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君の『好き』が重すぎる  作者: トムさん


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8/11

第8話『白ビキニの天使と、真夏の防衛線(ライン)』



「――海だぁぁぁっ!!」



私の歓声が、真夏の太陽よりも高く弾けて、バスの窓ガラスをビリビリと振動させた(気がする)。


窓の外に広がるのは、宝石をドロドロに溶かしたような鮮烈なマリンブルー。


水平線はどこまでも続いていて、その手前には白い砂浜がキラキラと輝いている。



星見台市からバスに揺られること三十分。


私たちはついに、夏休みのメインイベント「海水浴」にやってきたのだ!



「うるせぇよ日和。まだバスの中だぞ、他の客に迷惑だろ」


「だってだって! 颯太くんと海だよ? 水着だよ? これでテンション上がらないわけないじゃん! 心拍数も平常時の1.5倍を記録してるよ!」



隣の席で呆れたように溜息をつくのは、私の世界で一番カッコいい幼馴染――鳴海颯太くん。


今日も少し眠たげな目が素敵。


Tシャツの襟元から覗く鎖骨のラインも国宝級だ。


私は脳内のシャッターを秒間十連写で切りながら、彼への愛を噛み締める。



ふと、私のバッグにつけたキーホルダーが揺れた。


夏祭りの射的で手に入れた『力士猫』のマスコットだ。


お世辞にも可愛いとは言えない、ふてぶてしい顔をした猫がまわしを締めている。



「……お前、ほんとにそれ付けてんのかよ。ダサくね?」


「えー! 何言ってるの! これが今の私の守り神なんだよ?」



私は力士猫を愛おしげに撫でる。


あの日、射的が下手くそな私を見かねて、颯太くんが後ろから覆いかぶさるように支えてくれたこと。


私の背中全体を包み込んだ彼の体温。


重なった手と手。


そして、耳元で囁かれた、あの低く鋭い声――『撃て』。



その号令と共に、私の指(と彼の指)が引き金を引いて暴発し、跳弾で偶然落ちてきたのが、この子なのだ。



「あの時、颯太くんと私が『合体』して放った愛の一撃……その衝撃で生まれたのが、この運命ディスティニーの子なんだよ!? 見るたびに背中が熱くなる、最高のメモリアルアイテムじゃん!」



私がうっとりと語ると、颯太くんはギョッとした顔で身を引いた。



「おい待て、言い方! 『合体』とか言ってねぇよ! 俺はただ構えを直してやっただけだろ!」



「え? でも、心と体は一つだったよね? 私の脳内録音データでは『俺に身を委ねて……そう、合体だ』って聞こえた気がするけど」



「捏造すんな! 俺は『撃て』しか言ってない! お前のその都合のいい脳内変換、いい加減にしろよな……」



「むぅ。照れなくてもいいのに」



颯太くんは「勝手に記憶を補完パッチすんな……」とブツブツ言いながら顔を背けたけれど、その耳が少し赤いのを私は見逃さなかった。


ふふっ、なんだかんだ言って、彼だってあの時の密着を思い出して照れてるに違いない。 やっぱり今日は、最高の夏になりそうな予感がする!



更衣室の個室。私は鏡の前で、最後の一呼吸を整えていた。



「よし……変じゃない。完璧」



今日のために用意したのは、純白のビキニだ。


正直、選ぶのには相当な時間を費やした。


黒や紺は引き締まって見えるけれど、可愛げがない。


ピンクや黄色は子供っぽすぎる。


私が目指したのは「圧倒的な清楚感」だ。


白は膨張色だから太って見えるリスクがある。


けれど、今の私の無駄な脂肪を削ぎ落としたボディバランスなら、むしろその白さが「発光」し、神聖なオーラすら纏えるはずという計算だ。



彼の視界を、私という「白」一色で埋め尽くす――そのための戦略的ホワイト。



「……大丈夫。いける」



私は自分の頬をパンパンと叩く。


普段は自信満々な私だけれど、さすがにこの布面積の少なさは心臓に悪い。


もし、更衣室を出て颯太くんに「似合わない」なんて言われたら?


「なんか変」って思われたら?


その瞬間に私の夏は終了。


ゲームオーバーだ。



「私はリングに上がるファイター……私の武器(愛)は通用する!」



自己暗示をかけ、私は勢いよくカーテンを開けた。



「お待たせ、颯太くん!」



待合スペースでスマホをいじっていた颯太くんが、顔を上げる。 その瞬間、彼の動きが完全に停止した。



(――来た! 視線解析アイ・トラッキング開始!)



