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気象病

作者: 泉田清
掲載日:2026/05/20

 酔いはすっかり醒めてしまった。日付も変わらぬうちに横になる。物音一つない心地よい暗闇に、僅かな腹痛だけが感覚としてある。


 数日前。ブウウン!とてつもない音を立て、黒く大きな飛行物体が耳元をかすめていく。ソイツは公園にあるフジ棚に止まった。クマバチだ。クマバチは大人しい。大柄な優しいヤツ。


 レストランで一杯だけビールを飲む。本当は二杯飲みたかったがどうにも腹が痛い。出かけるまえ市販の風邪薬を飲んだ。痛み止めの代わりになるからだ。市販薬が規制される理由がよくわかる。どんな痛みにも効くし、精神的な高揚も得られる。

 レストランはエアコンが効きすぎていた。両腕で腹を温めながら料理を食べビールを飲む、私は矛盾を抱えている。向かいで日本酒を飲む友人に訪ねる。「日本酒は温まるかい」、「ああ、いい感じだね」。彼は赤い顔をして言った。


 数日前、続き。ブウウン!ブウウン!園内の藤棚に近づくと、何匹ものクマバチが唸っていた。裏山の木々にフジの花たちが紫のレースのようにかけられている。とんでもない量の花たちが。フジの弦は冬の間ロープのように絡みつく。

 ロープのように絡みついた、枯れたフジの弦を目にした母は不安がった。老いた母は不安症に陥ってしまった。テレビのニュースをみては逐一表情を曇らせる「毎日イヤな事ばかりあるわ」。冬のある日公園の裏山を通りがかり「弦があんなに巻き付いてしまって」、「火が付いたらあっという間に燃え広がるわ!」と叫んだ。実際の山火事は何が火種なのだろう。母も私も何の知識もないし、母の住む近くに山は無いというのに。


 「気分が滅入って腹が痛い?」、「それは気圧のせいだね」。友人が教えてくれた。昨夜は強風注意報が出ていた、地震もあった。確かにそうかもしれない。私がビールを一杯飲む間、友人はビール一杯と日本酒を二合飲んだ。お互いいい歳だというのに壮健なことだ、彼の体格の良さも関係しているかもしれない。私も、と誘惑にかられる。しかし二杯目のビールは我慢した。

 腹痛を我慢してビールを三杯飲み、夜中に苦しんだことがある。酔いが回るのは気分が良い。良すぎて板の間で寝てしまう。夜中。酔いが醒めるのと同時に目が覚める。それまでマヒしていた痛みが一気に襲い掛かるわけだ。脂汗を掻きながらトイレで過ごす時間は酷いものである。少し落ち着いて横になりまたトイレに逆戻り。朝方になっても眠れず、体力が回復せず、飲んだ水がすぐ出て行ってしまう。何という苦しみ。


 昨夜。ブイン!ブイン!スマホからドキリとするような警告アラームが鳴った。緊急地震速報。緊急地震速報は精度が高い。「地震予知」は実現しているといえる。5秒前には大地震の発生を報せてくれるのだ。

 私はパチンコ店に居た。与えられた「五秒間」という時間。出来るのは身構えることぐらい。「おっ」、「おお」。客たちが辺りを見回す。ゴゴゴという地鳴りとともに掲示物や台が揺れ始める。やはり中々の揺れ。「地震地震、地震です!」店員が慌てて触れ回る。どうも「五秒間」が活かされているとは思えない。やがて揺れは止んだ。何かが起こるかもしれない、そう思ってさらに五千円突っ込んだが、負け分がさらに五千円増えるだけだった。もう帰ろうと思っていた矢先の事であった。


 レストランから帰って、パソコンの前に座って、湯で割った焼酎を飲みながら過ごす。緩い酔いと緩い腹痛が拮抗した緩い緊張状態。それは感覚を鈍らせてしまい、どんな外部情報もボンヤリとしたものにしてしまう。やがて眠くなってきた。酩酊するほど酔っぱらう事も出来ず、腹がよじれるほど愉快になることもできない・・・

 ‐‐‐ギ、ギキイー!眠り際ハッとした。少し開けていた窓から、悲鳴のような音がする。外は暗闇。田圃の向こうの線路での貨物列車のブレーキ音。この時間に誰かがブレーキをかけたのだ。おかげでちゃんと横になることができた。その後は物音一つない、素敵で静かな夜になった。


 充分な睡眠ののち強烈な日差しで目が覚める。今日は今年初めての、夏日になるという。

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