。

確かに営業部って顔のいい男達が集中してる部署なんだけど。営業だけあって口もうまいけど。


「可偉さん。紫をまだ縛らないで。もう少しペースを落として」

「すみれちゃん?」


突然、ぼそっと。

頼み込むような切ない声音で可偉を見つめるすみれちゃん。

可偉への勢いに任せた反抗的な目は、まだその名残があるけれど、どちらかと言えば懇願に近い様子に私は何も言えなくなる。


「紫には、まだまだ覚悟はないし、何が自分の幸せなのかをちゃんとわかるまで自由にさせてあげて欲しい」


重ねてそう言うすみれちゃんに、可偉は小さく笑った。

まるで何もかもを理解してるような余裕のある顔。


「俺は、幸せなんだけど。かなり」


にっこりと笑ったその笑顔には何の迷いも揺れも感じない。

くくっと笑う声すら自信が見え隠れ。


「紫が俺を幸せにしてくれてるし。それじゃだめなの?」

「だから、紫が幸せにならなきゃいけないって言ってるんです」


早口のすみれちゃんは可偉さんにイラついてるのがよくわかる。身を乗り出して責め立てる。


「紫と一緒にいて俺が幸せだから、そんな俺を見てる紫も幸せ。……だろ?」


膝の上に置いてた私の手を、そっと包み込んでくる可偉は、反論なんてありえないとでもいうような視線を私に向ける。


「俺と紫との付き合いは、心配しなくていい。俺がとことん甘やかしてだめにしてやる。人生に必要な全てを俺が与えて、俺以外では幸せになれないほどに紫をだめにしてやるから。安心してくれ」


「「「……は?」」」


可偉のその発言に、私とすみれちゃん、そして奥井さんまでもが。

驚いて大きな声を上げた。


「……ん?聞こえなかったらもう一度言うぞ?」


わざとなのかそうじゃないのか、ふざけた声でそう言う可偉は、とても嬉しそうだった。






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