私は笑顔を張り付けたまま、彼の瞳の動きをコンマ一秒単位で計測する。



「顔に1.0秒! ……視線降下! 右鎖骨周辺に0.8秒! 通過して胸元! ……お腹! ここで停止1.5秒! さらに太ももラインへ到達!」



よし、瞳孔が開いているのを確認!


彼は明らかに動揺している。私の計算通り、いや計算以上の反応だ。



「ど、どうかな、颯太くん! ……変、じゃない?」



私が小首を傾げて(角度15度、最強に見える角度)尋ねると、颯太くんは口をパクパクと動かした。


何か言葉を探している。


「可愛い」か?


「綺麗」か?


それとも「似合ってる」か?



「お前、なんか……その……」



颯太くんはそこまで言うと、言葉を続けるのを諦め、ポケットからサングラスを取り出してガチャリとかけた。


視覚情報の遮断!



「……白すぎて目が痛い」



「えへへ、それって『眩しくて直視できない』ってこと? 照れ隠しいただきましたー!」



「うっせ! 行くぞ!」



背中を向けて歩き出す彼の耳が真っ赤だ。


勝った。


私の完全勝利だ。



ビーチパラソルの下。


撮影会(という名の彼氏鑑賞会)を一通り終えた私たちは、少し休憩することにした。



「ねぇ颯太くん、背中にサンオイル塗ってくれない? 私の手じゃ届かなくて」



「……はあ? 自分で塗れよ」



「えー、塗りムラができたら大変だもん。お願い、颯太くんだけが頼りなの!」



私はコロンとビーチタオルの上にうつ伏せになり、無防備な背中を彼に向ける。


しばらくの沈黙の後、ため息混じりの気配と共に、温かい手が私の背中に触れた。



「ひゃっ……♡」



ひんやりしたオイルと、熱を持った颯太くんの手のひら。


そのコントラストに、変な声が出そうになるのを必死で堪える。


彼の大きな手が、私の肩甲骨から背筋をなぞるように動く。


少しぎこちない手つきが、彼がいかに意識してくれているかを物語っていて、私は砂に顔を埋めてニヤけそうになるのを我慢した。


あぁ、このまま時間が止まればいいのに。



「……終わったぞ。俺、ちょっと飲み物買ってくる」



「あ、うん! ありがと颯太くん!」



颯太くんが逃げるように海の家の方へ走っていく。


その背中を見送りながら、私は余韻に浸って波打ち際へ向かった。


足首まで水に浸かり、貝殻を探していると――



「ねー、君ひとり?」



不意に、上からチャラついた声が降ってきた。


顔を上げると、色の黒い男の人が二人、ニヤニヤしながら立っていた。



「肌めっちゃ白いねー。モデルさん?」



「俺らと遊ばない? 友達も呼んでBBQしよーよ」



私はキョトンとしてしまった。


遊ぶ?


なんで?



「ごめんなさい。私、颯太くんを待ってるので」



私は事実だけを伝えた。


私の世界には颯太くんしかいないし、この時間のすべては颯太くんのために確保されている。


他人が入り込む隙間なんて、1ミリミクロンも存在しないのだ。



「ソータクン? 彼氏? いいじゃん、どうせトイレとかだろ? ちょーっと話すだけだって」



「そうそう、君みたいな可愛い子ほっとくなんて酷い彼氏だよねー」



男の一人が、私の腕に手を伸ばそうとした。


私は反射的に避けようとしたけれど――私の体幹なら、この人を背負い投げして海に沈めることも可能だという計算が一瞬頭をよぎる。


でも、そんなことをしたら颯太くんが引いてしまうかもしれない。



どうしよう、と迷ったその時。



「――俺の連れに、何か用ですか」



低い、けれど鋭い声が空気を切り裂いた。


砂を蹴る音と共に、私の視界が大きな背中に覆われる。



「颯太くん!」



颯太くんが、私と男たちの間に割り込んでいた。


息を切らしている。


私のために、全力疾走で戻ってきてくれたんだ。



「あ? なんだよお兄ちゃん、邪魔すんなよ」



「嫌がってるでしょう。行こう、日和」



颯太くんは男たちを睨みつけると、私の手首をガシッと掴んだ。


その手は少し震えていたかもしれない。


彼だって、不良みたいな人たちは怖いはずだ。


それでも、彼は私を守るために防衛線ラインを引いてくれた。



男たちが「チッ、しらけるわー」と去っていく背中を見届けもせず、颯太くんは私を引いて歩き出す。



「……お前な、少しは警戒心を持てよ。あんな奴らにヘラヘラすんな」



ぶっきらぼうな言葉。


でも、私はもう我慢できなかった。



「颯太くぅぅぅぅんっ!!」



「うわっ!? ちょっ、おま……!」



私は周りの目なんて一切気にせず、彼の背中に思いっきり飛びついた。


私の全体重と、愛の重さを乗せたダイビング・ハグ!



「わっ、待て! お前、さっきオイル塗ったばっかだろ!?」



「関係ない! 颯太くん大好き! 守ってくれてありがとう!」



「うわあああ! ヌルヌルする! くっつくな、滑るんだよ!」



颯太くんは慌てて私を引き剥がそうとするけれど、サンオイルの潤滑効果で手が滑り、逆に密着度が増してしまう。


私の肌と、彼の肌が、オイルを介してニュルリと触れ合う。


ゼロ距離どころか、摩擦係数ゼロの融合状態だ。



「離さないもん! 絶対離さない!」



「バカ日和! みんな見てるだろ! ……あーもう、わかったから落ち着け!」



彼の顔は茹でタコみたいに真っ赤だったけれど、それでも私を突き飛ばしたりはしなかった。


その優しさが嬉しくて、私はさらに強く、彼に頬ずりをした。



遊び疲れた帰りのバス。


車内は夕焼けのオレンジ色に染まっている。



海ではしゃぎすぎたのか、それともあのナンパ騒動と、その後の「オイルハグ攻防戦」で気疲れしたのか、隣の颯太くんは舟を漕いでいた。


何度も頭がカクンとなって、やがて――



コテン。



彼の頭が、私の肩に乗った。



「…………っ!!」



私の心臓が、本日最大のアラートを鳴らす。


時が止まったかと思った。


肩に感じる、愛しい重み。


彼の髪から、微かに潮風とシャンプーの匂いがする。



「……重いなぁ、もう」



私は誰にも聞こえないような小さな声で呟く。


物理的な重さは確かにある。


男の子の頭って、意外と重い。


でも、それ以上に胸に満ちてくる「幸福の重さ」が凄まじい。



普段は照れ屋で、私のスキンシップを避ける彼が、今は無防備に私に体重を預けている。


この寝顔を見られるのは、世界で私だけ。


この重さを支えられるのも、世界で私だけ。



「ふふ……」



私は彼を起こさないように、そっと、本当にそっと息を殺して、ポケットからスマホを取り出した。


シャッター音を消すために指でスピーカーを押さえながら、インカメラを起動する。



画面に映るのは、幸せそうに微笑む私と、その肩で安らかに眠る颯太くん。


夕焼けが二人を優しく包んでいる。



カシャ。



微かな音と共に、永遠の一瞬が切り取られた。


私はすぐさまプレビュー画面を確認する。


完璧だ。


構図、光の加減、そして何より颯太くんの無防備な唇。


100点満点中5000億点の出来栄え。



「……さて、問題はここからだね」



私は小声で独りごちる。


スマホのホーム画面に戻ると、そこには先日設定したばかりの『夏祭りの浴衣ツーショット』が表示されている。


あれはあれで、二人が並んで歩く「運命の夜」の象徴として捨てがたい。


しかし、今回の写真は「私に身を委ねる彼」という、圧倒的彼氏感と独占欲を満たす至高の一枚。



どっちにする?


どっちを壁紙にするべき?


究極の二択に、私の脳内会議が紛糾する。



(ロック画面を夏祭りにして、外部への牽制用にする?)


(でも、ホーム画面を開くたびにこの寝顔が見られる幸福感も捨てられない……!)


(いっそ、1時間ごとに壁紙が切り替わるマクロを組むべきか……?)



悩み抜いた末、私はとりあえず『保存用』『観賞用』『バックアップ用』の3つのフォルダに画像をコピーした。


壁紙問題は、家に帰ってからじっくりと数時間かけて検討しよう。



「おやすみ、颯太くん。……大好き」



彼の寝息に合わせて、私もそっと頭を傾ける。


坂道を登るバスの揺れさえも、今はゆりかごのように心地よかった。


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